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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第十九話 雷海の魔女

 ◇◆


 〈陽だまり平原〉。

 嘗て陽光の心地良さから名付けられたその平原は、王都から北方領土へと繋ぐ街道の途中に位置し、そこを行き交う人々に、一時の安らぎを与えるような場所だった。

 優しく降り注ぐ日の光はもちろんのこと、草木を靡かせる風や、所々で地面を彩る花々もまた、そこに住む人々に実りある楽しさを与えていた。


 だが残念なことに、今はもうその頃の面影はどこにもない。

 草花は枯れ、日の光は変わらず大地に降り注いでいるにもかかわらず、そこに吹く風は凍えてしまいそうになるほどに寒々しい。

 今の〈陽だまり平原〉を支配するのは、今までとはまるで正反対な氷の世界。

 絶対零度に近しい極寒の大地には、あらゆる生物を素材とした氷像が立ち並び、ダイヤモンドダストのきらめきによって、今までとはまた違った幻想的な光景を作り出している。

 そして、まるで闘技場のように囲われた氷壁の内側には、たった一人の男が佇んでいた。


「来たか」


 その男――氷華帝国皇帝――氷華天真は、舞台の上に上がって来た挑戦者たちを眺める。


「まったく、派手にやってくれやがったなぁ!」


 その内の一人――王国第零近衛騎士団〈天啓の曙〉第一席――幽透(ゆうとう)道夫(みちお)は、不機嫌さを隠しもせずに叫ぶ。

 その後ろでは、同じく〈天啓の曙〉第二席――破音(はおん)涼真(りょうま)が、ただ静かに神剣を引き抜きながら、その力を全身へと巡らせていく。


「それにしても、ここへ来ていきなり侵攻とは、いったいどういう風の吹き回しだぁ?」


 この一年間は、互いに小規模な衝突はあれど、ここまで大きな戦いにまで発展することはなかった。

 それは王国と帝国、互いに決め手に欠ける状況下では、争ったところで互いに消耗するだけだとわかり切っていたためだ。

 だからこそ、両国は今まで一年間もの停戦状態を保ってきたのだ。

 だがここへ来て、帝国は王国へと大規模な侵攻を再開させた。

 それはつまり、帝国側にはこの戦いで王国に勝利するための戦術があるということに他ならない。

 だからこそ、幽透は少しでも情報を得ようと、天真との会話に持ち込もうとしたが、天真は自らの愛刀――【時操神剣:灰の九番】を引き抜くことでそれに応える。


「貴様らに話す道理などない」

「…………」


 もはやこの場における、会話の余地などない。

 あるのはただ、互いの国の雌雄を決した殺し合いのみ。


 幽透もまた自らの神剣を引き抜き、両者共に構えを取る。

 氷で閉ざされた舞台の中で、現在この世に五本しか確認されていない神剣の内、三本が向かい合う。

 どちらからともなく間合いが詰まり、両者の神剣が一合を刻んだ時、この戦いの幕が上がった瞬間だった。



 △▼



 〈陽だまり平原〉の上空。

 王国と帝国、両軍がぶつかり合う戦場を一望できるその場所に、一人の魔女の姿があった。


「……始まったみたいですね」


 何もない空中に浮かんだ箒に腰かけ、風に靡く魔女のとんがり帽子を手で押さえながら、万理は眼下に広がる戦場を見下ろす。

 翻る外套の下に広がる地上では、衝撃音や爆発音が響き渡り、所々では激しい土煙が上がり始める。

 上空にいながらも、見渡す限りに続くその戦場は、この戦いの大きさそのものを物語っていた。


「皆さんは、大丈夫でしょうか?」


 自分のことよりもまず生徒たちのことを心配するあたり、やはり万理はこんな状況であっても先生なのだろう。


 当然彼女の眼下に広がる戦場には、万理と一緒に連れて来られた生徒たちの姿だってある。

 ある場所では竜の咆哮の如き衝撃波が戦場を蹂躙し、ある場所では小高い山のような土の巨人が、そこにいるだろう何かを踏み荒らしている。


 だが一ヶ月という訓練期間があったとはいえ、元は戦争や暴力すらも知らなかった生徒たちがほとんどだ。

 最低限戦えるようになったとはいえ、命を賭けた戦いをさせられている生徒たちのことを、万理が心配しないはずはなかった。


「…………」


 だが生徒たちのことをいくら心配に思っていたところで、今の万理の力では何もできない。

 今の万理には、一人でこの戦争を終わらせる力も、生徒たちを戦わせずに済ませるだけの実績も、何もない。


 それは万理自身が一番よくわかっている。


 だからせめて、今の万理に出来るのは、少しでも早くこの戦争を終わらせるように活躍して、生徒たちの無事を祈ることだけだった。


「……どうか無事でいて下さい」


 万理は一旦気持ちを切り替えてから、眼下に迫って来た王国兵の姿を見る。


 その数は十数人と数は少ないが、この世界の戦闘においては、量よりも質の方が重要視されている。

 一級魔戦士ともなれば、ほとんど一般人に等しい六級や、嗜む程度にしか魔法が使えない五級の魔戦士で構成された部隊なら、例え万の軍勢を集めたところで、単騎で殲滅することが出来るのだから。

