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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第二十八話 喋る猫

 ◇◆


 猫がいた。

 魔境――〈帰らずの森〉の中に建てられた塔の城。

 地奈津と一緒にやって来たその猫は、まるで飼い猫であるかのようにそこにいた。


「響生ー。ごはん持ってきたよー」

「ニャー」


 猫は見ていた。

 日に日に痩せ細っていく響生の姿を。

 それを根気強く介抱している地奈津の姿を。

 地奈津は響生と同じ寝台に座ると、食堂から持ってきた昼食を彼女に差し出す。


「……いりません」

「……せめて何か食べないと、本当に身体壊しちゃうよ」

「ニャー……」


 猫は鳴いた。

 このままでは本当に倒れてしまいそうだったから。


 この三日間の間、響生はほとんど食事を取っていなかった。

 彗が死んだという報せは、それだけ彼女の気力を奪うには十分なものだった。


「もう、いいんです。彗くんのいない世界なんて……もう……」

「それ、彗の前でも同じことが言える?」

「…………」

「彗ならきっと、響生ちゃんには生きててほしいって、言うと思うけどな」

「……わかっています。彗くんならきっと、私には生きてほしいって、言ってくれると思います……だけど……だけど、私は! 誰かの足手纏いにしかなれません! 私の代わりに、誰かが犠牲になるなんて……そんなのもう……耐えられません……」

「そんなの……響生ちゃんは足手纏いなんかじゃないよ。あたしたちを何度も助けてくれたじゃない」

「……いっぱい、努力しました」

「…………」

「彗くんに守られるだけの自分が嫌で、いっぱい努力して、彗くんを助けられるようになるって……そう思って、今まで自分なりに頑張ってきたつもりでした。でも、どれだけ頑張っても、私じゃ彗くんの隣に立つことなんて出来ないんです」

「…………」

「だから私は、地奈津ちゃんが羨ましかったんです。彗くんの隣に立てる力があって、一緒に戦える強さがあって……だけどきっと、それだけじゃ足りなかったんですよね?」

「…………」

「地奈津ちゃんくらいの強さがあっても、彗くんを助けるには足りなかったんですよね? 今でも私は、こんなにも弱いのに。もっと強くならなきゃ、誰かを助けることもできなくて……どうして私が、足手纏いじゃないって言えるんですか?」

「…………」

「ねぇ、地奈津ちゃん……教えて下さい! 私だったらどうやったら、彗くんを助けられたっていうんですか! ただ守られていることしか出来なくて、誰も助けられない私が! どうして足手纏いじゃないって言えるんですか!?」

「…………」

「教えて、下さい……」


 猫は思った。

 彼女たちと自分の過去は似ているのかもしれないと。

 猫は嘗て、この世界で出会った大切な人を失っているのだから。


 あの時の猫は、ただ守られていることしか出来なくて、そのせいで大切な人が殺された。

 その後になって、猫は強大な力を手に入れたけれど、その力では大切な人を救えなかった。


「……彗くんに、会いたいよぉ……」

「…………」


 猫は願った。

 この二人に、自分と同じ苦しみを背負わせたくないと。

 今ならまだ、全ては悪い夢だったのだと済ませられる。

 だけどここに居続ける限り、その夢はいつか現実になってしまうかもしれない。


 だから……


「会えるよ」

「「!」」


 猫は告げる。

 鳴き声じゃない、人の言葉を口にして、彼女の分身体(神楽万衣)は、響生と地奈津にそう告げるのだった。






 □■影林律器


 彗の訃報を聞いてから、既に三日間が経とうとしていた。

 あれからというもの、律器はほとんど何も手に付かないまま、ただボーっとする日々を過ごしていた。


「ニャー!」

「うわっ! なんだこの猫――オラッ! あっち行け! ッ! 痛って! 待てやゴラァっ!」

「ニャー」


 廊下が何やら騒がしい。

 猫の鳴き声が聞こえたかと思えば、見張りをしていたはずの兵士の足音が遠のいて行く。

 それからほどなくして、部屋の扉が勢いよく叩かれる。


「彗! いるよね? 入るわよ」


 返事を待たずに、地奈津が部屋の中へと入って来る。

 そんな彼女の様子は、どこか落ち着きがないように見えた。


「地奈津? それに響生まで……何かあったのか?」


 地奈津の後ろからは、なんと響生までもが顔を出して来る。

 今まで部屋の中で塞ぎ込んでいたせいか、響生の体は前に比べて痩せ細って見える。

 だがそれでも、彼女はしっかりと二本の足で歩いていて、その姿はまるで、信じる希望を見つけたかのように見えた。


「律器、落ち着て聞いて」

「?」


 そう前置きをした地奈津は、一度呼吸を整えてから、意を決したように言葉を紡ぐ。


「……彗が、生きているかもしれない」

「…………どういうことだ」


 地奈津の言葉に、律器の両目は大きく見開かれる。

 他でもない、彗の死を伝えたはずの地奈津が、そう言っているのだ。

 これで何もないと考えるのは、あまりにも不自然だ。


 するとどこからか、聞き覚えのない声が、律器の耳に届いた。


「ここからは……私が話をする、ね……」

「!」


 声のした方へと目を向けると、そこには地奈津が連れて来た一匹の猫がいた。


「猫?」


 どうしてここに、猫がいるのだろうか?

 まさかこの猫が喋ったのだろうか?


