(3)
かくして、エレノアの見合いは残念な結果に終わるはずだったのだが――。
「ようこそお越しくださいました、エレノア様」
「イングラム殿、この度はお招き頂きありがとうございます」
見合いから十日後、エレノアはイングラム卿の別邸を訪れていた。通された部屋の中にいるのは、もちろんジーンだ。
ゆったりとした柔らかなチュニックを着て、白いシルクのガウンを羽織った姿で、出窓に作られた長椅子に座っている。長い白金の髪を緩く編んで肩に流し、柔らかな午後の光を背に受けて微笑む姿は、まるで天上から来た天使のようだ。神々しい。
エレノアは実感が湧かないまま、持参した花束をジーンに差し出した。
――三日前、ジーンから手紙が届いた。
先日の折、体調を崩して見合いを中断したことを謝罪する旨が美しい文字で書かれ、最後に『ぜひともまたお会いしたい』とある。
てっきり断りの内容だと思っていたエレノアは唖然としたものだ。
ガーランド家の面々も反応も様々で、兄弟達はなぜか剣呑としていたが、女中や義姉達はすぐにエレノアに休暇を取るよう命じ、張り切って送り出した。エレノアもまた、失礼な真似をしたことをまずは謝罪せねばと思い、訪問を決めた。そしてドレスの作り直しは今回も間に合わずに(何せ見合いは失敗したと思っていたので)、普段来ている騎士用の礼服を着ている。
手ぶらで訪れるわけにもいかず、されど相手の好みがわからなかったエレノアは、花束を持参することにした。兄弟達も相手の女性に花束を贈っていたので、それを真似してみたのだ。
病がちなジーンの気分が少しでも和らぐよう、匂いの強くない、繊細で柔らかな色合いの花々を庭師に用意してもらった。緊張を和らげたり寝付きを良くしたりする効能もあるそうだ。
ジーンは少し驚いた顔で花束を受け取って、小さく笑いを零す。
「噂通りの方ですね」
「え?」
「いえ、あなたがご婦人方に人気があるのが、よくわかったのです」
楽しそうに言いながら、ジーンは花束をそっと抱いて香りを嗅ぐ。
「女性から花をもらったのは初めてだ」
「あ……」
思い返せば、エレノアが参考にしたのは兄。
この国では、男性から女性に花を贈るのが常である。
前回のお姫様抱っこに続き、また女性らしくないことをしてしまった。いや、むしろジーンを女性扱いしているように思われたかもしれない。
青ざめるエレノアに対し、ジーンは柔和に微笑んでいる。
気分を害している様子ではなかったが、エレノアは先日の件も含め、急いで謝罪をした。
「申し訳ございません。先日も配慮が至らず、無礼な真似をしました。あなたに不快な思いをさせたことを申し訳なく思います。大変失礼いたしました」
エレノアの堅い口上にジーンは緑の目をきょとんと瞬かせた後、ふふっと噴き出した。
「噂には聞いていましたが、本当に真面目な方ですね。どうか、そんな堅苦しいことを言わないで。謝る必要もありませんよ。そもそも、僕は不快になんて思っていません」
「え?」
「初めて会ったあなたが、あのように必死になって助けてくれたことが嬉しかったのですよ」
ジーンはそう言って、エレノアをまっすぐに見つめてくる。
「もっとあなたのことを知りたくて、招待しました。……ひとまず、見合いの件は置いておいて、今日は僕の話し相手になってもらえませんか」
きらきらと光を湛えたエメラルドのような瞳で、上目遣いに見上げられる。絶世の美人に可愛く懇願されて、否と答えられる者などいようか。
エレノアは「はい、承知しました」と緊張しながら返事をし、それを聞いてジーンはまたころころと笑った。




