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 週に一度の公休日、エレノアはジーンの暮らす別邸を訪問する。


 身体の弱いジーンは外出ができないため、エレノアは従者を連れて郊外にある別邸へと馬を走らせる。今日はジーンが好きだという茶葉を扱う店の新商品を手土産にして、別邸を訪れた。

 嬉しそうに出迎えてくれたジーンは、天気も良いから庭でお茶でも、と誘ってきた。

 屋敷の使用人達が用意したブランケットとティーセットの入った大きな籠を抱えたエレノアは、傍らを歩くジーンに尋ねる。


「ジーン殿、体調はどうですか?」


 以前は彼を家名で呼んでいたが、三度目の訪問の際、名前で呼ぶよう頼まれて以来、名で呼ぶようにしていた。

 ジーンは肩に掛けた柔らかなショールを揺らして小首を傾げ、エレノアを見てくる。

 こうして並ぶと、ジーンの身長が高いのが分かる。普通の男性より背の高いエレノアよりも、わずかに目線が上だ。

 だが、身体が薄くて今にも風に吹き飛びそうで心配になる。隣を歩きながら、エレノアはいつでも彼を支えられるように気構えていた。

 ジーンはまるでそれを分かっているかのようにくすりと笑う。雪のように白い頰は、いつもより淡く色づいて元気そうに見えた。


「大丈夫、とてもいいです。……だけど、毎回屋敷まで来てもらうのは少し心苦しいかな」


 ジーンの住む別邸は、都の中心から離れている。馬で駆けて一時間は掛かる距離だ。

 人里離れた静かな林の中にあり、時々、獣や魔獣、ごく稀に賊が出没することもある。距離があって時間がかかる上、人があまり寄り付かない、やや危険な場所でもあった。

 だが、エレノアは首を横に振る。


「気になさらないでください。遠駆けは慣れていますし、それに……」


 それに、ドレスを着なくて済む。

 ガーランド家の女中や義姉達は何とかしてエレノアを女性らしく着飾らせようとするが、そうなると馬車に乗る必要があり、馬車では二時間は掛かる。いざ獣などが出た時に、ドレス姿では対処が難しい。女中達は惜しみながらも、エレノアをいつもの男装装で送り出すしかなかった。

 動きやすい格好で馬に乗り、騎士の任務時の緊張感はなく、石畳ではない自然豊かな土地を思い切り駆けるのは気持ちが良いものだ。


 それに、意外にも、ジーンと過ごすのは気が楽だった。

 最初こそ話題を探さねばと焦っていたが、ジーンは話題が豊富なうえ、話をするのも聞くのも上手だった。そして話をしない間の静かな時間が、不思議と苦にならなかった。

 別邸に引きこもるジーンは浮世離れしており、そのマイペースな雰囲気はエレノアと妙に馬が合ったのだ。


 ある時は、調べ物の途中だったジーンと共に屋敷内の図書室に移動し、ジーンは魔導書を開いては何か書き写し、エレノアは異国の兵法の本を読んだり。

 ある時は、疲れが溜まっていたエレノアの様子に気づいたジーンが、居心地の良い温室で少し休まれてはと誘い、結局二人揃って夕方まで寝こけていたり。

 ある時は、魔法薬に必要な薬草の採取を手伝うため、庭に出て二人で農作業をしたり……。


 気づけば、気の合う友人のように一緒に時間を過ごすようになっていた。

 見合い相手である男女の関係とは程遠いが、家族とも騎士団の仲間とも違う、穏やかな時間を過ごせることが、いつの間にかエレノアは楽しみになっていたのだ。

 エレノアは笑みを零して、ジーンを見つめ返す。


「こちらを訪れるのは、私の楽しみなのです。ジーン殿に会えるので」

「……」


 ジーンは動きを止めて、翠の瞳を瞬かせた。


「ジーン殿?」

「……いえ、何でもないですよ」


 ジーンは答えながらも、「計算じゃないよね、素なんだよね、これ……」とぶつぶつ呟いている。

 何か魔術の研究の話だろうか。エレノアは思いながら、考え込むジーンの邪魔にならないよう口を噤み、ちょうどよい木漏れ日の場所を探すため、庭を見渡すのだった。



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