第二十五話 偽りの仲間
□■神楽零
王国の陣地からそう離れていない場所で、零は彗から、この世界に召喚された経緯を聞いた。
突然、白い光に包まれ、気づけばこの世界に居たこと。
眼と髪の色が変わっていたこと。
ここまでは零となんら変わらない。
問題になったのはその後だ。
彗の周りには、校舎にいた他の生徒や教師たちがいたこと。
その床に奇妙な魔法陣が描かれていたこと。
それらを余すところ聞いて、零は思わず頭を抱えたくなる。
(つまりあれか? 俺は此奴らのとばっちりを受けたってことか?)
話を聞いた限りだと、その可能性が高い。
天眼家に残された一色頼子の日記。
獅子王がもたらした“渡り人”の情報。
これら二つの情報を鑑みれば、今回渡って来た“渡り人”の数は尋常じゃない。
何か今までにない要因があると思ってはいたが……
(まさかこんなところで聞くとはねぇ……こいつらの召喚で穴が広がってところか?)
元々世界には、“渡り人”をこの世界に呼び込む要因があった。
二つの世界が衝突し、世界の壁に罅が入ったとか、そんなところだろう。
その罅を通って来たのが、零たち“渡り人”。
だが今回、そこに召喚という名の杭が撃ち込まれることになった。
杭は壁に穴をあけ、元々入っていた罅をさらに広げた。
そして一部の壁が崩れ、“渡り人”が雪崩れ込んできたのが、今回の一件と言ったところか。
(理屈としては筋が通っているが……今はどうでもいいな。問題は……)
そう。
問題なのは、帝国に――否、この世界に、“渡り人”を召喚する手段が生まれてしまったという事実だ。
それはつまり、今回のような異世界転移を、これからは人為的に起こせるということになる。
そうなれば世界の秩序なんてあったもんじゃない。
この世界の人間は、好きなだけ地球の人間を、こちらの世界へ連れて来ることが出来るようになる。
向こうの意思には関係なくにだ。
それはただの誘拐でしかない。
同じ地球の人間として、そればかりは容認することは出来ない。
何としてでも潰す必要がある。
だが、そんなことは零には関係ないと言えば、確かにその通りだ。
自分の知らない所で、知らない人間がどうなろうが知ったことじゃない。
それが零の基本にある考えだ。
だがそれでも、同郷としての情がないわけじゃない。
上条進の一件で手を貸したように、今回だってそれは変わらない。
自分でも出来る選択肢があり、それが選べるのなら、迷わず自分の感情に従うべきだ。
「確認するが、お前たちの後に、召喚された奴らはいるか?」
零が尋ねれば、彗は首を横に振って否定する。
「いや、俺の知る限りじゃ、召喚されたのは俺たちだけだ」
「ふむ」
ということは、召喚するにはそれなりの準備が必要なのだろう。
時間か? あるいは資材か?
どちらにしろ、そう易々とできることではないはずだ。
時空使い最高の零ですら、世界に穴を開けることなんて不可能なのだから。
容易にされたら堪ったものじゃない。
ただ、好都合ではある。
一番の理想は、召喚の儀式が行われる前に、召喚に関わる全ての知識と手段を潰すことだ。
そのためには……
「誰が召喚に関わっていたかはわかるか?」
「いや、そこまでは俺にもわかんねぇ。そんな余裕はなかった」
「……そうか」
予想はしていた。
だが、それならそれで構わない。
わからないのなら、こちらから見つけ潰すまでだ。
「まぁいい。それで、召喚されてからはどうした?」
「…………」
そう尋ねれば、彗の表情が明らかに曇る。
どうやら面白い話ではなさそうだ。
だが、聞かないわけにはいかない。
思い出したくないだろうが、零は話の続きを促す。
そして語られる。
彗の話は、ただ非情の一言に尽きた。
いったい、どれだけの人間が犠牲になったというのだろうか。
短期間で戦士を育成しようと思えば、確かに有効な訓練ではある。
だが、そんなことが彗たちの望んでいたことではないはずだ。
「――こんな地獄から抜け出すために、ダチと一緒に脱走の計画を立てちゃいたが、結局間に合わなかった……俺が知っているのは、これで全部だ」
「なるほどねぇ……」
零は一度大きく息を吐く。
死んでしまった者たちには同情する。
だが、だからと言って、それ以上に何か思うようなことはない。
彼らはただ、この世界の理不尽に抗うだけの力がなかった。
それだけのことでしかない。
この世界では、それが全てだ。
実際、似たような光景を、零は一度、この目で見ている。
冷たい地面に並べられた、命を奪われた者たちの、あの光景を。
連合国で起きた出来事と、今回の話は、よく似ているような気がした。
「それで、お前はこれからどうする?」
「…………」
零がそう聞けば、彗は顔を上げる。
その目はどこか、これから先を見通せていないように見える。
自分たちがどうしたいのかはわかっているのに、そのための手段がわからないと言ったところか。
「気づいていると思うが、今の俺は王国の人間だ。本来なら殺さなきゃいけないところだがな。お前が望むなら、このまま解放してやってもいい。もちろん条件は付けるがな」
「…………どういう意味だ」
その顔に浮かぶのは、純粋な困惑だ。
だがそんな彗に構わず、零は言葉を続ける。
「そのままの意味だ。今回は同郷の好として、この場は見逃してやる。だがその代わり、帝国へ戻ったら、今回の召喚に関わっている奴らを見つけ出せ。それが条件だ」
「……なんだよ、そりゃあ」
彗が堪らず唸る。
まるで裏切り者でも見るような目だ。
だが、それは寧ろ当然か。
今まで味方だと思っていた相手に、こうも突き放されたのだから。
