6.イルマの過去とマリナの目標
「イルマさんも保護されたんですか?」
イルマの過去を知り衝撃を受けた。初めてイルマ自身のことを明かしてくれた。
「私を育ててくれた魔女はエミリさんと言うんだけど、亡くなる前に教えてくれたのよ。ある日幼児を見つけ保護して育てることにしたと。当時私は2歳くらいの幼児だったそうよ。だから名前もまだ上手に言えなくて、イルマという名は彼女がつけてくれたそうよ。歳の差からちょうど親子くらいに見えてね、周りには親子と思われていたわ。幼い私に出来る限りの教育を施してくれてね、読み書きや計算も出来るようにしてくれたのはありがたかったわ。彼女はね、魔女に関する詳しいことは教えてくれなかった。ただ、私のことは魔女で間違いないからまじないが使えるようにしておきなさいと秘薬のレシピだけは伝授してくれたの。彼女が亡くなったのは私が10歳を迎えた頃よ。秘薬のおかげで食べていけたのは幸いだったわ。私が魔女だと納得して生活していた理由は、まじないがかかっていることを感じとれる能力があったからよ。普通の人にはないものでしょ?でもね、これは魔女の魔力でかけられたまじないだけはわからないの。つまり、まじないを使って植物の成長を促したとして、うっかりかかってしまったものならばわかるはずなのにわからなかったのは、あなたのまじないが魔力によるものだからだと考えたわ」
「じゃあ、イルマさんは、私に魔力があるとお考えなんですね?」
「そうね。それに、私もあなたを見つけて保護している。もしかしたら私を保護してくれたエミリさんもかつて誰かに保護されたのかもしれないわ。そう考えたらねマリナ、ここで私に会う前、あなたがどこで何をしていたのか覚えているならば教えて欲しいのよ。私たちの故郷が同じ可能性はあるかしら?」
そこでマリナは考えた。
(ナイプリの世界はゲーム内ではなく本当にどこかに存在していて、私がいた世界から時々転移してしまう人が存在してるのだとしたら…。これは偶然ではなくて必然?でもそれではゲームでプレイした分の未来を知っていることはおかしいんじゃ?)
マリナが熟考していると、さらにイルマは教えてくれた。
「エミリさんはね30代で亡くなったの。若かったけれどね、自分が亡くなることは運命だから仕方ないことだと言ったのよ。私を育てたのもそういう運命だからと。まるで未来を知っているようだったわ」
それを聞いたマリナは決断した。イルマには全て打ち明けようと。
◇◇◇
「…、つまりは、物語として存在していた異世界に移動して人生の続きを歩んでいると…?」
「はい。私が知っている物語は、主人公がこの世界で薬師として活躍し、その噂を聞き付けた騎士団が迎えに来る所までなんですがこれは前編で、後編はたくさんの男性の中から愛する人を見つけ出すという恋愛のお話なんです」
高齢のイルマにはさすがにイケメンハーレム恋愛シミュレーションであるとは言えず、後編部分は濁した。
「そうなの。私も登場するの?」
「はい。魔女のイルマさんに保護されるところから始まります」
「だからあなたは私の名前を知っていたのねぇ」
歳の所為じゃなかったわぁとイルマはほっとしているようだった。
「ただ、私が知ってる物語の主人公は31歳の女の人なんです。私と20歳も違います。私は小学生だし、彼女は薬剤師というお仕事をしていました。だからお薬の知識のない私ではこの世界で薬師になることができません。この世界に来る前、物語と同じように交通事故にあいました。でもその時に一緒に事故にあった女性がいたんです。彼女の顔がその主人公に似ていた気がするんです。この物語に転移する人を間違えてしまったのではと思いました」
「そうすると、物語も同じように進めていくことは難しいのではないの?」
「はい。所々違っています。イルマさんは私に黒い服を買いませんでしたし、コレットさんの手鏡を壊すエピソードもありませんでした。そもそも物語といってもゲームで、主人公の選択次第ではエンディングが変わってしまう物語でした。私はできる限り【騎士団が迎えに来る】というこの物語前編のグッドエンディングになるよう選んできました。本当だったらシモンに卵とミルクを盗まれなくてはいけなかったのに撃退してしまって、あの時は焦りました。ここでのバッドエンドはシモンに殺されることでしたから」
それにはイルマも言葉を失った。
「アランさんが勧める植物を買うのも、主人公はハーブだったんですが、私は野菜でした。選んだ行動は【アランさんに選んでもらう】で同じなのに内容は違います。でも『きちんと育つ』という結果は一緒なのでストーリー通り進んでるといって良いと思ってます」