 そんな疑問が頭の中をグルグルと回っていると……


「まずは……初めまして、かな?」

「!」


 もう一度声を出して喋る猫に、律器は素直に驚いた。

 まさか本当に、猫が喋るなんて思いもしていなかった。


 だけどよくよく考えてみれば、ここは魔法のあるファンタジー異世界だ。

 なら猫が普通に喋ることだってあるのかもしれないと、律器はどうでもいいことを思い直す。


「私は、神楽万衣……あなたたちと同じ……この世界に連れて来られた、“渡り人”……」

「“渡り人”?」


 聞きなれない単語に、律器は猫へと聞き返す。


「そう、“渡り人”……それが私たちの、名前……まぁ……その話は、また後で、かな?……今は、あなたたちの、お友達の話」

「!」


 “お友達”というのは、間違いなく彗のことだ。

 律器だけでない。響生と地奈津までもが、猫の言葉に居住まいを正す。


「最初に言うけど、彗は今、私と一緒にいる……」

「! 本当か! 彼奴は、無事なのか!?」


 思わず声が出てしまう。

 猫と一緒にいるとはどういうことなのか?

 だったら目の前にいるこの猫は何なんだ?

 という疑問が頭に湧いてくるが、一瞬でどこかへと飛んでいく。

 今はただ、彗が無事であるかどうかを聞きたかった。


「無事…………疑うなら、話す?……声は、真似できないけど……言葉だけなら、伝えられる、よ」

「!」


 彗と話せるということに、律器はさらに驚く。


 だが、それなら猫の申し出は願ってもない。

 どうやって? とかの疑問は、今は後回しだ。

 彗の無事が確認できるのなら、今はそれ以上に重要なことなんてなかった。


「……頼む」

「わかった……ちょっと、待ってて……」


 そうして少しの間待っていると、猫は今までとは違う口調で語り出す。


『あー。これで良いのかー? よくわかんねぇが、猫に話しかけるつーのも、なんかシュールだなー』

「…………」


 出てきた声音は、さっきまでの猫のものと何も変わらない。

 だがその口調は、律器の知っている親友と同じものだ。


「……彗、なのか……?」

『お! もしかして、その口調は律器か? すげぇな。案外言葉だけでわかるもんなんだな』


 間違いない。彗だ。

 猫が聞かせている、まやかしなんかじゃない。

 彗は確かに、この猫の先に居るのだ。


「彗くん!」

『ん? もしかして響生もいんのか?』

「はい! ここにいます! 彗くんも、そこにいるんですよね!?」

『あぁ、ちゃんとここにいるぜ。すまねぇ、心配かけちまったな……』

「ううん。生きていてくれて、良かった……」


 ポロポロと、猫の前で涙を流す響生を、地奈津が後ろから優しく摩る。


「彗。あなた、今までどこで何をしていたの? ずっと心配していたのよ」

『今のは地奈津か? 悪ぃ、お前にも心配かけちまったな――』


 それから彗は、今までに何があったのか話し始める。


 空からの隕石は、何とか重傷になりながらも、魔法で防いだこと。

 そこを律器たちと同じ、日本からこの世界に来た男に助けられたこと。

 それからは男の忠告通り、地奈津たちとは合流せずに、この塔へと向かっていること。


『――今はちょーど、森に入るところだなぁ。今日の夜には着けると思うぜ』


 彗が戻ってくる。

 そのことに律器は、心の底から安堵していた。

 これでまた、四人で一緒に居られる。


 そう思った時、彗の言葉が律器の耳元へと届く。


『なぁ、律器』

「ん? どうかしたか?」

『……今なら“あれ”、出来るんじゃねぇか? 此奴さえ協力してくれりゃぁ、もう全部揃ったんじゃねぇのか?』


 彗の言う“あれ”というのは、間違いなく脱走計画のことだ。

 確かに、その話題が出て来ても可笑しくはないが、その時になってようやく、律器は自分の迂闊さに気がつく。


「!」


 律器は慌てて、辺りに人がいないのか確かめる。

 今、誰かにこの会話を聞かれるのはマズい。

 そう思っていたのだが……


「大丈夫……」


 そんな律器に答えたのは、目の前にいる猫の隣に現れた、新しい猫だった。


「人も鼠も、全部、追い払っているから……誰にも聞かれない……はず……」

「…………」


 猫が急に増えたことに、律器は少しばかり驚く。

 だが彼女の言う通り、近くに人の気配は確かになかった。


『? 何かあったのか?』

「……いや、何でもない。それより、今の話だけど……」

『いやだってこれ、もろ通信機じゃねぇか。俺ら今、離れた場所で会話してんだろ?』

「!」


 言われて初めて気づいた。

 確かに彗の言う通り、律器たちは今、離れた場所にいる彗と会話することが出来ている。

 それは律器たちが探し求めていた通信手段そのものだ。

 今までは、純粋な魔道具や魔法としてでしか考えていなかったが……


(確かに、これは盲点だったな。ここで神楽さんに協力してもらえれば、確かに必要なものは全部揃う)


 それでも、まだいくつかの問題は残ることになる。

 だが万衣の協力によって、大きく前進することは間違いなかった。


「……神楽さん? で、いいのか? あんたは俺たちに、協力してくれると思っていいのか?」


 律器が尋ねれば、万衣は肯定ということだろうか?

 二匹の猫が、首を縦に振って頷く。


「そのために、私はここにいる……」

「……ありがとう」


 これで一番の問題は解決された。

 あとこの状況で必要なものは……


「なら、まずは先生の説得からだ」


 計画を動かすのなら、今この時しかない。

 律器は立ち上がり、生徒をまとめるための先生の下へと向かうのだった。


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