それも、あからさまに見捨てるような形で。
さっきまで、彗たちの境遇に耳を傾けていたというのに。
彗にとっての零は、この世界で初めてできた味方だったのだろう。
自分と同じ境遇に立つ“渡り人”。
それだけで仲間意識を持つには十分な動機だ。
だから自分たちの境遇についても素直に話した。
明確に助けを得られると思ったわけじゃないだろう。
だが、期待していなかったはずがない。
それを裏切ったのだから、裏切り者だと思われても仕方はない。
「俺に……俺らに、まだあそこにいれって言うのか!」
「そうなるな」
「ッ!」
拳が振るわれる。
零から見ればお粗末な一撃だ。
だが、そこからの衝撃波は侮れない。
加えて、迷わず頭を狙ってきている。
だが問題ない。
首を傾けることで回避すると、そのまま拳を握る。
衝撃波による後ろの惨状を気にせずに、無防備な彗に拳を振るう。
その表面を、反重力の膜で保護しながら。
「グハッ!」
彗の腹部が、拳の形に歪む。
だが触れてはいない。
重力で押し付けているだけなら、衝撃は発動しない。
《未来視》があればこその、初見殺しの完封。
少しだけ吹っ飛んだ彗は、痛みに堪えるように蹲る。
「勘違いしているようだから言っておくが、俺はお前たちに協力するつもりはない。お前らが勝手に脱走する分には構わないが、こっちだって余力があるわけじゃない。王国に逃げて来るなら、受け皿くらいは用意してやる。俺が出来るのはそこまでだ」
零が助け出そうとすれば、間違いなくあの皇帝が出てくることになる。
そうなれば戦闘は避けられない。
不本意だが、神剣を持った皇帝相手なら、恐らく良くて五分。
天照の強化と合わせてもそれだ。
正直、誰かを守りながら戦えるような相手じゃない。
不用意に手を突っ込めば、喰われるのは零の方だ。
だから零は協力しない。
彼らには悪いが、そこまでして助ける義理も価値も、零にはないのだから。
「――クソッ!」
彗の拳が地面を叩く。
だがいくらそうしたところで、状況は何も変わらない。
どうしたものかと思っていると、近くの茂みからひょっこりと、一匹の黒猫が姿を現した。
「ニャー」
「……猫?」
「ちょうどいいところに来たな」
後で呼ぶつもりだったが、向こうから来てくれたのなら好都合だ。
茂みから現れた黒猫――万衣の分身体は、彗を一瞥してから零を見上げる。
「万衣、悪いが此奴に付いて行ってくれ。少し面倒なことになった」
万衣は状況がわからないのか、コテっと首を傾げる。
「詳しくは後で話すが、此奴は俺たちと同じ“渡り人”だ。此奴の傍で見聞きしたことを俺に伝えてほしい。出来るか?」
「……わかった」
そう言って、万衣は素直に了承する。
「? いいのか?」
それには正直驚いた。
まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかったからだ。
黒猫が彗と一緒に行けば、その間、万衣は零の傍にはいられなくなる
すぐに新しい分身体を送ってくるだろうが、それまで傍にいられないことには変わらない。
だから多少の駄々はこねると思っていたのだが……
その疑問はすぐに氷解する。
不意に黒猫の影が伸び、そこからもう一体の黒猫が姿を現す。
目の前には、瓜二つの黒猫が二体。
そのことに零は軽く目を見開いて驚いた。
「お前、いつの間に出来るようになったんだ?」
確か王国へ戻る時には、まだ本体からしか分身体を出せなかったはずだ。
だが分身体からも分身を出せるようになれば、その有用性は計り知れない。
元々彗だけでなく、万衣自身にも召喚については調べてもらうつもりでいた。
こういう場合には、万衣の魔法は役に立つ。
だがそのためには、連合国から王国を経由して、帝国に分身体を送り込んでもらう必要があったわけだ。
そのための遅れが無くなったという意味は大きい。
これならすぐに調査を始められるだろう。
「まぁいいか……さて、じゃあ改めて聞こうか。お前はこれからどうする」
「……俺に選択肢なんかあんのかよ」
彗に視線を向ければ、どこか不貞腐れたように返事が返ってくる。
確かにごもっともだが、その心配はない。
「あるな。もしこのまま帝国軍に合流するつもりなら、適度に傷をつけておく必要がある。流石にこのままだと怪しまれるからな」
彗には魔薬による治療が施されている。
完治していないとはいえ、流石にこのままで怪しまれることになる。
だからある程度負傷した体を装う必要があるのだが……
それを聞いた彗は嫌そうに顔を歪める。
「それが嫌なら、帝国軍には合流しないことだ。幸い、お前が言ってた〈帰らずの森〉があるのは帝国の西部。つまりこの近くだ。転移なしで行けない距離じゃないだろう」
彗の話で出てきた〈帰らずの森〉。
その場所は零も知っている。
現皇帝が魔境の中に城を建てたということで有名な場所だ。
前線へは転移魔法で送られたようだが、本来ならそこまでするほどの距離でもない。
「さて、どうする?」
「……お前はどうするんだ」
彗に尋ねれば、逆に聞き返される。
だが零だって、今は近衛騎士としての立場がある。
「俺はまだ王国を離れるわけにはいかないからな。だが、万衣からの連絡があり次第、“渡り人”召喚に関わる全てを潰す。今はそれが最優先だ」
「……わかった」
彗はその場で立ち上がると、そのまま帝国方面へと歩き出す。
だが腹を抑える彗を見て、零は呼び止める。
「待て」
「?……っと!?」
立ち止まった彗に魔薬の瓶を投げる。
あと一本もあれば、彗の怪我は完全に完治するだろう。
彗が受け取ったのを見て、零は王国軍陣地へと戻った。




