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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第二十三話 汚れた手

 □■神楽零


 帝国軍の上空、高度一万メートルの場所で、零は変わらず帝国軍の様子を眺めていた。


(……どうやら撤退するようだな)


 氷の天井に覆われた本隊は、上空を警戒しながらも、恐る恐ると帝国方面へと撤退を開始する。

 それに合わせるようにして、生き残った別働部隊の方でも、本体と合流するようにして撤退を開始している。


(これなら追撃の必要もなさそうだな)


 と言うよりも、あの皇帝が追撃を許すような真似はしないだろう。

 わざわざ別働部隊と合流しようとしているのも、恐らくそのためだ。


 基本的に、この世界ではひとまとまりになって行軍するようなことはしない。

 いくつもの部隊に分かれて、戦力を分散させながら行軍するのが基本だ。


 と言うのも、今回零がやったように、大規模な攻撃によって部隊の全滅を防ぐためだ。

 戦線を長く取れば、それだけ被害を分散せることが出来るというわけだ。


 だが今日ここに至っては、それは悪手でしかない。

 なにせ、零の攻撃を防げるのは、今のところあの皇帝しかいないのだから。

 あのまま合流していなければ、各個撃破されることは目に見えているだろうし、零だってそのつもりだったのだから。


(まぁこれで、最低限の目的は果たせた、ってところか)


 この作戦の目的は、あくまで帝国軍の進軍を止めることだ。

 今の王国軍に、帝国軍と真正面からやり合えるだけの戦力は残されていない。

 あのまま進軍を続けられていれば、文字通りの意味で王国軍は全滅、王都までもが帝国の手に落ちていた可能性だってある。

 そのことを考慮に入れるのなら、今回の作戦は文句なしで成功だと言えるだろう。


(それにしても……)


 帝国軍から視線を外してみれば、そこには二つのクレーターが良く見える。

 言わずもがな、零が攻撃によって作り出したものだ。

 初めて実戦で使ってみた攻撃方法だが、取り敢えずは成功と言えるだろう。


(少し降りてみるか)


 上空からでも十分その威力は確認することが出来ているが、地上からも確認しておいた方が良いだろう。


 帝国軍は既に、大方この戦域からの離脱は完了している。

 上空から見れば、それ程移動したようには見えないが、地上からの距離としてはそれなりだろう。

 地上に降りたところで、こちらに戻って来て、戦闘になることもあるまい。


『わざわざ降りへんでも……』

『そうね。そこまでしなくても……』


 自由落下して地上に降りようとすると、天照と月詠がやんわりと零の行動を止めてくる。

 その声はどこか気づかわしげで、彼女たちがいったい何を心配しているのかは、凡そ察しが付く。

 だが零だって、そこまで自分の心が軟ではないつもりだ。


(まぁそうかもしれないが、一応どうなっているかは確認しておいた方が良いだろう)


 零の攻撃が地上に、どの程度の影響を与えているのかは、実際に見てみなければわからない部分もあるだろう。

 その影響次第では、今後の運用方法だって変わってくるのだから。


『零……』

『無理せんといてな』

(問題ない。それに、遅かれ早かれこうなっていたさ)


 零は地球の重力に従って落下していき、地上へと降り立つ。

 顔を上げて目の前を見れば、そこには放射状に広がった窪地が広がっていた。


「何と言うか、我ながら酷い有り様だな」


 微風が吹けば、それに靡かれるのは砂埃や零の髪くらいなものだ。

 それ以外のものは地上のどこにもなく、あるとすれば、地面に染み込んだ血の跡や、粉々になった肉塊くらいなものだ。


(威力や環境面についても、問題はなさそうだな)


 差し詰め、地球で言えばクリーン兵器とでも言ったところか。

 特に環境への悪影響がないところを見るに、使い続けたとしても問題はないだろう。


「それにしても……」


 一通り確認が済んだところで、零は改めて思う。


(初めての人殺しにしては、随分と派手だな)


 なにせクレーターまで作ってしまうのだから、派手と言う表現は間違ってはいないだろう。

 これでもう弁解の余地もなく、零の手も汚れてしまったというわけだ。


 そのことに何か思うところがないわけじゃない。

 だがやはり、魔獣を殺した時とは少し違う。


 僅かであっても、人を殺し、取り返しのつかないことをしたという罪悪感が、確かに零の中に根付いている。

 せめてもの救いは、相手が言葉も交わしたことのない赤の他人だったことと、相手が戦場で戦う軍人だったことだろう。

 その二つの前提があったからこそ、この程度で済んでいるとも言えるのかもしれない。


 だが……


「ままならないものだな」


 所詮は心の問題、認識の問題でしかない。

 その気になれば、いくらでもやりようはあるだろう。


 人も魔獣も、同じ命であることは変わらない。

 だから人が人を特別扱いするのは、ひとえに同族だからというだけでしかないのだろう。

 ならば理屈の上でなら、人を殺すのも、魔獣を殺すのもそう変わらない。

 だがそれでも、そうだと割り切れないというのは、何とも歯がゆいものだ。


『それでええと思うよ。ううん、それが人として当たり前のことやと思う』

(天照……)

『そうね。それに、そんなに悪い面ばかりを見ようとしないで。あなたは確かにここにいる人たちを殺したのかもしれないけれど、そのお陰で救われた人たちだって確かにいるんだから。月はその時々で見え方を変える。あなたが私に教えてくれたことよ』

(……そうだったな。なるほど確かに……定番だが、悪くない)


 使い古された理屈ではあるが、だからこそ、こういう場面では有用な解釈とも言える。

 ここで帝国軍を止めることが出来たからこそ、後ろに控えていた王国軍が、これ以上の死傷者を出させずに済んだとも言えるのだろう。


 だが正直、まだ零もそこまで王国に思い入れがあるというわけではない。

 ここにいる帝国兵を殺したことに対する免罪符になれるかどうかは微妙なところだ。

 だがこれから先、王国の一員として生きいけば、そうなる未来もいつかは来るのかもしれない。


 そんなことを考えながら、適当に窪地の中を歩いていると……


『零』

(? どうかしたか?)


 さっきまでの雰囲気とは異なり、月詠が警告するように声を掛けて来る。

 何かあったか聞き返してみると、今度は天照の方がその内容を説明する。


『近くに生き残りがいるようやで』

(……マジか)


 あの攻撃を凌ぎ切るとは、少しばかり驚きだ。

 規模としては何時ぞやの盗賊団の件で受けた自爆攻撃にも匹敵するはずなのだが、それを受けてもなお生きているというのだから、大したものだと言わざるを得ない。


『こっちね』


 月詠が意識を向けた方向に行ってみると、確かにそこには原型を留めた人の姿があった。


(こいつは……)


 年の頃は零と同じくらい。

 服のほとんどが破けてしまってはいるが、胸元が上下しているところを見るに、まだ息はあるようだ。

 だがそんなことよりも、零の目を引いたのは、右腕に付いた奇妙な模様の黒色の痣だった。


『れいやん、この子って……』

(あぁ、まだ確定ってわけじゃないけどな)


 その痣がいったい何を意味しているのかは言うまでもない。

 理屈の上でなら、その痣は体内の魔力が急激に増加した時に付くものなのだから、まだ確定したとは言えない。

 だがそうホイホイ付くようなものではないし、零も同類以外で見たのは一人しかいないのだから、十中八九“渡り人”だと見て間違いはないだろう。


(やっぱり予想が当たったのかねぇ)


 とは言え、まずは目の前で倒れている当人をどうすべきなのかを考えた方が良いだろう。


(さて、どうしたものか)


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