5.才能の開花
マリナがイルマに任されているお手伝いは、植物のお世話だ。先日購入した鉢植えを庭の花壇に植え替える所から担当にしてもらった。今のところ枯らすことなく順調に育てることが出来ている。
「お花育てるの楽しい!土いじりっていいね」
マリナは朝顔の観察を思い出した。
「記録したいかも。カメラがあればなぁ。朝顔の観察の時みたいに絵日記でも書こうかな」
今のところお手伝いをする以外にやることがない。充実している園芸をさらに満喫しても良いかなと思い始めていた。
「イルマさん。紙とペンってありますか?」
「書くものかい?これを使うといいわ」
イルマは筆記用具一式を出してくれた。
「何に使うんだい?」
「せっかくだから、成長記録でも書こうかと」
「…マリナは字が書けるのかい?」
「え?はい」
今まで考えたことも無かったが、世界観は転移前とかけ離れているのに言葉は違和感なく会話も識字も出来ている。それは転移に有りがちな設定だがとてもありがたい。そしてどうやら11歳の平民では考えられないことのようだ。
「マリナはどこの子なんだろうね?貴族のお嬢さんなのかしら…」
(いやいや、貴族のお嬢さんは武術なんか出来ないよ…)
「貴族ではないです。平民ってことだと思います」
「あらそう?しっかり教育を受けられたのねぇ。素晴らしいわ」
今思えば本当に恵まれてる。この間のシモンや町にいる平民の子どもたちを考えると、教育を当たり前に受けられたり働かなくても良いというのは実は恵まれてるってことだったのだ。
(ママ、パパ、お姉ちゃん。どうしてるかな…。そういえば、お姉ちゃんはどうして『ナイプリ』をやったんだろう?ゲームのあらすじを見ても感情移入するには歳が違いすぎるよね?)
女子高生が主人公の恋愛シミュレーションゲームも数ある中で、なぜ『ナイプリ』だったのか。
(好きな画風だったのかな?私も結構好きだもんね。特にアランさん、実は好きな見た目なんだよなぁ。あ、あらすじと言えば、『薬学や栄養学の知識も楽しめる』ってあったっけ。私も前編終わったあと薬剤師もいいなぁなんて思ったもんね。もしかしたらお姉ちゃんも興味があったのかな?)
そろそろ大学進学のための進路を考えているお姉ちゃんは、お母さんとお父さんと何やら難しい話をしていたことを思い出した。
(みんなどうしてるかな?私どういうことになってるんだろう?行方不明?それとも死んでる?元からいなかったことになってるのかな?…それは嫌だな。記憶から消えちゃうのだけは)
マリナは気持ちが沈んでしまった。ここへきて、初めてホームシックに陥った。
「マリナ?どうしたんだい?」
「あ、いえ、大丈夫です」
イルマは何だか沈んでいるマリナを元気づけようと提案をした。
「ねぇ。そんなに植物育てるの気に入ったのなら、育ててみたい植物はある?苗とか種とか買いに行きましょうか?」
「良いんですか!?」
「ええ。お野菜とかも良いわね。自家栽培も楽しいわよきっと」
◇◇◇
二人はアランのお店に足を運んだ。
「いらっしゃい。先日買っていったばかりなのに珍しいね」
「今度は私のじゃなくて、マリナ用の植物を買いに来たのよ」
「マリナちゃん用?」
「ええ。栽培係をお願いしたら楽しかったみたいでね。私用だけじゃあれだから、マリナ用に野菜か何か育てたらどうかと思ったのよ」
「そうだったのか。どうする?何か希望はある?それとも僕が選ぶ?」
その台詞にマリナは唖然とした。
(こ、これは!?次の選択だ!!)
ここまで来る経緯は違うものの、同じ選択を迫られている。【自分で選ぶ】【選んでもらう】のどちらかだ。
(どうしよう…。グッドエンディングまで行くのは【選んでもらう】だった気がする…)
『薬草を育てて漢方薬を作ろうとした主人公は、【選んでもらう】を選択するとアランが勧めてくれたハーブはうまく育ち後に役立てることができた。そしてアランとの親密度が上がっていれば更なる情報を得ることができるのだ』
(心配な点は、私は薬草が欲しいわけではないことだ。でも、【自分で選ぶ】を選ぶと植物は育たない。これでは意味がないもんね…。よし!)
