第十六話 出陣前の夜
□■影林律器
その日、珍しくも私語が許された夕食にも関わらず、声を上げて騒ぐような生徒は誰もいなかった。
食堂の中には、ただ重く、暗い空気だけが流れ、とても食事を楽しめるような雰囲気ではない。
ここへ来て一番の食事が出されたとしても、その空気は何も変わらない。
菊池が処刑された時だって、ここまで空気が沈むことはなかったというのに。
だがそれも、今日あったことを思い返せば当然だ。
この夕食を終えて、明日になってしまえば、ここにいる半数以上の生徒たちが、生きて帰れるかどうかもわからないのだから。
「響生……」
「彗くん……」
律器の向かい席では、彗と響生がお互いの存在を確かめ合うように手を繋いで見つめ合う。
いつもなら「イチャつくな」と言ってやっているところだが、今日ばかりは何も言えない。
明日になれば最悪の場合、もう二度と会えなくなるかもしれないのだから。
「地奈津、大丈夫……じゃないよな」
「えへへ…………うん、やっぱり怖いよ」
律器の隣で、地奈津は無理矢理笑顔を作ろうとして、上手くできずに表情を崩す。
その手は小刻みに震え、必死に恐怖を抑え込んでいるように見える。
「戦争だもん」
そう。
それこそが全ての元凶。
ついさっき、今日の訓練が終わった後に告げられた、戦争で戦わされる選抜隊。
その選抜隊に、彗と地奈津は選ばれていた。
「何であたしたち、こんなことになっちゃったんだろうね」
そう呟く地奈津の声は、幼馴染の律器が聞いたことがないほどに弱々しい。
いつもなら、どんな状況でも周りを明るくしようとするのが地奈津なのに……
普段と違う幼馴染の様子を見て、ただ戦地へ送ることしかできない自分に罪悪感が湧いてくる。
「ごめん。間に合わなくて」
「何で律器が謝るのよ?」
そりゃあ謝りたくもなる。
ここから脱走してやると息巻いて、地奈津たちにも協力してもらったのに、結局今日までに間に合わず、何も出来なかったのだから。
それに、律器が罪悪感を抱く理由は他にもある。
(なに格好つけていたんだ、俺は! 結局、待つことしか出来なくなっちまったじゃねぇか!)
そう。
今回の選抜隊に、律器自身は選ばれてはいなかった。
他の生徒たちよりも多少魔力量は多いみたいだが、律器の魔法自体は戦いに向いていないと、そう判断されたのだ。
皮肉にも、それ自体は律器の狙い通りに……
律器の魔法は、視認した武器を解析して複製できるというものだ。
そして複製できるのは、あくまでも形状や重さだけ。
それだけだと思われている。
もし、律器の本当の能力が知られているのなら、今回の選抜隊に選ばれていないはずがない。
それだけ、律器は自分の魔法が強力なものだと自負しているし、使いこなせれば、あの万理先生とだって渡り合える自信がある。
だが今回、それを行為に隠していたせいで、律器は戦争で戦う選抜隊から外された。
自業自得というか、因果応報というか、まさにそういうのがしっくりくるような状況だった。
律器も最初は、自分の能力を隠そうなんて考えもしていなかった。
だがある時、一人の兵士が律器の魔法を勘違いしていたのに気づいて、これは利用できると思ったのだ。
脱走する時までに隠し通すことが出来れば、いざという時に戦いで有利に立つことが出来る。
そう思って今までずっと隠してきたというのに、今ではそれが全部裏目に出て最悪の気分だ。
(こうなるくらいだったら……)
能力なんて隠さずに、せめて彗や地奈津と一緒に戦いたかった。
「……ッ」
だがそう思うと同時に、心のどこかでは戦争へ行かなくて良かったと思う自分がいて、そんな自分に嫌気がさしてくる。
親友や幼馴染が、命懸けの戦いに連れて行かれるというのに、自分は安全な場所に残れて良かったと思うなんて…………自分は友達として最低だ。
「律器だけのせいじゃない。あたしだって、何も出来なかった……」
「…………」
自分も同じだと言う地奈津に、律器はなんて答えればいいのかわからなかった。
これから戦場に向かう彼女に、このまま残る自分が何か言えるような立場じゃない。
たがそれでも、地奈津たちには生きて無事に帰って来てほしかった。
「死ぬなよ」
「……当然でしょ」
律器の言葉に、地奈津は不安そうにしながらも力強く答える。
その言葉が聞けただけで、どこか安心できてしまうのだから、やっぱり地奈津はすごいと思ってしまう。
「…………」
もし、今からでも律器の実力を示せば、地奈津たちと一緒に戦うことは出来るのだろうか?
