4.バッドエンドの回避
数日後、イルマが花屋に行くというのでマリナはついていくことにした。これは【ついていく】が正解だったからだ。アランとの親密度を上げておかないとこの先のイベントに影響が出る。
「いらっしゃい。あ、イルマさん久しぶりだね。…おや?マリナちゃん?」
魔女のお仕事である『○○の薬』なるものを作るためには様々な草花が必要で、イルマは定期的に花屋に通っている。
「あら?知り合いだった?」
「あ、この間襲われた時にアランさんが助けてくれたんですよ」
「助けたといっても騒動を納めただけで、大したことはしてないよ?お使いの主はイルマさんだったんだね」
「この子は今私と暮らしてるのよ。寂しい晩年に可愛らしい相棒を迎えられたわ」
「晩年だなんて、まだまだイルマさんは長生きするよ」
社交辞令だろうが、二人は会話を楽しんでいる。いくつか鉢植えを選ぶとイルマは会計した。
「私が目を光らせてる内は手を出さないでちょうだいよ?」
「あはは。あの強くしなやかな姿が忘れられなくてとてもタイプなんだけどね。もちろんだよ。歳が離れ過ぎてるし今は手は出さないよ」
((いつかは出すんかい…))
二人はちょっぴり警戒した。
店の外へ出て、先日向かった方向を見てみると、あの少年がこちらを窺っている。この日はイルマと一緒にいるためあえて知らないふりをした。ところが、帰ろうと歩き始めると少年が二人の行く先を塞いだのだ。
「おい!お前!魔女の手下なのか!?」
その台詞にはさすがにため息が出た。
「待ち伏せしておいて言うセリフがそれ?」
マリナは冷めた目で少年を見つめた。
「私はこのイルマさんに親代わりになってもらってるの。失礼な言い方しないでよ。この間あげたものだって、イルマさんに頼まれたお使いの物だよ?」
それを聞いた少年はハッとし、イルマとマリナを見るなり頭を下げた。
「す、すみません。この間はありがとう。おかげで助かった。…本当はお礼をしようとお前を待ってたんだ」
「そうだろうと思った」
マリナはイルマに向き直るときちんと説明をした。
「ごめんなさいイルマさん。実は私、卵とミルクを割ってしまったんじゃなくて、この子にあげたんです」
それを聞くとイルマはにっこりと微笑んだ。
「わかっていたよ、マリナ。あの時買い物袋が汚れていなかったもの。きちんと話してくれてありがとね。でも嘘はダメよ?そしてあなたも、お礼をしようと待っていたのね。あげたものはお役に立てたのかしら?」
魔女であるため警戒していたがイルマの優しい問いかけに驚きつつ、感謝の気持ちを伝えるべく少年はきちんと姿勢を正すと話してくれた。
「母ちゃんが体調崩してて、お薬も買えないどころか食べ物も買えなかったんだ。知ってると思うけど貧乏過ぎて俺がたまに盗みを働いてる。この間、そこのやつが卵とミルク買ってるの見たから盗ろうと思って…、でも失敗して…。だけど俺に分けてくれたおかげで母ちゃんに食べさせることができて、今は回復したんだ。ありがとう」
『あの日、人通りの少ない近道ではなく【来た道を戻る】を選ぶと少年の盗みは失敗に終わる。主人公が町に【ついていく】と逆恨みによって少年に殺されるというバッドエンド1【母を失った少年に殺される】となる。町へ行くのに【ついていかない】を選ぶとこの先は何のイベントも起こらず、この世界で何も特別なことはせず生涯を終えるというバッドエンド2【何もない】となるのだ』
バッドエンドの時は何のことか解らなかったが、正しい選択をした時に事情を把握できた。マリナは『少年の手に卵とミルクが渡ること』が正しいルートであると判断し、分けることにしたのだ。しかし、他にも少年に関する出来事で変わってしまったことがある。
「そ、それでお前にお願いがあって!あの技はどうやってやるんだ!?俺に教えてくれよ!」
「技?」
イルマは首を傾げたが、マリナは身に覚えがある。
「それはできない」
「何でだよ!?」
「あれは身の危険を感じた時と誰かを守る時しか使ってはいけない約束なの。あなたはこういっちゃなんだけど、日頃から悪い行いをしてる。そういう人に教えて良いものじゃないの!」
マリナの習い事、それは『空手』であった。帯の色はまだ黒ではないけど、いつかは貰いたいと日々鍛錬していた。礼儀礼節を学ばせることと体を動かすことが好きだったマリナのために両親が始めさせたものだった。
「でも!俺は強くなりたい!」
「強いと暴力はちがうの。使い方を間違えると凶器になるし、これを使って人を傷つけたり盗みを続けられたらそれは間違った使い方なの。まずはきみが相応しい人物かが大事。私の先生だったらきみには教えないと思うから今はできない」
