1.まさか、私が!?
新連載です。
全8話を予定しています。
「ねぇ、まりな。これやってみる?」
「え!?良いの?お姉ちゃんは終わったの?」
「これ、前編と後編にわかれてるんだけど、後編は最近買ったスマホにダウンロードしたから、前編の入ってる古い方のスマホ貸してあげるよ」
私はまりな。小学6年生。高校2年生のお姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんが今はまってるのが恋愛シミュレーションゲームなんだけど、すごく楽しそうにやっているから気になっていた。
「主人公は社会人のアラサー女性なんだけど、前編は恋愛要素は少なくて、どちらかというと転移したこの世界での生活基盤を築いてくんだぁ。あ、ちょっとむずかしかったかな?えーっとね、簡単に言うと、女の人がね違う世界に移動しちゃうんだけど、そこで生活できるようにがんばるところまでなの。後編では恋愛部分がスタートするんだけど、前編は異世界ファンタジーのお話で小学生のまりなでも安心して遊べると思うよ?一応お母さんにも確認してあるし」
「ママも良いって?」
「うん。もしやるなら1日30分までにしてねって言ってたよ」
「じゃあ、借りても良い?」
「うん、いいよー。はい、どうぞー」
こうして、まりなはお姉ちゃんに借りた『騎士たちのプリンセス』を遊ぶことにした。
『薬剤師として薬品の研究開発を仕事にしている主人公(31)が、仕事の帰りに交通事故にあう。次に気がついたときには異世界のある家のベッドで目覚める。森で倒れてるのを保護してくれたおばあさんは魔女だった』
プロローグはこんな感じだ。ゲームの内容は主人公が薬品や食品についての知識を生かしてお仕事したり魔女や街の人を助けていき、その活躍と噂を聞いた王国の騎士団が主人公を迎えに来るところまでだった。プレイヤーは行動の分かれ道だけ選べば良い。この分かれ道を間違えると騎士団のお迎えが来ないのだ。
「けっこう楽しかったな。お薬のお話とか食べ物のお話はちょっと勉強になったし、薬剤師って面白いお仕事なのかも!」
習い事の帰り道、この日は先生に質問していたからいつもより遅くなってしまった。ある交差点近く、目の前を一人の女性がふらふらと歩いている。
(なんか資料読みながらだ…、ながら歩きって危ないのに)
すると、その女性は赤信号に気付かず交差点に足を踏み入れた。
「ちょっ!?お姉さん!危ない!!」
まりながお姉さんを止めようと手を伸ばすと、そこに大型トラックが走ってきた。
パパーッ!!ギギギーーーーッ!ドガッ!!
◇◇◇
マリナは気がつくと、ベッドの上にいた。
(え?ここどこ?)
見回すと、こじんまりしたキッチンにテーブル、そして自分がいるベッドがあるくらいの小さい小屋のようだ。
(どこかで見たような?)
さらに自分は少し大きいが真っ黒の服を着ていることに気がついた。
(私の服は?)
そこに一人のおばあさんがドアから入ってきた。
「おや?目が覚めたかい?お嬢ちゃん。お腹空いてるかい?森の中で倒れててね、ここへ運んだんだよ」
おばあさんの顔には見覚えがあった。
「あ!イルマさん!」
お姉ちゃんに借りた『騎士たちのプリンセス』通称ナイプリに登場した魔女だった。
「ん?私のこと知ってるのかい?どこかで会ったかしらねぇ?」
最近物忘れが酷いのよねと言いながら、スープを温め直してくれている。
(どういうことだろう?ゲームやりすぎて夢に出てきちゃったかな?)
イルマがテーブルにスープとパンを用意し終わると、マリナを呼んでくれた。
「こちらにお座りなさいな。よかったらどうぞ」
お腹が空いていることもあり、いい匂いに寄せられマリナは椅子に座った。すると、ぐぅーっと腹の虫が鳴いた。恥ずかしくなって、マリナは顔を赤らめた。
「あらまぁ。おかわりもあるから遠慮なくお食べ」
マリナがパンを手に取るとそれはとても温かく、小麦のいい匂いがした。スープをひと口飲めば、これもまたお腹に染み渡る。
(夢にしてはすごくリアルだなぁ)
お皿が綺麗な状態になると、マリナは「ご馳走さまでした」と手を合わせた。その光景が珍しかったのかイルマは目を輝かせてマリナを見つめた。
「それは何かのまじないなのかい?」
「まじない?えーっと、あいさつです。お料理を作ってくれた人への感謝の意味だと教わりました」
「ということは、私に作ってくれてありがとうと言ってくれたのかい?」
「あ、そうですね。そういうことです。ありがとうございました」
「こちらこそ、こんなに綺麗に食べてくれてありがとうね」
嬉しかったのか、イルマはニコニコしながら食器を片付け始めた。イルマは片付けが終わると向かいの椅子に腰掛け、マリナに質問を始めた。
「お嬢ちゃん、お名前は何て言うのかしら?」
「あ、えーと、マリナです」
「マリナ?かわいいお名前ね。私はイルマよ。おいくつ?」
「11歳です」
「あらまあ。まだ子供ねぇ。どうして森の中にいたのかわかるかい?」
「いえ、わかりません」
「そうなの。あなた、見たことない衣類を着ていたし、放っておくのは危険だと私の家に連れてきたのよ。あなたが着ていた服は汚れていたから洗濯したんだけど、あれは落ちないわね」
「あれって?」
「血だらけだったわよ?でも着替えさせたらあなたに傷がなかったから安心したわ。服は私のものを貸したけど、少し大きいし可愛らしいあなたには似合わないわね。後であなたにちょうど良いものを手に入れましょう」
自分のために用意してくれるというイルマに断ろうとしたが、血だらけという言葉は聞き捨てならなかった。
(ここで目覚める前の記憶は、トラックのクラクションとブレーキの音…!?)
