第二十話 反撃の一手
□■神楽零
零たちが撤退途中の王国軍と合流したのは、破音領を発ってから二日目のことだった。
《時間加速》による強行軍でかなり急いで来たつもりだったのだが、どうやら少しばかり遅かったらしい。
陣地のいたるところでは、兵士たちが所在なさげに蹲っており、そこに戦士としての矜持は何処にもなかった。
『なんやこの世の終わりみたいな雰囲気やなぁ』
確かに天照の言う通り、この場にあるのは、ただどうしようもないという諦めと、この世の終わりとでも言いたげな絶望的な雰囲気だけだ。
とても今から、兵士たちの士気を立て直せるようには思えない。
(だがまぁ、見たところ重傷者はいないみたいだな)
本来、帝国軍に惨敗したのなら、それなりの負傷者がいても不思議ではないのだが、どうにもそれらしい姿はない。
全ての兵士が五体満足に体は無事であり、心だけが沈んでいるその様子は、雰囲気の異様さにさらに拍車をかけていた。
(これが神剣の力というわけか)
王国が所有する神剣――【再生神剣:白の七番】。
嘗ての名工――剣持一鉄によって打たれ、歴史に名が残りし十二本の神剣、その内の一振りであり、あらゆる生あるものの再生を司りし剣。
その剣はあらゆる傷を癒し、あらゆる病を治す。
今回はその力を使って、戦いで負傷した兵士たちに治療を施したのだろう。
もっとも、治せるのはあくまでも、生きている存在だけではあるのだが……
「鳥目副団長!」
そんなことを考えていると、ちょうど一人の兵士が、零たちに気づいて走り寄ってくる。
そして鳥目の前に立つと、兵士は改めてその姿勢を正す。
「戻られましたか」
「えぇ、遅くなりましたが……本部は今どこに?」
「こちらです」
そう言って、兵士は陣地の奥の方へと走り出す。
「行きましょう」
鳥目の言葉に零も頷き、兵士の後を追う。
そして辿り着いた先には、一つの天幕が建てられており、中には鎧を着込んだ騎士や、豪華な服を身に纏った貴族たちの姿があった。
「戻ったか」
開口一番、天幕の一番奥で座っている男が、鳥目の方を見て声を掛ける。
「は! 鳥目直弥、ただ今より副団長の任に復帰いたします」
騎士としての問答が済んだところで、男は続いて零の方へと目を向ける。
「ご苦労……それでそこに、いや、そちらに居られるのはもしや」
「えぇ。彼が新たな特級魔戦士です」
鳥目の紹介により、一同の視線が零へと向けられる。
今のやり取りを聞く限り、恐らく鳥目と話していたのが、彼の直属の上司――近衛第三騎士団長なのだろう。
その左側に座るのが、第四、第五、両近衛騎士団長とその幹部たち。
右側に座るのが、この辺りの近隣を治める貴族たちといったところだろう。
そして、騎士たちの中に混じって一際鋭い視線を向けてきているのが、零の新しい同僚である近衛第零騎士団員だろう。
その証拠に、その二人の傍には一刀ずつ剣が立てかけられている。
「お初にお目にかかります。神楽零と申します」
取り敢えず貴族としての礼を取ってみれば、返って来た反応は、王との謁見の時とそう変わらない。
まずは特級魔戦士として紹介された零の若さに驚き、続いて零の力が本物かどうか疑わしい視線が向けられる。
貴族たちの反応は概ねそんなところだ。
何人かの騎士たちもまた同じような反応を見せているが、それでも油断なく零のことを観察してくる視線が一定数はあるらしい。
そして目の前にいる第三近衛騎士団長もまた、その一人だ。
「あぁ、聞いているとも。私はこの部隊の総大将を務めている空閑優斗だ。ここでは私の指揮に従ってもらうことになる。よろしく頼むよ」
「はい」
既にここは、敵軍と矛を交える軍の中枢だ。
いくら第零近衛騎士団が特殊な立場だったとしても、命令系統をしっかりさせておくことは大事なことだろう。
「よろしい。それで鳥目副団長、彼の戦士としての技量はどの程度のものだったかな?」
「は! 彼は確かに若いですが、少なくとも一級魔獣を片手で仕留めるほどの実力を秘めていることは、間違いないかと」
その言葉に、この場にいるほとんどの者たちが呆然となる。
一級という強さの等級は、彼らもまた知るところであり、それを片手で仕留められる程の実力というものが想像できたのだろう。