「で、でも…」
まだ食い下がろうとする少年の様子に、イルマが口を挟んだ。
「あなた、お名前は?」
「お、俺はシモン」
「そう、シモンね?ねぇどうしてシモンは人から物を盗るの?お家の人は働いていないのかしら?」
「母ちゃんは女手一つで俺を育ててるんだ。でもすごく体調を崩しやすくて、急に休むことも多いから仕事させてもらえないんだ。時々手に入るお金でやりくりしてるけど、それだけじゃ生活できなくて。知り合いもいないから誰も助けてくれない。俺も子供だから仕事させてもらえないし…」
そう言うと下を向いてしまった。
「シモン、厳しいことをお話しするとね、あなたが仕事させてもらえないのは信用がないからよ。あなたくらいの歳で家業をお手伝いしている子はたくさんいるもの。子供だからという理由ではないわ。あなたの事情はわかるのよ?二人暮らしでお母さんは病気がちなんでしょ?でもね、雇う側にも事情があるわ。急に休んだりと仕事をしてもらえることが期待できない人は雇えないし、貧しさで息子は盗みをしている。その盗みが常習の子どもを雇うことも出来ないのは想像できるでしょ?ここの町の人たちはみんな平民で、そんなに裕福な人はいないわ。一度施しなどで手を差し伸べたとして、次もまた次もと期待されると困るのよ。それにそれではあなたたちも自立できないしね。あなたは誰も助けてくれないなんて言っているけれど、みんな犯人はあなただって知っているのに誰も盗られたものを取り返そうとしたり罰を下そうとしないのはせめてもの施しなんではなくて?とはいえ良くないわね。犯罪は良くない」
イルマは同情ではなく説教をした。シモンは更に顔をあげられなくなった。
「さて、マリナ?あなたの技って何かしら?」
そもそもシモンが待ち伏せしていたのは先日のお礼と、マリナの技術を教えて欲しいというものだった。
「あのー、空手道のことです。シモンから身を守るためにかけた技のことだと思います。シモンを気絶させちゃいましたから」
「そう。それでシモンはなぜマリナから教わろうと思ったの?」
「強くなりたくて…。母ちゃんを守れるのは俺だけだし、体が強ければ何か仕事につけるんじゃと思って…」
「その強くなった体で盗みを働こうとはしていないのね?」
「当たり前だ!盗むことは悪いことだってちゃんとわかってる」
「では、変わろうとしているシモンに私から一つ。シモンのお母さんに会わせてちょうだい。二人が自活するための1番のポイントはお母さんだと思うの。私は魔女よ?何か私にできることがあるかもしれないわ」
「魔女が?…わかった」
こうしてシモンは、イルマとマリナを家へと連れていった。
◇◇◇
家の前に着くと、ちょっと待っててとシモンは家の中に入っていった。しばらくすると中から女性が出てきて家の中へ招いてくれた。
「助かりました。本当にありがとうございました」
シモンの母親であるコレットは涙を滲ませ感謝した。
「大体の事情は伺ったわ。あなたはシモンが盗みをしていることは知っていたのでしょう?」
「…はい。でもあれがなければ生きていくことも出来なくてっ…、申し訳ありません!!」
「謝るのは私にではないでしょ?シモンにではなくて?そんなことをさせてしまったシモンに」
「うぅぅ…、っはい…」
「そもそも父親は?」
「…いません」
「なるほど…、シモンは知らないのね?」
「「?」」
シモンもマリナも何のことかよくわからなかった。
「この家に来てわかったことがあるわ。あなたの不調を私が解決してあげることができると思っているんだけれど、どうする?」
「治せるんですか!?」
「ええ」
「お願いします!」
コレットはほとんど食べれてないのだろう。全体的に骨張っている。藁にもすがる思いなのだろう。そんな彼女はテーブルに額がつくほど頭を下げた。
「では。あなた誰かに恨まれてませんか?」
急に始まったイルマの話に各々反応した。
「恨み?何言ってんだよ!悪いことしてるのは俺だけだよ!」
シモンはイルマに噛みついてきたが、コレットはそうではない。何か思い当たる節があるのか、青ざめている。
「…」
「その相手に関するもので、何かお持ちのものがありませんか?」
「!?」
「ちょっ、どういう話なんだよ!?わかるように教えてくれよ」
「この家の不幸の大元はコレットさんの体調不良よ?誰かに恨まれて呪いをかけられている可能性を疑ったのよ」
すると、コレットは奥から手鏡を持ってきた。
「…可能性があるとしたらこれだと思います」
柄に宝石が1つ埋め込まれている使いこまれた手鏡だった。それをイルマが手に取ると頷いた。
