第十七話 鍛冶師と皇帝
◇◆
カン! カン! カン!
暗い暗い石造りの部屋。
外からの光を許さないそんな部屋の中では、金属の打ち合う音が規則正しく響き渡る。
カン! カン! カン!
炉に入れた火の色だけが、強烈な熱気と共に光を放ち、僅かながらに部屋の中を照らしている。
カン! カン! カン!
蒸し風呂のように熱い、そんな部屋の影には、槌を振り上げる一人の女性の姿が映し出されている。
カン! カン! カン!
彼女が槌を振り下ろすたび、火に入った汗がシュワッと音を立てて蒸発する。
カン! カン! カン!
そんな一心不乱に槌を振り上げる彼女に向かって、一人の男が声を掛けた。
「御剣京華」
カン!――
「…………」
槌を打ち付ける音が止み、声を掛けられたその女性――元明護王国筆頭魔剣鍛冶師――御剣京華は、声を掛けて来た人物の方へと振り返る。
「出来ているな」
「……あぁ」
御剣はその男――氷華帝国皇帝――氷華天真の用件を聞くと、部屋に立てかけてあった一本の大剣を、天真に手渡した。
「ふむ。悪くない」
天真はその大剣――【時操神剣:灰の九番】を受け取ると、その仕上がり具合に一つ頷く。
「当然。あたしが仕上げたんだからな。半端な仕事はあたし自身が許さねぇ」
御剣はぶっきらぼうに答えると、そのまま立ち去ろうとする天真の背中に、嫌味を効かせて言葉を続ける。
「あんたはまた、王国に攻め込むつもりなんだろ? 今度は逃げ帰らずに済むといいな――」
その瞬間、御剣の喉元に神剣の刃が突きつけられる。
天真の殺気を真正面から受け止めながらも、御剣は顔色一つ変えずに天真から目を逸らさずに見つめ続ける。
「…………」
「…………」
しばらく互いに睨み合い、両者の緊張が高まっていく中で、最初に口を開いたのは御剣の方だった。
「あんたはあたしを殺さない。この一年で、あんたのことは、それなりにわかって来たつもりだよ」
「貴様如きが、余の器を測れるとでも?」
さらに天真の殺気が強くなり、御剣は若干冷や汗を流しながらも言葉を続ける。
「一年も剣を見てればわかるよ。あんた、本当は皇帝なんてどうでもいいんじゃねぇのか?」
その言葉に、天真の放つ殺気が僅かに弱まる。
「いや、違うな。あんたにとっちゃ、この世界にあるもの全部がどうでもいいんだ。どれもあんたの胸に開いた、その深い穴を埋めてはくれなかった。だからそんなつまらなそうな目をしている。本当は、あんたが本当に求めているのは――」
「黙れ」
天真は御剣の言葉を遮り、神剣の刃が浅く彼女の肌を傷つける。
「それ以上を口にすれば、貴様の喉元を斬り裂く」
僅かに怒気を滲ませながら、天真は神剣を、御剣の喉元へと押し付ける。
だが御剣は、そんな天真に笑いながら言葉を返す。
「ははっ、いいのかな? あたしを殺しちゃって。言っちゃなんだけど、この世界であたし以上に神剣を触って来た鍛冶師はいないと思うよ?」
そう言った御剣の言葉は、ある意味では正しかった。
ほんの一年前まで、御剣は明護王国の鍛冶師としては最高峰の、筆頭魔剣鍛冶師として仕えていたのだ。
そんな彼女の職務には、当然、王国が所有する二本の神剣――【暴風神剣:緑の六番】と【再生神剣:白の七番】の管理も含まれる。
大陸広しと言えど、一国で二本もの神剣を所有している国は、明護王国を除いて存在しない。
そして今は、帝国が所有する神剣――【時操神剣:灰の九番】さえも、彼女はその手に取って触れている。
一本でも珍しい神剣を、さらに二本も触れられる機会に恵まれるなど、そうあるものではないだろう。
だがここにいる、御剣京華はその数少ない機会に恵まれていた。
「だからあんたは、あたしをここまで連れて来たんだろ?」
天真にとって、御剣が帝国軍の進軍先にいたのは全くの偶然だった。
御剣は幼馴染が捕らえたという一級魔獣の素材をすぐにでも加工するために、王国北部――即ち帝国との国境付近にある故郷へと訪れていた。