それに、今まで零の監視の任務に就いていた鳥目の意見から、一先ずは貴族たちも、零の実力については納得したようだった。
「だが、たかが一人の特級戦力が増えたところで、いったいどうなるというのだ? 帝国軍にはあの皇帝だけでなく、今まで知られていなかった“雷海の魔女”までいるんだぞ!」
「それだけではない。今の帝国軍の強さは異常だ。いったいどんな手を使えば、あれだけの戦力を整えられるというのだ」
一難去ってまた一難。
零の実力についての議論が終わったかと思えば、今度は帝国軍の戦力の議論へと移っていく。
正直、そんなことを議論したところで、現状を打開できるようには思えないのだが、それだけ彼らも――特に貴族たちは、勝ち目が見えないこの戦いが不安なのだろう。
だが話を聞く限りだと、やはり帝国軍全体の戦力が向上していることに加え、今まで聞いたことすらなかった魔法の使い手が何人も出てきているらしい。
これはいよいよ、渡り人が実戦に投入されたという仮説が現実味を帯びてきたかもしれない。
そんなことを考えている内に、議論はさらに白熱し、遂には収拾がつかなくなりそうになったところで、その声は響いた。
「静まれ!」
騎士団側の席の一角、額から頬にかけて刻まれた古傷が特徴的なその男は、今まで騒いでいた貴族たちへと鋭い視線を向ける。
「今は不毛な議論をしている場合などではない! 今こうしている間にも、帝国軍は我らが領土を踏みにじっているのだ!」
その怒りの籠った大喝に、多くの貴族たちが委縮して押し黙る。
傍には緑色の刀身を持った剣が立てかけられているのを見るに、恐らく彼が、〈天啓の曙〉第一席――幽透道夫で間違いないだろう。
貴族たちが一通り黙ったのを確認すると、幽透は改めて零の方へと向き直る。
「神楽卿、単刀直入に聞くが、貴殿は帝国の皇帝の力をどれほど知っている」
「そうですねぇ……私が知っているのは、万物を凍らせる特級魔法を操り、私と同じ時間を操る神剣を装備している……というくらいでしょうか。後は剣の腕もそれなりにあるとか……」
「あぁ、そうだ。それで、君が戦うとしたらどう見る」
「……正直、難しいでしょうねぇ。敵の神剣の性能がどれほどかにもよるでしょうが、私とあの神剣とでは相性が悪いでしょうから」
そう。
帝国の皇帝が持つ神剣――【時操神剣:灰の九番】は、零との相性が悪い。
と言うよりも、一種の同族嫌悪とでも言って良いのかもしれない。
どちらにしろ、零では神剣を装備した皇帝を倒すことは難しい。
だが、皇帝を倒すことが出来なくとも、それ以外の敵を倒すことなら、何の問題もない。
「ただ、それ以外の戦力を全滅させるというのであれば、手がないわけではありません」
「何? どういう意味だ」
「そのままの意味です。帝国の皇帝を討ち取ることは難しいでしょうが、それ以外の戦士を戦闘不能に追い込むことなら可能です」
零がそう言い切ってみれば、騎士たちの反対側に座る貴族たちから反発の声が上がる。
「何を馬鹿な! 我々は全軍をもってしても敗れたのだぞ。それをたった一人で相手にするなど、自惚れているとしか思えぬな」
「まったくだ。所詮は新参者ということか」
「第一、帝国軍にいるのは皇帝だけではない。“雷海の魔女”を始めとした、今まで未確認だった魔戦士の存在もあるのだぞ。まさかそれらの反撃をも一人で対処できるとは言うまいな」
「ええ……ですから、反撃の一切届かない場所から、敵を一方的に殲滅します」
「「「…………」」」
そんな零の言葉に、貴族たちはまたしても呆然と押し黙る。
「こいつはいったい何を言ってるんだ?」なんていう視線を向けられるが、貴族たちの視線なんてものはどうでもいい。
今この場で重要なのは、総大将である空閑がこの作戦に乗るかどうかという一点だけだ。
「……詳しく聞かせてもらえるかい?」
その問いかけに、零は作戦の詳細を説明する。
別にやること自体はそう難しいことではない。
零にとってはちょっとしたお使い程度の作戦だ。
だが嵌れば、間違いなく帝国軍を壊滅させることは間違いないだろう。
そして、空閑の出した答えは……
「……わかった。それで進めてくれ」
「了解しました」
それから零は、作戦に必要なものを揃えてから、王国軍の陣地を発った。
地上のいたるところに、巨大な窪みをいくつも残して……