「間違いないわね。これが原因でしょうね」
するとイルマはすぐにコレットの元に戻した。
「…どうしたら良いのですか?」
「あなたの手で割りなさい」
「え!?」
「あなた自身で解呪するのよ。相手の想いが強すぎてうっかりまじないがかかってしまったものだと思うわ」
「…でも…」
「あなたがこの鏡を大切にしていたことはよくわかったわ。使いこまれてるからそれだけ毎日手に取っていたということでしょう。相手からしたらそれは許せないものだと思うわよ?だからまじないがかかり続けている」
「あの、イルマさん…。呪いの薬を飲まされたとか食べたとかではないんですね。物なんですか?」
ここまで静観していたマリナは質問した。
「ええ。口にしたものの効力は数時間から数日なのよ。でもシモンはお母さんはずっと体調を崩していると話をしていたわ。効果が長すぎるのよ」
「母ちゃん!これの所為なら割っちゃいなよ!」
「…」
まだコレットは渋っている。そこにイルマはたたみかけた。
「まだ愛してるのですか?未練がおありで?」
「…。なぜ、そう思うのですか?」
「あなたたちは今日食べるものにも困っているのに、その手鏡の柄についた宝石を金に代えようとしないというのは、この物に手放せないほど思い入れがあると言うことよ」
さすがに観念して、コレットは事情を語りだした。
「…、これはこの子の父親から貰った贈り物です。私たちは愛し合っていました。私が身籠ると彼にきちんと伝えたのですが、そもそも彼は貴族で結婚もしており私達の関係も奥様に伝わるところとなり、領地から追い出されました。その際にこの手鏡を頂いたのです。彼から貰った最後の贈り物ですから、愛の証としてそれはもう大切にしていました」
「その奥様は気がついていたのではないですか?この手鏡が愛人への贈り物であることに。この手鏡からは怨恨のオーラが漂っているの。許せなかった奥様からの、あなたに不幸があるようにというまじないがかけられているのではと思うわ。だからあなたが彼を想い続けこの手鏡を手離さない限りまじないの効果が効き続けているということよ。良い?彼があなたを本当に愛していたならば、あなたはここで餓死寸前な生活をしていないと思うわよ?領地を出てから彼は会いに来たかしら?貧困に暮らすあなたと息子に支援をしてくれたかしら?彼にとってあなたのことはその程度であったのではないかしらね?」
「!?」
その推測された事実にコレットは唖然とした。そしてシモンは、母が貴族との不倫の末に自分を授かったという事実に愕然とした。
(え!?恋愛ゲームってこんなにドロドロなの?そもそも、このコレットさんのエピソードは出てきてないし知らないよ?)
マリナもある意味、驚きを隠せなかった。
このあとコレットは自身で手鏡を割った。「そもそも領主である彼に領地から出るよう命令されたのだから、愛なんて嘘ね」と囁きながら。その瞬間に憑き物が取れたかのようにコレットの顔色は良くなった。コレットも実感したのか安堵の涙を流した。イルマが提示した対価は庭先に咲いていた花の株だった。ちょうどこの日買ったものと同じものだが、値が張るものだから1株しか買わなかったのだ。コレットはたまたま咲いていたものだから今後も必要であればくれると言うのだが…、イルマはある提案をした。
「コレットさん。あなたには他にして貰うことがあるわ。まずはこの手鏡を処分することよ。壊れたとはいえ手元から完全になくすことね。そしてその柄についた宝石を換金し、それを元手に異なる地で1からやり直すの。この町ではシモンの悪事が有名になりすぎてるわ。この子の為にも再出発をお勧めするわ」
「はい」
その提案にコレットも異論はなかった。
「シモン、もう悪いことはしないのよね?」
「はい!」
「2人で力を合わせて頑張りなさい」
「ありがとうございました。お世話になりました」
◇◇◇
「イルマさん。手鏡のまじないは他の魔女さんではなく、コレットさんのお相手の奥様がかけたってことですか?」
「ええ。そういうことね」
「魔女じゃなくてもできるんですね?」
「そうね。それだけ想いの強いものは術として機能してしまうのよ」
「私でもできるんですか?私も強く願えばまじないが使えるんですかね?」
「うーん、どうかしらね。魔女やまじないについては深く解明されていないのよ」
「そうなんですね…」
何か自分にもこの世界で使える特別な力が欲しい、この時マリナはそう願っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。