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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第三十一話 終幕を告げる夜の雪 壱

 □■影林律器


「行くぞ」

「……ゴ―」


 間の抜けた号令が部屋の中に響く。

 思わずずっこけそうになるが、お陰で少しだけ、体の緊張が解れたような気がする。

 きっとこの猫を通して聞いた他の奴らも、似たようなことを思っただろう。

 だが寧ろ、今の律器たちには、それくらいがちょうどいいのかもしれない。


 律器は魔法――《武器複製》で剣と鞘を両手に複製して、目の前の扉を破壊する。


「! なんだ! きさ――」


 目の前には、見張りの兵士が一人。

 律器は剣を鞘にしまって、そのまま兵士の後頭部を殴り飛ばす。

 手加減もしたし、ちゃんと鞘に収まっていたから死んではいないだろう。


「こっちも倒したよ」


 周りでは他の生徒たちが、見張りの兵士たちを倒して、辺り一帯が制圧している。

 これで取り敢えずの安全は確保できた。


 だが本番はこれからだ。

 ここからは時間との勝負になる。

 そして同時に、律器自身の正念場でもある。


「影林君!」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこでは万理が心配そうに、律器の顔を見上げる。

 そんなに心配しなくても、別に死にに行くわけじゃない。

 こんなところで死ぬつもりもなんて毛頭ない。


「作戦通り、ここはお任せします。先生」

「はい……影林君も、どうか気を付けて……」

「はい。行ってきます」


 律器はそのまま、生徒たちと別れて、単身城の中を駆け抜ける。

 お供は、肩に乗っている黒猫が一匹。

 彼女から兵士たちの動きを聞きながら、出来るだけ殺さないように倒していく。


「もうすぐか?」

「うん……向かって来てる」


 猫の返答に、律器は改めて、剣を握る手に力を込める。


 今回律器が立てた脱走計画は、至って単純なものだ。

 各部屋に配置した黒猫――万衣の分身体からの合図で、一斉に部屋から脱出。

 通路を制圧してから、五、六人の班に分かれ、黒猫を通して連携を取りながら厩舎を目指す。

 そしてそこに停めてある馬と馬車を強奪し、この城から逃げ出すという寸法だ。


 幸い、律器たち居残り組は、あまり戦力になれない分、それ以外の技術を叩き込まれている。

 乗馬技術も、その内の一つだ。

 御者を務めるくらいなら、今の律器にだって出来る。


 寧ろ問題は馬車の数だったが、それも今日なら問題はない。

 今はちょうど、城に物資を運び込むために使われた馬車が停まっている。


 この城は周囲一帯を魔境の森に囲まれていて、外へと続く街道は一切ない。

 補給路の確保は、全てあの皇帝にくっついている空間魔法の使い手が担っているが、その使い手に出来ることは、あくまで“門”を開くことだけらしい。

 運び込むためには人の手を使わなければならない。そのための馬車だ。

 たまたま逃走手段があったのは運が良かったが、何もかもの都合が良かったわけじゃない。


「ったく、余計なものを置いていってくれたものだぜ」


 当然、あの皇帝だってこの事態を予想していなかったわけじゃないだろう。

 生徒全員が同じ場所に留まるというのに、警戒しないわけがない。

 今の事態に対処するための手段だって用意してあるはずだ。

 そして帝国側は、律器たち全員の魔法だって把握している。


 響生が言うには、地奈津たちが戻って来てから四人、一級の魔法使いがこの城に戻ってきているという話だ。

 最近は個人を特定できるようになった響生が言うのだから、間違いないだろう。


 そして彼らがもっとも警戒しているのは、間違いなく万理先生だ。

 聞けば先生の力は、帝国軍の中でも群を抜いていたという話だ。

 そんな先生への対抗手段が、準備されていないはずがない。


 だからこの作戦では、あまり先生を前に出すわけにはいかない。

 他の生徒たちに至っては、恐らくその魔法使いたちの相手にはならないだろう。

 対抗できる戦力があるとすれば、それは相手と同等以上の実力があって、尚且つ、手の内が明かされていない戦力に限られる。

 それはつまり……


(俺がやるしかねぇ!)