本来なら筆頭魔剣鍛冶師である彼女は、王都の外に出て来ることなどまず有り得ない。
だがその、彼女の溢れんばかりの行動力が仇と成り、彼女は帝国軍の侵攻に巻き込まれることになった。
そこで天真は彼女を見つけ、その腕を見込んで自らの神剣の手入れを任せたというわけだ。
「今この世界に、あたし以上にその神剣を手入れできる鍛冶師はいない。それをあんたはわかっているから、今この場であたしを殺すようなことはしない。だってそれは、一国を治める皇帝としては、間違った判断なんだから」
ある種の含みを持たせた御剣の言葉に、天真は釈然としないながらも、彼女の喉元から剣を引く。
「気に食わんな。貴様が少しでも手を抜いていれば、ここで殺してやることも出来たんだがな」
別に天真とて、端から御剣のことを信用しているわけじゃない。
鍛冶師としての腕は確かだが、元々は敵国から連れてきた人間だ。
監視という名の護衛も複数人用意し、御剣が良からぬことを企てないかと警戒している。
だが実際のところ、帝国に来てからの彼女は驚くほどに従順だった。
国賓待遇であることは確かだが、それでも、帝国に反意を示すことはなかった。
勿論、だからと言って、王国の内情を詳らかに話すような真似もしていない。
拷問すればまた違っていたのかもしれないが、彼女の鍛冶師としての腕に比べれば、そんなことは細事でしかなかった。
そして御剣は、帝国からの命令では、新しい魔装具を作らないことを条件に、彼女の下に運び込まれた全て魔装具の手入れを引き受けた。
それらの魔装具が、いったい何のために使われるのかは、当然彼女も承知の上だ。
「これでもあたしは、一人前の鍛冶師だ。どんなことがあっても、自分の仕事にだけは嘘はつかない。例えそれが、あたしの故郷を滅茶苦茶にした神剣であってもね」
別に御剣とて、王国への愛情が無くなったわけじゃない。
寧ろ生まれ育った町を滅ぼされて、帝国への――氷華天真への怒りが湧き上がっている程だ。
だがそれでも、どれだけこの国を憎んでいたとしても、彼女が自分の仕事に手を抜くような真似はしなかった。
それはある意味で、彼女なりの鍛冶師としてのけじめだった。
御剣にとって、武器というのは、ただの道具でしかなかった。
どのように使われるのかは、使い手次第。
その責を負うのも使い手であり、武器そのものに罪はないというのが、彼女の持論だった。
だから御剣は、この帝国で、武器の手入れだけは引き受けたのだ。
武器そのものに罪がないと言うのなら、故郷を滅ぼした武器を恨むのは、彼女にとっては筋違いというものだ。
武器とは、常に使い手の力量に見合った最高の状態であるべきものだ。
だがそれでも、御剣の中に、一抹の感情がないわけではなかった。
「ふん。ならばその目で見届けるがいい。貴様の研いだこの神剣が、貴様の祖国を滅ぼす様をな」
そう最後に言い残して、天真は御剣の鍜治場を後にする。
その気配が消えて行くのを見届けて、御剣は深い溜息をこぼした。
「兄貴は今も、どこかで生きているのかな?」
王国で打った最後の魔剣。
桜のように舞い散る炎の魔剣を手にした彼のことを思い出しながら、御剣は再び作業へと戻って行くのだった。
△▼
鍛冶師と皇帝。
もし、この二人の出会いが、少しでも違っていれば、嘗て栄華を誇った帝国の姿が、そこにはあったのかもしれない。
この二人の実力は、嘗ての二人に比べれば、及ぶべくもない。
だがそれでも、この二人と、嘗ての二人の姿はよく似ていた。
今の関係は最悪だけれど、当時を知る歴史家でもいれば、今の彼らの関係を惜しく思ったことだろう。
だがしかしながら、いくら仮定の話をしたところで栓無きことだ。
嘗ての名工が、生涯最後の神剣を打ったその鍜治場で、御剣はもう一度、振り上げた槌を打ち付けた。




