(6)
「あそこはいかがでしょうか」
エレノアは中庭にある大きな樹の下を指さす。
今日は日差しが少し強く、風は穏やかで、ある程度影があった方が涼しく過ごせそうだ。屋敷にも近いので、ジーンがいざ倒れてもすぐに室内へと運ぶことができる。
ジーンも頷いて了承したので、エレノアは地面に落ちていた枝や石を丁寧に取り除き、厚手のブランケットを手早く敷いて整えた。
大きなバスケットの中にはティーセットの他に、焼き菓子や軽食が入っている。ジーンがお茶を入れる傍らで、エレノアはそれらをブランケットの上に広げた。
ジーンは魔法で保温してある容器から、熱い湯をポットへと注ぐ。白い湯気が立つのを見ながら、エレノアは感心した。
「そのような魔具があるのですね。火を焚かなくていいし、野営に便利そうです」
「まだ試作ですが……騎士団にも魔法を使える者がいるでしょう。彼らに魔法を使ってもらえればよいのでは?」
魔法を使える魔術師は、基本的には王宮の魔術師団に所属する。だが、攻撃や防御の魔法に特化した者は騎士団に入ることもあった。魔獣の討伐や、外法を扱う魔術師を相手にする、特殊部隊に入るのだ。ちなみにエレノアの兄のレナルドが隊長を務める、第三部隊がそれである。
「彼らの魔法は、任務のために使うものですから」
環境を快適にするために魔法を使って、いざという時に魔力切れになったら大変だ。だが、随行する衛生兵の中にそのような魔法を使える者がいたらいいかもしれない。
騎士団内では、戦闘魔法が重要視されるが、それ以外の魔法が得意な者達、あるいは戦闘には足りない魔力量の者達をもっと積極的に引き入れれば、彼らの活路にもなる。
父や兄、叔父達に相談してみようとエレノアが考えていると、お茶を淹れ終わったようだ。
甘い花や果実の香りがするそれは、エレノアが手土産に持ってきた茶葉だった。さっそく使ってくれて嬉しくなる。
「ありがとう、いただきます」
少し吹き冷まして飲む熱いお茶は美味しかった。
ブランケットに並んだ軽食の中には、煮込んだ肉をホロホロに崩して挟んだサンドイッチもあって、ボリューム満点だ。お腹が空いていたエレノアは、あっという間に一個、二個と平らげてしまう。薄切りの玉ねぎの辛さと甘めのソースが相まって、いくらでも食べられそうだ。
「とても美味しいです」
「よかった」
ジーンはほっとした笑みを見せながら、エレノアの食欲につられるように焼き菓子を手に取った。
「一昨日から準備した甲斐があります」
「え? まさか、ジーン殿の手作りなのですか?」
「はい。その……偶に作るんです。研究の合間の気晴らしにもなるので。男が料理など、と皆からは言われますが……」
どこか歯切れの悪いジーンだったが、エレノアは「すごい!」と感嘆の声を上げる。
「こんなに美味しいものを作れるなんて! 私は料理が苦手なので、羨ましいです。あなたの作る料理を食べられる人は幸せですね」
屈託なく褒めるエレノアに、ジーンはぽかんとした後、軽く咳払いする。
「あー……エレノアは、料理が苦手なのですか?」
「はい。家では厨房に入るなと言われているくらいで……。ああ、でも、狩った兎や鹿を捌くことは得意です」
「…………ふ、ふふふ」
沈黙の後、ジーンは肩を震わせた。口元を手で押さえながら笑っている。
何かおかしなことを言ってしまったか。一応は年頃の女性なのに料理を苦手だと堂々と言ってしまったのがまずかったか。エレノアは内心で焦るが、ジーンは目元に滲んだ涙を細い指で拭って言う。
「それなら、今度、エレノアが狩ったもので何か美味しいものを作りますよ」
「本当ですか! 嬉しいです。何を獲ってきましょうか。今の時期なら、猪も美味しいですね」
「ふ、ふふ、ぜひ、そうしましょう」
楽しそうに笑うジーンに、エレノアも「楽しみです」と大きく頷いた。