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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第二十七話 馬鹿野郎

 □■影林律器


 戦争に出ていた仲間の帰還。

 その報せは、今日まで代わり映えしなかった律器たちにとって、湧き立つには十分なものだった。

 塔に戻り、食堂に入って来た彼らに気づいて、律器たちは一人、また一人と駆け寄っていく。


「地奈津!」

「!」


 そんな人混みの中で、律器は馴染みの顔を見つけて声を掛ける。

 怪我をした様子もない地奈津に、律器は安堵の溜息がこぼす。


「良かった、無事だったんだな。怪我もないようで安心したよ」

「…………そう、だね」

「……地奈津?」


 どこか歯切れの悪い地奈津の様子に、律器は首を傾げる。

 いつもの地奈津なら、笑って自分が無事に帰って来たことを強調するはずなのに。

 今の地奈津には、そんな様子は何処にも見えない。


「地奈津ちゃん」

「!……」


 すると横から、響生が顔を出して、地奈津に声を掛ける。

 彼女は彼女で、彗という彼氏を探しに行っていたはずだが、まだ隣に彼奴の姿はない。

 そのことは少し気になるが、それよりも、今響生から声を掛けられた時、一瞬だけ地奈津が、肩を震わせたように見えた。


「あの、彗くんを見ませんでしたか? どこにも見当たらなくて」

「……確かにいないな」


 律器も辺りを見渡してみるが、確かに彗の姿はない。

 まだ食堂に入って来ていないのかとも思ったが、入り口からはもう誰かが入って来る様子はない。

 ほとんど全員が、この場に集まっているのに、こんな時に彗は、どこかへ行っているのだろうか?


「なぁ、地奈津」

「…………」

「……? 地奈津?」


 彗がどこにいるのか聞こうとして、地奈津に声を掛けるが、返事がない。

 彼女を見れば、下を向き、握り締めている拳が僅かに震えている。

 その様子は、どこか何かを堪えているように見えた。


「地奈津ちゃん?……」

「…………」


 そんな地奈津に、響生も声を掛けるが、それでも返事はない。


 その様子に、律器は猛烈に嫌な予感がした。

 地奈津のことは、幼馴染としてそれなりによく知っている。

 そんな彼女が、これほどまでに追い詰められているところなんて、律器は見たことがなかった。


 律器の中で、最悪の想定が頭を過る。

 だが、そんなことはないと思いながらも、それでも地奈津の様子から、そうかもしれないという考えが拭えない。

 出来ることなら、確認なんてしたくない。

 だがそれでも、まだ決まったわけではないのだと、律器は淡い希望に縋って地奈津に尋ねる。


「なぁ……彼奴も、お前と一緒に帰って来るんじゃないのか? それともなんか、まだ向こうでやり残したことでもあるのか?」

「…………違う」


 絞り出すように、地奈津は言葉を吐き出す。

 それからゆっくりと、彼女は続きを――最悪の事実を口にする。


「彗はもう、ここには帰って来ないのよ。もう二度と!」

「…………え?」


 地奈津の叫びに、声を漏らしたのは響生だった。

 だけど律器だって、今の地奈津の言葉は信じられなかった。


 あの彗が戻ってこない?

 面白い冗談だと思った。

 あまりにも面白すぎて、どこか目眩さえ感じてくる。


 律器の隣では、響生が震える手で、口元を押さている。


「地奈津ちゃん……まさか、そんな……違いますよね? 律器くんの言うように、まだ向こうに残っているだけなんですよね? そうなんですよね!?」

「…………ごめん……あたしたちじゃ、何も出来なかった」

「…………」

「…………」

「本当に……ごめんね……」


 今にも泣き出しそうな地奈津の声で、律器はようやく全てを理解した。

 冗談でも何でもなく、彗は死んで、もうこの世にはいないのだと。

 そう容赦なく、突きつけられた様な気がした。


 彼奴と過ごしてきた日々が、走馬灯のように頭の中に流れていく。

 思い出が頭の中に浮かんで来る度に、親友を失った悲しみが、心の中に募っていく。


 だがそんな律器よりも、さらに深い悲しみに囚われている彼女(響生)が、隣にはいた。


「そん、な……そんなの……うそ、嘘なんですよね? ねぇ、地奈津ちゃん! 嘘なんでしょ! 嘘だと言って下さい!」

「…………」


 襟を掴みながら揺さぶる響生に、地奈津は何もせずに、ただ首を横に振る。

 それが全ての答えだった。


 響生の抵抗も、それ以上は続かない。

 揺さぶっていた手は止まり、響生の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていく。


「……そんな……そんなのって!――」


 そして彼女の言葉も、それ以上は続かなかった。

 地奈津の胸に顔を埋め、抑えようのない涙声が、響生の喉から溢れ出る。


 いったいその叫びに、どれほどの悲しみが乗っているのだろうか?