そう考えなかったわけじゃない。
だがここに残ると決まって、それを覆そうとするよりも先に、律器は彗と約束してしまったのだ。
「律器」
「……」
「響生のこと、頼んだぜ」
「……あぁ」
それこそが、彗との約束。
ここに残された生徒たちは、戦場に向かう生徒たちに対しての体のいい人質だ。
戦場で誰かが裏切るようなことをあれば、ここに残された生徒たちは間違いなく殺されることになるだろう。
戦闘特化の魔法が使える生徒が戦場に送られる以上、この城に残される生徒は、ほとんどが戦闘に向いていない奴ばかりだ。
ここで理不尽な何かがあったしても、それを止められる者は誰もいなくなってしまう。
だから彗は、ここに残してしまう響生のことを律器の託したのだ。
実力を隠していた律器になら、それが出来る。
彗たちが無事に戻ってくるまで、ここに残された生徒を守ることが、戦場へ向かわない律器のせめてもの役割だ。
ここに残ってしまう律器の罪滅ぼしとしてはちょうどいいだろう。
「そっちも、絶対に生きて帰れよ」
「おうよ! 当ったり前だろ!」
場を和ませながらも、それでも確かな決意を持って言う彗に、思わず少しだけ笑みがこぼれる。
そしてふと周りに視線を向けてみると、他の生徒たちを励ましている万理先生の姿があった。
「…………」
「ッ!」
一瞬だけ目が合ったが、万理先生はすぐに律器から視線を外して食事へと戻る。
あの日、〈帰らずの森〉で先生と話してからというもの、万理先生は明らかに律器のことを避けるようになっていた。
全く話さないというわけではないが、やんわりと距離を置かれているように感じるのだ。
(一人じゃ限界だってあるだろ)
今回の選抜隊には、当然のように万理先生も選ばれている。
と言うか、この食堂の中で一番強いのは誰かと聞かれれば、見張りの騎士を合わせても、間違いなく万理先生だと答えるだろう。
それだけの力を、万理先生はこの一ヶ月間で身に着けていた。
だがそれは自分のためというよりも、律器たち生徒を守るためだと言うのだから、正直全く笑えない。
自分を犠牲にして誰かと助けるということは、確かに素晴らしいことなのかもしれない。
だが、助けられる側にとっては歯痒いものでしかない。
(先生さえ協力してくれていれば……)
別に脱走計画に協力してくれなかった先生を恨んでいるわけじゃない。
先生には先生の考えがあって、最善の手段を取ろうとしていることだってわかる。
だが正直に言って、万理先生は律器の脱走計画の要だ。
先生が他の生徒たちを説得して、士気を上げてくれなければ、計画そのものが成立しない。
だからどうしても、万理先生は計画には必要不可欠な存在だった。
(ただ結局、通信手段は見つけられなかったから、どうなっていたかはわからないな)
この一ヶ月の間、結局律器は携帯に代わるような通信手段を見つけることは出来なかった。
そういう魔道具的なものを中心に探してみたのだが、それらしいものは見つけられなかった。
元々この城にはないのか?
あるいは、律器たちでは入れない場所に保管されているのか?
いずれにせよ、もし見つけることさえできていれば、盗まなくても、律器ならどうにかできたかもしれないというのに……
だが、いくらないものねだりをしたところで、現状は何も変わらない。
それに、もう何もかも手遅れになった今となっては、考えたところでしょうがないだろう。
△▼
そして翌朝、彗や地奈津、万理先生などからなる選抜隊は、戦場となる隣国――明護王国の国境へと出陣した。




