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アームルート要塞化計画

 場面は少しさかのぼる。リオンたち一行、つまりは魔王城に入れなかった勇者たちの話に戻る。リオンとマルスが、他の勇者たちを説得し、どこに向かうかを話し合っているところに移る。




「しかし、提案自体は了承したが…、ここから各地に向かうとしても、時間も人手も全然足りないぞ」

「それに、どこを守ってどこを守らないかって問題もあるわ。限られた戦力で、どこまで守れるのか、確実に不公平を感じさせてしまうはず」

「確かにそうです。だけど、残された戦力をここに留めておくのは、絶対に悪手なんです」


 怪物の情報は、すでに共有した。その存在には、最初こそ懐疑的であったが、マルスさんと行った必死の説得により、何とか納得してもらえた。危機感こそ完全には共有できていないものの、この場に留まることの危険性については同意してくれた。


 しかし問題になってくるのは、どこに向かうかというものだ。どうしたってヘンラ山麓から向かうことのできる国は限られていて、動員できる勇者も少ない。ここに集まった勇者は、ほぼ総員といってよく、今その半数が魔王城に向かっている。


 どこをどう守るべきなのか、それが問題だ。当然全世界の人々を救うべきだが、魔王側が何を狙って動いてくるのか分からない。怪物を放つとしたら、人が多く密集している地域を狙うだろうか…。


 いや、逆に狙い通りすぎるかもしれない。そもそも怪物の具体的な戦力も分かっていないんだ。解き放つにしても、どこにどうやって?その方法も分からない。


 世界の危機、世界のあらゆる要素の源である精霊は、その気配を感じ取ることができる。ミシティックで、精霊についての文献を読んだ時に、そういった趣旨の考察が書かれていた。召喚魔法の賢人エアロンにも、確認が取れている。


 ただし、危機を知らせることはできても、何故そうなるのかという踏み込んだところまでは分からないという。世界が崩壊するとしても、それが命の営みの結果であるとすれば、受け入れる他ないのが精霊だ。


 つまり、滅びの定めも世界の選択の内の一つということだ。過干渉は、精霊の禁忌、恐らくだが、エリュシルが俺に伝えた怪物の内容は、精霊として伝えられるギリギリのラインだったのだと思う。


 その上でエリュシルは、自らが崩壊することを覚悟で、俺を選んだ。エリュシルにはエリュシルの覚悟がある、それを受け取った俺は、ならば自分が何をできるのかを考えなければならない。


 とはいえ、さてどうするかとなると悩みものだ。ここで遅々として進まない話し合いを続けている時間はない、何か突破口がないだろうか。


「お待たせしました。ちょっとは役立ちそうな穴熊共を連れてきましたよ」

「誰が穴熊だっ!」

「いや、ディアの戦い方は熊みたいなものだろう」

「不本意だが、俺も同意する。脳筋女、少しは魔法使いらしくしたらどうだ?」

「テメエら二人共、模擬戦で私に勝ったことねえだろうがっ!!」


 突然騒がしく現れたのは、ルネが連れてきた意外な人物。絶対にここ、魔王城には興味がないであろう国のトップ三人だ。


「クロウ!ディア!エアロン!どうしてここに?」

「久しいなリオン。ルネに頼まれてな、僕も力を貸しに来た。マルス様、お元気でしたか?」

「おお!クロウくんたちが来てくれたのか!こりゃあ百人力、いや、三百人力じゃあ!」

「ふんっ、俺を加えるのなら桁が足りないぞおじいさん」


 偉そうに言うなとエアロンはルネに頭を叩かれた。どうもあの二人、完璧に上下関係が出来上がっている。エアロンの将来が心配でならない。


 俺たちが再会を喜んでいる中、周りの勇者たちがざわついていた。それもそのはず、ルネは転移魔法で突然現れた。それもミシティックの三賢人を連れてだ。事情を知らない勇者たちが、困惑するのも無理はない。


 とはいえ交流を深めた経緯を話している暇もなし、とりあえずは彼ら三賢人が俺たちの味方をしてくれることを説明した。どうしてミシティックの三賢人が、という疑問が晴れることはないだろうが、悪いけど、モヤモヤしてもらおう。


 これが俺たちの冒険で築いた絆の証だ。まあ、俺のおかげではなく、マルスさんのおかげだし。彼らを引っ張って来られるのは、ルネの無神経なまでの強引さのおかげだけど。そこは無視する。




 ここに訪れる前に、ルネが話の概要だけは伝えてくれたようだ。三賢人は流石、それだけで大体のことを把握したようだ。


「その怪物とやらの記録は、ミシティックの莫大な蔵書の中にも見つからなかった。ただし、俺は精霊が言ったことを信じる。なんたって、すでに他の精霊にも確認したからな」

「本当か?エアロン」

「ああ、火水風土の精霊に聞いた。エリュシルほど詳しく語らなかったが、怪物の存在は認めた。その脅威もな」


 召喚魔法の賢人、エアロンが言うのだから間違いない。信ぴょう性が増した。勇者たちの危機感も、より高まって引き締まる。


「で?賢人様たちは、人々をどう怪物から守るべきだと?何か方法は考え付いているんですよね?」

「ルネ…、お前ってどうしてそうも傲慢な物言いができるんだ?私たちも大概だったけどさあ…」


 ルネの物言いに、ディアが苦言を呈した。俺はルネに見られないように、こっそりうんうんと頷いた。


「まあ、考えはあるけどね」

「え?マジで?」

「何だよリオン。私たちが、何も考えずに手を貸すと思ったのか?」

「いや、そうじゃないけど。全然時間なんてなかったのに…」

「ディアは防御魔法の賢人だからな、その手の方法はいくらでも思い付く。僕も考えを聞いたが、問題なく実行できるだろう」

「名付けて、要塞化作戦だ!」


 ふふんと自慢げに鼻を鳴らして胸を張るディアに、クロウはため息まじりながらも、その考えを保障した。そうして彼女は、作戦を語りだした。




 怪物の脅威と規模が分からない以上、人が分散していては守るに守りにくい。勇者たちが魔王城に乗り込んだ今、いつどこにでも、魔王に怪物をけしかけられてもおかしくなかった。