「アランさんにお願いしても良いですか?」
マリナは【選んでもらう】ことにした。
「ああ、いいよ。そうだなぁ…。イルマさんの所の環境だと、このへんの野菜はどうかな?直植えになるし水源もある。陽当たりの良い場所にはこの野菜を。あとはすぐできるからこれもいいね。このへんもお勧めかな」
トマトとラディッシュとミニキャロットそしてレタスの種を買った。さらには育て方も丁寧に教えてもらった。
(良かった!これならできそう)
そしてアランは続けた。
「それと、森にいるんだから、森に自生している野菜も知っておくといいよ。木の実や果実はわかりやすいけどさ、変わった芋とかも奥まで行かなくても採れるよ。細長い形した芋なんだけどね、食べられるらしいんだ」
(こ、これは!?更なる情報のやつ!)
◇◇◇
マリナはイルマと小屋に戻ると、早速畑を用意した。マリナは顔を泥んこにしながらやり遂げた。
翌日、種を植えた所から芽が出ていることに気がついた。
「…え?…いくらなんでも、速すぎない?」
そして、15日後にはラディッシュを収穫できてしまった。
「いやいや、だって、ラディッシュってハツカダイコンのことでしょ?早くできる野菜で有名だけど確か1ヶ月くらいかからなかったっけ?」
そして他にもおかしなことに気がついた。マリナが栽培している植物がまわりと比べるととても生い茂っていることに。そして花が綺麗に咲き誇っていることに。
「どうなってるの?」
「イルマさん。ラディッシュが豊作ですよ」
早速収穫したラディッシュをイルマに披露した。
「あらまぁ。良いじゃない!あなたを栽培係にして良かったわぁ。お買い物の回数も減らせそうね」
イルマはニコニコしているだけで、疑問には思わないようだ。
「あの、でも、イルマさん。ラディッシュの種を蒔いてから2週間しか経ってないんです。早すぎる気がして…」
「あらぁ、まだ2週間だったの?時が経つのは早いもんだわねと思ったのは歳の所為だと思ったけど、気のせいだったのね?」
そこで改めて菜園を見たイルマも驚きを隠せなかった。
「あらぁ、どうやって育てたの?この花もこんなに咲いて…。ここの土って菜園に向いてたのかしら?そんなわけないわね、私が育ててた花は今まで早く育ったとは思わなかったもの。…アランに相談してみましょうか?」
大量に収穫したラディッシュを手土産に、アランの元を訪ねた。
「え!?もう?いくら簡単で早く収穫できるとはいえ、早いなぁ」
アランもやはり驚いている。
「私もね、土壌が良いのかしらなんて思ったけれど、私が育ててたころはそんな風に思わなかったから相談しにきたのよ」
「あの、ちなみに育て方はアランさんに教えてもらった通りにしたつもりなんです。日記もつけてますよ」
マリナは栽培の観察記録を見せた。アランが文字が読めるか確認しなかったと思ったが要らぬ心配だったようで、アランは記録を受け取るとしっかりと目を通してくれた。
「本当だね。特別なことはしてないみたいだね。うーん、じゃあ、これはどお?この鉢植え、お世話が難しい花なんだ。育ててみない?もしマリナちゃんがお世話してよく育ったら、マリナちゃんに原因がありそうじゃない?」
「私に原因?私が早く育てたってこと?」
「それは興味深いわねぇ。良い試みだわ。やってみましょうよ」
手渡された鉢植えは、植え替えの時期ではないため鉢植えのまま育てることになった。気温や湿度、陽当たりによって置場所も変えられるから、しっかりお世話できればうまく育てられそうだ。
◇◇◇
2週間経つと、レタスとミニキャロットが収穫を迎え、ミニトマトは緑色の実をつけている。
「これも早いって!!種植えから1ヶ月だよ?倍の早さってことかな?」
そして、問題の鉢植えは花が咲き誇っていた。ライラックだった。
「あんまり見たことない花だなぁ。それにしても良い香りだよねー。…癒されるなぁ。アロマみたいな使い道はあるのかな?」
「立派なライラックね。これはマリナのおかげでしょうねぇ」
「イルマさん!」
後ろから急に声をかけられ、マリナは驚きの声をあげた。
「ライラック?これってアロマみたいな効果ってありますか?」
「アロマ?効果?」
どうやら、香りの成分による効果については発展していないようだ。
(あ、そうか…。主人公が作った虫除けアロマが爆発的にヒットしたのは、香りを楽しむことはしても役立てたり役立つ理由がまだ明らかになっていなかったからだ)
『主人公は、アランに比較的育てやすいハーブを勧められ育てた。育てた中から精油を作り出すと調合し、虫除け液を生み出した。水辺や森が近くに位置する町の人々に虫除け液は重宝されることになる』
この町の人は狩りや自生する食材の収穫の為に森によく入るし畑仕事も多い。家のまわりにハーブを植えているのは虫が寄ってこないからだったが、自分にその香りを纏うという発想がなかった。香水は貴族のものであったし、香水に使う香りは虫除けが目的ではなかったから、このアロマ液は町民の心ににうまく刺さったのだ。
(精油ってどうやって作るのー!?主人公は簡単にやってのけたけど…。まあ、薬品の研究者だったんだから朝飯前かぁ。それに私からしたらゲームのストーリーの一部だったし。って言っても、わかったところでアロマの詳しい効果知らないやー。ライラックって何!?)