 そんな響生を、地奈津は躊躇いながらも、力強く抱きしめる。

 地奈津の目尻にもまた、光を反射して光る涙が確かにあった。


 そんな二人の姿を見ていると、密かに彗に対して怒りが湧いてくる。

 その怒りは、もしかしたら筋違いなのかもしれない。


 だけど、目の前の二人を泣かせた彗に、律器は言わずにはいられなかった。


「馬鹿野郎……」


 律器の声は、誰が聞いたかもわからない空虚へと消えて行った。



 △▼



 地奈津たちが戻ったその日から、律器たちには三日間の休みが与えられた。

 ここへ来て初めての真面な休暇だ。

 今までは身体を休めることはあっても、それ以外の自由は許されなかった。

 基本的に外へ出ることは叶わずに、部屋の中で一日過ごすことになる。


 だが、今回はそうじゃない。

 もちろん、塔の外なんかに出ることは許されないが、部屋の外で、誰かと一緒に過ごしたりすることは出来た。


 だけど、だからと言って、律器は誰かと一緒に過ごしたいとは思えなかった。

 もっともそうしたいと願った親友は、もうこの世にはいないのだから。


「律器……入るわよ」


 相方のいなくなった部屋の中に、地奈津は顔を覗かせてから中へと入って来る。

 そのまま無遠慮に足を進めて来て、寝台に腰かけていた律器の隣へと座った。


「…………」

「…………」


 お互い、最初に何を言うべきなのかわからずに、時間だけが過ぎていく。

 だけど、いつまでもこうしているわけにもいかない。


「響生はどうだ?」

「……うん。一応は、落ち着いたかな。今は部屋の中で横になってるよ」

「……そうか」


 そりゃあ、あれだけ取り乱せば、疲れもするだろう。

 今の彼女には、気持ちを整理する時間が必要だ。


(まぁ、それは俺もなんだろうな)


 それから言葉を交わしていく内に、地奈津は戦場で何が起きたのかを話してくれた。


 最初は帝国軍が優勢だったこと。

 だがその直後に、ものすごい隕石が降って来たこと。

 それが彗のいた部隊のところに直撃したということ。

 万理先生が助けに行こうとすれば、あの隕石を防げないのでは、死ぬだけだと、皇帝に止められたこと。


 全てを伝え終えた地奈津の両手は、自分への怒りからか、小刻みに震えていた。


「ごめん。あたしじゃ、彗を助けられなかった」

「……いや……地奈津のせいじゃない……」


 そう言ってから、律器は地奈津に大事なことを確認する。


「なぁ、地奈津……地奈津はさぁ、彼奴の死体を見たわけじゃないんだよな?」

「……そうだけど……でも、あの隕石から生きているなんて……」


 地奈津の反応を見るに、それだけ彼女の見たものは絶望的だったということなのだろう。

 確認するまでもなく、彗が死んだと思ってしまうくらいには。

 だけど、まだ死体を見たわけじゃないのなら、生きている可能性だって十分にある。


「それでも、俺は彼奴が生きているって信じるよ」

「強いのね。律器は……」


 強くなんてない。

 地奈津に見えているは、ただの幻だ。

 彗が生きているって信じなければ、今にも挫けてしまいそうだったから。

 必死に自分の弱さを隠すために、虚勢を張っているだけでしかない。


「……もう戻らないと」


 そう言って、地奈津は寝台から立ち上がる。

 いくら自由に会えるとは言っても、廊下には当然、見張りの兵士が立っている。

 あまり長居していては、あらぬ疑いを掛けられてしまうかもしれない。


「じゃあ、また後でね」


 そう軽く手を上げてから、地奈津は部屋の外へと出て行った。


 部屋の中には、また律器がたった一人。

 目の前には、主を失った寝台が一つある。

 地奈津にはあんなことを言ったけれど、それでも心のどこかでは、彗はもう死んでいるかもしれないという考えが拭えない。


 しばらく彗の寝台を見つめ、そこにいるはずだった彗の姿を幻視して――


「ッ……」


 ――律器は静かに涙を流した。


 それからの三日間は、あっという間に過ぎて行った。


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