 そこで、世界中の人々をひとところにまとめて集め、そこに強固な結界を張る、外でどんなことが起こっていようとも、要塞化されたその場所だけは、魔物だろうが怪物だろうが、手出しできないほどがちがちに固める。


 そうして安全を確保したところで、残された勇者たちで怪物を倒す。いや、倒せなくとも、魔王を討伐するまで押しとどめておく、魔王と怪物の詳しい繋がりは判明していないので、討伐の影響が怪物に及ぶかは不明だが、少なくとも、魔王城から討伐を終えた大量の勇者たちの援軍、加勢が見込める。


「結界は私とミシティックの魔法使い共を総動員して、どんな攻撃でも傷一つ付かないくらいのものにしてやる。足りない人手は、エアロンの使い魔が補えるし、要塞化するまでの、魔物の掃討と防衛は、クロウの攻撃魔法と状態異常魔法で押しとどめる。足止めさせるのに、状態異常の魔法は効果覿面だからな」

「魔王がこちらの動きに感づかないとは思えない。僕の魔法で遅滞の備えをしておく方が盤石だろう」

「その間に、俺が使い魔どもをありったけ召喚し、作業を行わせる。危険が伴うものでも、使い魔ならば問題ない。とにかく、人の避難を優先させるんだ」


 肝心の結界の強度について、怪物の攻撃方法が未知なため不安が残るが、ディアができると言うのだから、信じて任せるのがいいだろう。元より他の方法など思い付かない。


 ただし、最重要な懸念が残っている。俺はそれを指摘した。


「人を集めて守るしかないのは分かるけど、その方法と場所は?世界中の人々を集めて留めて置ける場所なんて…」

「広さだけの問題ならば、収容可能な大国は数多くある。それこそリオン、お前の故郷のアームルートでもいい。その周辺国も巻き込めれば十分だ」


 アームルートの名前を出されると思っていなかったので、驚いた。確かに勇者ラオルの功績、過去の栄光のおかげで国土は広い、集めて留めておくだけならばできないこともないだろう。だが、それだけではダメだ。


「アームルートへ移動させる手段は?」

「リオンさん。私のことをお忘れですかあ?」


 ルネがねちっこいしゃべり方で俺を指さす。そしてその指で、知恵の宝玉をくるくると弄った。


「…まさか、転移魔法か!?可能なのか!?」

「説明したでしょ、知恵の宝玉は、術者へのリスクをすべて無効にして、膨大な魔力も肩代わりするって。だから発動させるだけなら、私一人いれば事足ります。ただし、下準備は必要ですけど」

「下準備…、そうか魔法陣か!でもどうやって世界各国へ向かう?」

「そこはリオンさん。ここにいる勇者さんたちが役立つでしょ?私たちと違って、彼らは世界各国を隅々まで巡っているんです。彼らの所縁のある場所へ、私が移動させて魔法陣を敷く、そして送り込むの繰り返しです」


 そうか、と合点が入った。悲しいけれど、俺たちの旅は終始エリュシルの修復のための旅だった。しかし、他の勇者たちは違う。魔王城発見のために、世界各国を巡り、依頼を解決することで、その場所その場所に、少なからず所縁ができている。


「しかし、行くところまでは理解できるが、大人数を転移させる魔法陣なんてあるのか?」

「それについては問題ない、俺がすでに開発してある。使い物にならないと思っていた転移魔法をルネが覚えたことで、俺も興味が沸いてきて研究をしたんだ。まだまだ単体では未完成だが、知恵の宝玉込みならば、ごく小規模な魔法陣でも、場所を繋ぐマーキングには十分効力がある」


 エアロンの言葉に俺は頭を抱えた。恐るべし三賢人。魔法に関する技術と知識ならば、並び立つものが他にいない。


「移動については分かった。でも、まだ問題がある。大量の人々を避難させておくには、膨大な量の水や食料が必要だぞ。衣食住の負担が限られた国に集中しすぎる、備えもないだろう」

「だがリオン、やらねば取り返しのつかない被害を出す可能性があるのではないか?それに最終手段だが、僕の魔法でことが終わるまで眠らせておくこともできる。四の五の言っていられないならば、やるしかないだろう」


 クロウのその提案は、本当に最終手段だ。だけど、確かに言っていることは正しい。エリュシルはこう語った。かつてラオルと自分が経験した戦いより、遥かに恐ろしい闇が蠢いている、と。


 勇者ラオルの戦いは、この世界が一番滅亡の危機に追い込まれた戦いだ。魔王との戦いで、人類の生存圏は、アームルートとその周辺各国数か所にまで押し込められた。


 それ以上の被害が出る可能性に言及されたのだ、無茶無謀でもやるしかない、しかも今ならまだ備えることができる、必要なのは決断だ。


「…やろう。アームルートは、かつて人類最後の砦となった場所。伝説の再現に、これだけ適した場所もない。魔王城では、今も勇者たちが戦っているはずだ。俺たちも、俺たちの戦いをしよう」


 俺のこの言葉に、その場にいた全員が頷いて同意してくれた。俺たちはこうして、アームルート要塞化計画を、実行に移すことになった。

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