 魔力量だけで言えば、律器は万理に劣っているわけじゃない。

 ただ戦闘向きの魔法ではないという風に思わせているだけで、力そのものは同格だ。

 律器の魔法――《武器複製》は、視認した武器を解析、複製することが出来る。

 そして複製できるのは、あくまで形状や重さだけ……その力までは再現できないと()()()()()()


 だが実際はそうじゃない。

 律器の魔法は、その武器に宿る魔力さえも複製することが出来る。

 対象物が魔装具であれば、その魔法も扱えるというわけだ。

 そう、例えば……


「……来るよ」


 前方の曲がり角から強者の気配。

 律器は持っていた剣を破棄して、新たな剣を複製する。


 さっきまでの何の変哲も剣じゃない。正真正銘の魔装具。

 今まで律器が解析して(見て)きた中で、最強の剣だ。


「来い!」


 それを手にした瞬間、律器の世界が加速する。

 物も人も、音さえも置き去りにして、兵士と一緒に現れた一級魔戦士へと肉薄する。


 敵の視界に入っているが、その反応速度は欠伸が出るほどに遅い。

 当然だ。

 今の律器の動きは、それほどまでに速いのだから。

 それでもなんとか律器を捉え、剣を見て驚愕しているのは、流石と言うべきだ。


 だがもう遅い。

 出来ることなら、律器もこれ以上誰もを殺したくなんてない。

 だがそのせいで、これ以上仲間が犠牲になることも許容できない。


(だから……此奴はここで仕留める!)


 律器は最後の悩みを振り払いながら、敵の首筋目掛けて剣を振るう。

 肌に触れた剣先は、まるで吸い込まれるように、敵の首を斬り飛ばす。

 手にした剣の魔法を解除すると、時間の流れがいつもの調子へと戻っていき、二つに分かれた頭と胴体が地面に転がった。


「なっ!」

「貴様!」

「いつの間に!」


 周りにいた兵士たちは、やっと律器の存在に気づいて距離を取る。

 彼らにしてみれば、何もないところから急に律器が現れたように感じるだろう。

 しかもいつの間にか、仲間の一人までもが殺されている。


 そして兵士たちの視線は、律器が持つ一本の大剣へと注がれる。


「おい! その剣……」

「……まさか!」


 どうやら彼らも気づいたらしい。

 というよりも、気づかない方がどうかしている。

 律器が手にしているこの大剣は、紛れもない、彼らの君主の愛刀なのだから。


「なぜ貴様がその神け――!」


 最後まで言わせずに、律器は兵士全員を、剣の側面で薙ぎ払う。

 何本か肋骨を折っているだろうが、死んでしまうよりかはマシだろう。

 もう気を失っているだろうが、律器は剣を担ぎながら答えてやる。


「これが俺の、本来の力なんでね」


 【時操神剣:灰の九番】

 それが今、律器が手にしている大剣の名前だ。

 この世界に来て、律器たちを恐怖に陥れた皇帝の剣。

 それを今、こうして律器が使い、戦うというのは、何とも皮肉な話だ。


 そしてこれが正真正銘、今までずっと、律器が隠し通してきた最強の切り札だ。

 律器の魔法は、視認した武器を解析して保存し、その魔力さえも再現して複製する。

 今の律器の力なら、間違いなくこの世界最強の魔装具である神剣さえも複製することだって出来る。


 そしてこの【時操神剣:灰の九番】の特性は、その名の通り時間の操作だ。

 その力で律器は、自分自身の身体を加速させ、一級魔戦士の首を斬り飛ばした。

 あまり潤沢に使える力ではないが、敵を倒すには十分だ。


 それから律器は、城のあちこちに分身体を配置している万衣の案内を受けながら、障害と成りえる魔戦士たちを殺していく。


 これで律器たちは、ようやく自由になれる。

 そう思った瞬間、城の中央――塔の上から、尋常ではない気配を感じた。


「なんだ!」


 気配の方角に視線を向けて、律器は見えずともその正体に気がつく。


「まさか……このタイミングで来るのかよ!」


 まさかこんなにも早く、しかも本人が来るなんて想定していなかった。


「マズい!」


 律器は自分の身体を最大限に加速させ、急いで他の生徒たちが待つ厩舎へと走った。


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