「あ、あの!私、たぶん轢かれたんです!車に!」
急に声をあげたマリナに驚いたイルマだったが、話の内容の確認を始めた。
「車?というと馬車かい?荷車ではないだろう?」
「え?大型のトラックです。クラクションの大きな音も覚えてます!」
「とらっくとは何ぞ?くらくしょんも聞いたことないねぇ」
そこでマリナはハッとした。ここがもし、ナイプリの世界であれば現代じゃない。自動車は存在してないのだ。
「…どうしよう」
マリナは困ってしまった。そして、マリナが示す知らない習慣と知らない単語に、イルマも何かを感じ取ったようだった。
「…、行く場所も帰る場所もわからないならしばらくここにいるかい?わかるまでここにいると良い。森には野生の動物もいるし、町まで出ても治安の悪い場所も人も時々いるからねぇ。こんな老いぼれでも良ければ、お嬢ちゃんの保護者にはなれるだろう」
「イルマさん、ありがとうございます」
マリナも状況が把握できるまでは、ゲームで見慣れたイルマの側にいることに決めた。
◇◇◇
一晩経った。1度寝て朝が来て目が覚める。これでわかったことがある。夢ではなさそうだということだ。
マリナは昨日の出来事を思い出す。
①森で倒れているところを魔女に保護される。
②魔女に手料理をご馳走になる。
③落ち着くまで魔女にお世話になることを決める。
この大きく3点は、ナイプリのプロローグと同じだ。ここに選択肢はなく物語が進んでいく。さらにいえば交通事故に遭うところも同じである。つまり、ナイプリの世界に転移したのだ。
(ナイプリの主人公は大人の女の人なのに…)
ナイプリの主人公である黒髪を一つにまとめた女性を思い出す。猫の目のように少しつり上がっていても大きな瞳に通った鼻筋、小振りな唇も総合すると和風美人をイメージさせる。
(ん?なんか、どこかで…)
シャッ
(ん!眩しい!!)
イルマがマリナの目覚めを確認するとカーテンを開けたようだったが、日の差し込みが強く眩しかった。その時、マリナにある映像がフラッシュバックされた。
トラックのライトに照らされた、あの時マリナが助けようとした女性の顔だった。
「あ!あの人だ!!」
その女性の顔はナイプリの主人公そっくりだったのだ。
「朝から大きい声出してどうしたんだい?悪い夢でも見たかい?」
「あ、いえ…。おはようございます」
「はい、おはよう。ご飯にしましょうか。外に小川があるから顔を洗っておいで」
タオルを借り、外へ出る。自然が豊かで…、いや、自然しかない。
(本当に、私の住んでた世界じゃない)
言われた通り、近くに小川があった。
「すごーい。綺麗な水…。林間学校で行った山みたい」
このまま外でバーベキューしたら楽しいだろうなと思ったのも束の間、自分の置かれた状況を理解した。
(ほんとうはあの女の人がこのナイプリの世界に転移するはずだったんだ…。それなのに助けようと近づいたから間違って私が?)
冷たい川の水で顔を洗うと、すごくさっぱりした。
(ほんとうの主人公は薬剤師の知識を生かしてお仕事したりイルマさんのお手伝いをする。でも私にそんなのできないよ?学校で勉強したことしか知らないし…。あとはママのお手伝いくらいしか…)
さっぱりしたのは顔だけで、頭も心もモヤモヤするのだった。
「あら、暗い顔してどうしたの?」
この理解した状況をイルマに説明するべきか迷った。ただ、帰れそうにないこと、そして頼れる人はイルマしかいないことは伝えないといけないと考えた。
「あの、イルマさん。お外に出てわかりました。私の知る世界では無さそうなんです。帰る場所も方法もわかりません。私、イルマさんと一緒にいても良いですか?」
イルマは少し驚いた様子だったが、にっこり微笑むとマリナを抱き締めてくれた。
「私で良ければこちらこそ一緒にいてちょうだい。私ね、子供も孫もいないからずっと一人で暮らしてたのよ。こうやって誰かと過ごすことに憧れもあったの。しかもあなたみたいに可愛らしいお嬢さんとなんて、嬉しいわ」
イルマはとても優しかった。