 そのため戦士として騎士団に入団するためには、どの国でも四級以上の魔戦士であることが絶対条件となっている。

 最低限それだけの力をもっていなければ、この世界の戦争では足手纏いにすらなれないからだ。

 そのためこの世界では、地球のように数を揃えて戦うのではなく、戦士一人一人の質を揃えて戦うのが基本となっている。


 そして万理の真下へと迫って来た王国兵もまた、ここで戦う資格を得たこの世界における精鋭の戦士たちだった。


「やっぱり、先生も怖いです」


 今は周りに誰もいないせいか、万理の口からつい弱音がこぼれてしまう。

 戦争が始まる少し前、戦いに不安と恐怖でいっぱいになっていた生徒たちに、万理は一人一人に声を掛けて回っていた。


 私たちならきっと大丈夫――

 生きてみんなで家に帰れる――

 自分を信じて――


 そう言って、一人一人に声を掛けながら、万理は不安と恐怖で押しつぶされそうになっていた生徒たちを励まして回っていた。

 自分の中にある弱さを見せないように、気丈に振舞いながら、笑顔を絶やさずに。


 だけど本当は、不安と恐怖でいっぱいだったのは、万理の方だって同じだった。

 本当は誰も傷つけたくないし、誰も殺したくなんてない。

 こんな風に誰かと戦いたくなんてなかった。


 だけど、こうでもしなければ、生徒たちを守ることなんて出来ない。

 万理の力では、誰も救うことなんて出来ない。

 だから、今まで必死になって頑張って来たのだ。


『俺たちのために一人で戦って、それで先生はどうなるんだ。それじゃ先生だけが救われないだろ』


 半月前、律器に言われたあの言葉は、万理の心の中に、深く突き刺さっていた。

 今までの覚悟が、全部水の泡になってしまいそうになるくらいに……


 万理自身でも、薄々わかっていたことだ。

 これから先、苦しくて、辛い道しかないことくらい、律器に言われるまでもないほどに、わかっていたことなのだ。


 だけどだからといって、生徒たちに甘えるわけにはいかなかった。

 もしもあのまま、律器の提案に頷いて協力していたら、もしかしたら、今みたいに一人で背負い込まずに済んでいたのかもしれない。


 だけど、それではダメなのだ。

 生徒たちに、脱走なんていう危険な橋を渡らせるわけにはいかないし、させるわけにもいかない。

 もうこれ以上、生徒たちの誰も、一人たりとも失いたくないから。

 それに……


「生徒たちを守るのは、いつだって先生の役目なんですから!」


 この世界で傷つくのは、万理一人だけでいい。

 この手を血に染めるのも、生徒たちを死なせてしまった罪を背負うのも、全部……

 生徒たちには、これから先も明るい未来を背負ってほしいから。


 カン!――


「!」


 万理が何だかんだと考えている内に、王国兵は上空にいる万理へと攻撃を開始する。

 魔法、矢、投擲など、あらゆる対空攻撃が、万理のいる上空へと突き刺さる。

 それらの攻撃を、万理は箒に乗って回避し、魔法による障壁で防御していく。


 万理の魔法――《万象具現》は、万理の頭の中で思い描いたあらゆる現象を具現化させる力。

 空飛ぶ箒を魔力で形作ることを想像すれば魔法の箒が出来上がり、目に見えない壁のような力場を想像すれば、障壁を作り出すことだって出来る。

 今万理が身に纏っているものは、箒と同じように、魔力で形作った魔法使いの衣装たちだ。

 とんがり帽子は響生の魔法を参考にして想像された探知魔法が仕込まれており、ローブには高い防御性能が施されている。