ライラックは、マリナが転移する前にいた地域では自生することは少なく、薔薇、ジャスミン、鈴蘭と共に四大フローラルと呼ばれる花だ。しかし、そんなこと子供のマリナに解るわけがなかった。
2週間で立派な花を咲かせたライラックをアランに見せに、鉢植えを持って訪ねた。
「うわぁ。これは見事だなぁ」
「素敵なライラックよねぇ」
「あの、ライラックって何ですか?」
(しりとりでも使ったことない言葉だよ)
「ライラックはこの通りやさしく甘い香りが人気なんだよ。紫やピンク色の花も可愛らしいだろう?さらには花言葉を『恋の芽生え』とか『初恋』って言うんだ。君が僕のことを意識してくれると嬉しいなぁ」
「「……」」
「ははっ。それはおまけね」
倍以上年上のイケメン男性からの冗談はなかなかのものだった。
(うーん15歳差…、私が成人してれば問題ない話だろうけど、今はちょっと厳しいんじゃ…)
「あの、ライラックの香りとても素敵ですよね。花束のプレゼントとかにも人気なんですか?」
「うーん、香りをプレゼントするには鉢植えごとじゃないと。ライラックは切ってしまうと香りがなくなってしまうんだ。プレゼントの意味としては花言葉とか見た目の愛らしさといったところかな」
「え!?香りは楽しめないんですか?」
「そうだね。直植えするか、鉢植えで楽しむかだなぁ」
(そうなの!?香りって奥が深いんだなぁ)
「ただ、これで解ったことがあるね」
「?」
「マリナちゃんが植物を育てる特別な力を持ってるということだよ」
「え!?そんな、魔法みたいなこと…」
「そう。魔法みたいだわねぇ」
「「!!」」
この魔女イルマからの発言は重かった。
「アラン。協力してくれてありがとうね。…もう少し私の方で確認してみるわ」
「…、後で教えてくれると嬉しいな」
イルマはアランに笑顔で応えるとマリナを連れて帰った。
◇◇◇
「あの、魔法みたいってどういうことですか?私も力があるってことですか?」
「そうねぇ。マリナはお世話するときに何か願ったのかしら?」
「そうですね。早く大きくなりますようにとか、綺麗な花を咲かせますようにとか、いろいろ声をかけていた気がします」
「きっと、まじないの一種ね」
「まじない…」
「先日のコレットさんの手鏡と同じことよ。想いの強かったものがまじないとなってしまったと。ただ、手鏡の時と違うのは想いの強さと術者の力量ね。手鏡は想いが強すぎてうっかりかかってしまったもの、あなたのはあなたの力が強いが為に願いがまじないとなって術がかかったの。つまり、私たち魔女と同じ性質を持ってると思うわ」
「私も魔女ってことですか?」
「…、ごめんなさいね。魔女に関しては正直なところ私にもよくわからないのよ」
「わからない…ですか。じゃあ、魔女とか魔力って突然現れるんですか?」
「その可能性が高いってことね。あなたのおかげで私の今までの謎が解けそうなのよ。魔女と呼ばれる人間は突然現れるというのは正解かもしれないわ」
イルマは一呼吸置くと、覚悟して告げた。
「なぜなら、私も幼い時に保護された人間だからよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。