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 ガーランド家の書斎には、エレノアと父のエドガー、次兄のスヴェン、そして双子の弟の一人のヒュースが揃っていた。残りの兄弟は任務に就いているため不在だ。

 父のエドガーは立派な頬髭と顎髭を生やした壮年の男で、長兄のレナルドよりもさらに厳つい風体だ。元騎士団長で数々の武勲を持ち、六十歳を目前とした今は早めに前線から退いて相談役を務めている。見た目の怖さはあるが、豪快で鷹揚な性格のため、騎士達から畏れ敬われるだけでなく、慕われてもいた。

 次兄のスヴェンは、兄弟の中で一番の母親似であり、柔らかい顔立ちをしている。性格も聡明で温和で、一番人当たりが良く社交的だ。対して弟のヒュースは父親によく似ているが、まだ十九歳ということもあり、少年っぽさを残していた。

 エレノアとガイの報告を受けたガーランド家は、エレノアを狙った矢を見下ろしながら、皆一様に顔を顰めていた。

 いつもならエドガーが最初に口を開くが、今回は顎に手を当てて黙ったままだ。代わりに、見計らったようにスヴェンが口を開く。


「エレノア、何か心当たりはあるかい?」

「兄上! 姉上が人に恨みを買うようなことするわけないだろ!」


 ヒュースは憤慨するが、スヴェンは穏やかな口調で返す。


「もちろん、エレノアが故意に誰かを傷つけることはしないとわかっているよ。だが、恨みは自分の知らぬところで買うものさ。エレノアの行いが正しくとも、逆恨みをされる可能性は十分にある」


 スヴェンの指摘に、エレノアは思いつく件を述べていく。


 先々月、第三王女の護衛で隣国に出向いた際、夜会で王女にしつこく絡んできた貴族の若者がいたので丁重に排除した。

 先月は国外演習の際に、隣国の部隊長と一対一の試合をして勝利し、その後、彼の部下達から勝負を挑まれ、結果、全員打ち破った。

 先々週には、外法の魔術を使う山賊団に囚われた人々の救出作戦を手伝い、救出だけのはずが大掛かりな戦闘となって、賊の壊滅に一役買うことができた。

 先週は、国外から来た貴人の警護に当たっていたら、護衛対象である女性貴族に異常に気に入られてしまい、危うく国外へ連れ出されそうになった。

 そして先日は……。


「うん、エレノア。とりあえずそのくらいで」


 スヴェンは苦笑しながら止める。ヒュースは「さすが姉上!」と感心しているが、スヴェンとエドガーは渋い顔だ。


「対象が多くて、特定には時間がかかりそうだ。……父上、どうされますか?」


 スヴェンが話を向けて、エドガーはようやく口を開いた。


「……念のため、エレノアの警護を強める。今後、王宮へ出仕する際は必ず、息子達の誰か一人と共に行くように。よいな、エレノア」

「わかりました」


 少し過保護とも思えるが、慎重に越したことは無い。

 何より、ガーランド家の皆が、エレノアが狙われていると知って放っておけるわけがないのだ。エドガーが命じなくとも、兄弟はこぞってエレノアの警護をするだろう。

 エレノアは、五人兄弟の中で唯一の女子。兄達は妹を可愛がり、弟達は姉を慕っている。

 そのせいだろうか――。


「それから、ジーン・イングラム殿の別邸への訪問だが……」

「父上! あんな郊外の、人気のない場所に行くなんて危険すぎます! もう行かないようにした方がいいです!」


 ヒュースはここぞとばかりに声を張り上げた。エレノアの見合いの件で一番態度に表して嫌がっていたのは、このヒュースだ。

 双子の片割れのフランと共に、ヒュースは幼い頃からエレノアに懐いていた。

 強くてかっこよくて優しくて自慢の姉上だ!と、人目を憚ることなく宣言している。

 その姉が見合い、しかも相手が引きこもりの得体のしれない虚弱な優男となれば、ヒュースは当然面白くなかった。

 ヒュースはエレノアの腕を握って、幼い頃に遊んでほしいとねだる時と同じような仕草で揺らす。


「姉上、行くのを止めた方がいい。俺、心配だよ」


 少し高い目線で器用に上目遣いしてくるヒュースの肩を、エレノアは宥めるように軽く叩いた。


「ガイさんもいたし、私は無事だったから心配しないで。でも……確かに、私のせいでジーン殿に危険が及んではいけないね」


 エレノアは表情を曇らせる。

 もしも本当に自分を狙う者がいるのなら、周囲に被害が及ぶ。剛の者が揃うガーランド家の者であれば皆対応ができるが、虚弱なジーンには無理だ。

 エレノアが考え込む前に、エドガーが片手を上げて制した。


「そう結論を急ぐな。ジーン殿は屋敷から出ることは無いから、そうそう手出しはできまい。それに……」

「それに?」

「……エレノアは、ジーン殿に会うのを楽しみにしているようだからな」


 エドガーはにやりと笑い、エレノアを見やった。


「父上!? なっ、何てことを言うんですか!」


 ヒュースがわあわあと騒ぎ立てる中、エドガーは鷹揚に笑って告げる。


「ただし、別邸に行く際の護衛の数を増やす。道中、決して油断することの無いように」

「はい、父上。ありがとうございます」


 父の配慮にエレノアは感謝しつつも、やはり気に掛かる。

 その傍らで、スヴェンは静かにエドガーの様子を見ていた。


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