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 楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。日が傾いてきたところで、庭のお茶会はお開きとなった。


「それでは、ジーン殿。また来ます」

「ええ。お待ちしています」


 ジーンに別れを告げて門に向かうエレノアに、二頭の立派な馬を引き連れた男が近づいてくる。

四十代くらいの逞しい体つきの男だ。こげ茶色の髪は短く刈ってあり、片目には革の眼帯を付けている。

 二頭の馬を従えた男は、エレノアに向かって頭を下げた。


「お嬢さん」

「ガイさん」


 彼はガーランド家の使用人だ。元はエレノアの父の部下だったが、十年前に目を負傷して引退した後はガーランド家に仕えている。

 普段は庭師として働いているガイは、エレノアがジーンの別邸に来る際には従者の役目を父から任されていた。

 エレノアもガイへ歩み寄り、栗毛の馬の方の手綱を受け取ると、馬の首筋を撫でた。いつもよりも少し落ち着きがないように見えるのは、よその屋敷に長時間繋がれていたからだろうか。

 軽く叩いてなだめていると、ガイが声を掛けてくる。


「お嬢さん、今日は早かったですね」

「あまり長居して、ジーン殿を疲れさせてもいけないから」

「……お嬢さんは大丈夫ですか?」


 ガイに尋ねられ、エレノアは首を傾げる。


「今日はゆっくりしていたから、私は疲れなかったよ」


 むしろしっかりと休めたくらいだ。そう返事をすると、ガイは「なるほど」とどこかぎこちない笑みを見せる。


「それならいいんです。その……近頃はお休みの度に遠出をしているので、お嬢さんの身体が心配で」

「このくらいは平気だよ。黒樹海での訓練に比べれば楽なものだ」

「あの訓練と比較されましても……」


 元騎士団であるガイは、騎士団で一番辛い訓練を例に出されて苦笑した。


「ガイさんの方こそ、いつも付き合わせているけれど大丈夫ですか? 厩舎で休んでいるそうだけど、屋敷内に従者用の部屋を頼んでいるから、そこで休んでくれていいのに」

「よその屋敷はどうにも慣れないので。それに……」


 何かを言いかけたガイは、軽く首を振って言葉を続ける。


「馬達といる方が落ち着きます。お嬢さんの馬はよく言うことを聞いてくれますし。さあ、そろそろ帰りましょうか」


 馬の鞍に付けていた装備をそれぞれ身に付けて、門を出たところで騎乗する。薄暗くなってきた林の中を並んで駆けていた時だ。


「……お嬢さん」

「うん。八時の方向だね」


 ガイの低い声に、エレノアも頷く。

 先ほどから、何かが自分達の後をつけている気配があった。エレノアはもちろん、ガイはとっくに気づいていて、片手を弓に掛けている。

 ガイは、エレノアの父――元・騎士団長の直属の部下であり、部隊長を任されていた経験もある猛者だ。辺境では、たった一人で相手の部隊を一つ壊滅させたこともある。

 エレノアの従者を任されているのは、危険な道での護衛も兼ねてのことだった。


「どうしますか?」

「少し速度を上げる。相手が手を出してくるまでは、このまま」

「かしこまりました」


 警戒しながら馬の速度を上げる。それぞれ警戒しながら馬を進めていた矢先、後ろから矢が飛んできた。


「お嬢さん!」


 飛んできた矢を、エレノアはわずかに身を傾けて避け、すかさず手を伸ばした。真横を過ぎ去ろうとした矢の、矢柄の部分を握る。

 その人間離れした技に、ガイは特に驚くことなく「さすが」と軽く口笛を吹いただけだ。ガイは手綱から手を離して身を捻り、構えた矢を飛んできた方向へ正確に、素早く放つ。

 繁みの一角へ吸い込まれるように矢は消えて、「ぎゃっ」と小さな声が聞こえてくる。ついで、繁みを揺らす音も。


「急所は外しました。追いますか?」

「……いや」


 ガイに尋ねられ、エレノアは答えながら、手の中の矢を見下ろす。矢羽根の形が、この国で見られるものと少し違う。ガイも気づいたようだ。


「これは……」


 矢の狙いがエレノアであったことは確かだが、狙っていたのは体の中央部分ではなく腕の辺りだ。

 殺害が目的ではない。脅しか、誘いか、警告か……。

 目的がはっきりしない以上、深入りするのは危険だ。相手の気配もすでに消えている。


「ガイさん、まずは家に戻りましょう」


 エレノアが促すと、ガイも頷いて、馬の速度を上げて帰路を急いだのだった。


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