 そして、万理の手に持つ杖には、彼女の魔法そのものの力が封じ込まれている。

 自身の魔法の情報が刻まれた魂の一部を物質化させたもの、それが万理の手に持つ杖の正体だ。


 基本的に、魔力というものは、形を持てば持つほどに、その内に秘めた力は安定して強くなっていく。

 精霊のような霊体よりも、肉体という依り代を持った生物の魂が安定するように、魔力を物質化させれば、その魔力はさらに安定し、魔法の力も強くなる。

 そのため、自身の魔力を物質化させる召喚系の魔法は、そうでない魔法に比べて、同じ魔力量を持った魔法であっても、その効果は格段に高くなることがある。


 嘗て椿たちを巻き込んだ、王国の石壁家における獣人監禁事件において、そこの騎士団長である双騎重兵衛の魔法の強さに、零が疑問符を浮かべた理由がこれである。

 そして本来、万理の魔法は召喚系に分類されるものではないにも関わらず、魂の魔法領域を物質化させる技術を無意識に会得してしまったことこそが、万理が生徒たちを差し置いて、最強となった要因にもなっている。

 だが本来、その技術は魔法使いが長年の研鑽の上に会得するはずのものなのだが、そのことを万理が知る由はなかった。


「――これなら」


 万理は敵の攻撃が、障壁を突破しないと踏むと、回避を止めてちょうど敵陣の上空へと昇る。

 箒による回避を止めたのはほんの一瞬だが、今の万理にとって、その一瞬さえあれば十分だった。

 杖を構成していた魔力の一部を変換して、新たな物質を想像する。

 それは水のような透明な液体だが、その量が尋常ではない。

 まるで湖を丸ごと持ってきたようにすら思えるその水の塊を、万理は大河の濁流が如く地上へと叩きつける。


「み、みぅ……!」


 その圧倒的な物量に、王国兵は成す術もなく流されていく。

 いくら精鋭の魔戦士であったとしても、大自然の片鱗の如き力に抗う術などありはしないのだ。

 そして万理の攻勢は、これだけでは終わらない。


「許してくださいとは言いません」


 そう言って万理は、自らの手に持つ杖を、王国兵たちが悶え苦しむ水面へと向ける。

 その杖の先に、僅かな閃光を散らすかせながら……


「皆さんを殺す罪も、私が背負います」


 次の瞬間、〈陽だまり平原〉の大地に、轟く雷鳴が響き渡る。

 万理の放った雷撃は、狙い立たずに水面へと着弾し、水に侵された王国兵たちを、悲鳴の上げる間もなく絶命させる。


 万理が想像したその水は、当然ただの水というわけではない。

 大地に染み込むようなことはなく、流動性を捨てずに敵を拘束する適度な粘性を併せ持った水だ。

 そして何よりも特徴的なのは、その通電性だ。

 水に落ちた雷撃は、ほぼ百パーセント、どれだけ離れていようと水の中を伝播する。

 万理の水に捕らわれた者たちは、決してその雷撃から逃れることは出来ない。

 圧倒的な水の物量で敵の動きを封じ、捕らえた敵を必中必殺の雷撃によって絶命させる。

 それこそが、万理がこの一ヶ月の間で編み出した、どんな相手をも効率的に殺すための戦術だった。


 全ては、彼女の生徒たちを守るために。


 今日この日、世界に新たな戦士が誕生する。


 “雷海の魔女(らいかいのまじょ)

 それが、この戦いで最も多くの王国兵を葬り去った、空飛ぶ魔女の二つ名だった。


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