「物語で主人公は魔女ではないの?まじないは使えないの?」
「いえ、そのようなことはなかったと思います。薬草から本物のお薬を作って売って生活できましたので、そこにまじないを使ったかどうかはわかりません」
「ねえ?マリナ。この物語を知っていて私はその登場人物の1人であるならば、私はこのあとどうなるのかしら?」
「っ、…それは」
未来を知らせるべきなのか、知らぬままの方が良いのか、マリナは悩んだ。
「変なこと聞いてごめんなさいね。魔女かもしれないことをアランには報告しましょうか。植物を早く上手に育てられたことは、マリナの能力だと伝えましょう」
「…イルマさん、ごめんなさい」
「謝らないで良いのよ。答えられないということは、私はそのグッドエンディングの前に亡くなるのね?」
「!!」
「元気に生きていたら、そう答えるでしょう?この後私たちが違う道を歩んだとしても、わかれてしまったから先のことはわからないと答えられるはずだわ。意地悪なこと聞いてごめんなさいね」
イルマの方が一枚上手であった。
「っ!でも、イルマさんは天寿を全うするんです!悲しい終わりではありません!」
「そう。私もねなんとなく人生の終わりが近づいてる気がしてたの。寿命を迎えるのね?」
「はい。ギリギリまで本当にお元気で…」
「あなたに看取ってもらえるの?」
「はい。主人公が側にいました。だから今は私が側にいられます」
「それなら寂しくないわね」
イルマは笑顔だった。
「でもあなたに寂しい思いをさせてしまうわ。アランにも全てを話しましょう。あなたを支えて欲しいもの」
「あの、何でアランさんなんですか?」
イルマは花をよく買うがそれ以外の目的でも町に行ったらアランの元へ足を運ぶ。
「彼はね、私がかつて愛した人のお孫さんなのよ」
「え?あ、あの、そういえば、イルマさん結婚は?」
「してないわ。しなかったの。その彼には一緒になりたいと言われたのだけれど、魔女である私は彼のご両親に受け入れてはもらえなくて。彼はそのあと他の方と家庭を築いたの。そして孫として生まれたのがアランよ。お祖父ちゃん子だったアランは魔女の話をよく聞いていたようでね、私のために彼の花屋を継いだわ。あの町で私の味方になってくれる大切な人よ」
アランがなぜいつも親身に、そして穏やかで賢くいるのかわかったような気がした。お祖父さんがアランに託したのは花屋だけではないと理解した。
◇◇◇
日を改めてアランの元へ行くとイルマの過去とマリナの事の成り行きを伝えた。
「…、そんなことがあるんだね…。僕はマリナちゃんの武術を見たから、この国の人ではないと思ったけど、まさかこの世界の人でもなかったとはね。突然現れて魔女に保護されるという流れがあるのならばイルマさんも、それにエミリさんも同じことが言えそうだね。あの森がもしかしたら入り口になってるのかな?」
アランは冗談と受け流すことなく真剣に話を聞いてくれた。さらには考察もしてくれたのだ。
「マリナちゃんは『ナイプリ』?っていう世界にって言ってたけれど、イルマさんとエミリさんももしかしたら各々違う物語の主人公なんじゃないかな?それがこの世界で1つに合わさっているとしたら、なかなか興味深いね。ちなみに僕はどんな役割なの?恋のお相手だったりする?」
女たらしなのかと思っていたが、あくまでマリナと親しくなりたいようだ。
「ええと、恋のお相手ではなかったです。前編では恋愛のイベントは進まなくて。後編を知らないのでもしそこに登場していれば恋のお相手の可能性もあるけど、私が知っている『ナイプリ』の主人公は31歳の女性だったから…」
「そうか。マリナちゃんの転移はイレギュラーな可能性があるんだもんね。で?前編では僕はどんな役割?」
「あ、そうでした。アランさんはお花屋さんですから薬師の主人公にとって薬草の調達の為に無くてはならない存在なんです。アランさんとの親密度を上げておくととっても有利に話が進むんです」
「へー」と重要なポジションにいることを理解すると、アランは約束してくれた。
「なるほどね。わかったよ。じゃあ、僕ができる限りのサポートをしてあげる。イルマさんのこともね、だから安心して。まずはそのグッドエンディングとやらを目指そうか。そうすればそこまでは君が死んだりすることはないんだよね?」
「はい。たぶんですけど。【騎士団が迎えに来る】を目指せば後編へ続くはずなので」
こうして事情を考察した3人は、主人公の最終イベント【騎士団が迎えに来る】を目指すこととなった。
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