第十五話 先生ですから
□■影林律器
「おらぁ!」
「ッ!」
彗の突き出した拳から衝撃波が放たれて、全身に雷を纏った狼の頭が吹き飛んでいく。
頭部を失った狼はそのまま倒れ、首からは大量の血が流れ出る。
相手は全身がピリピリと帯電していて、接近戦主体の律器では相性が悪かったが、地奈津が拘束、彗が雷諸共魔法で吹き飛ばすことで倒すことが出来ていた。
「ふぅ。こんなもんか」
動物を一体殺したというのに、律器たちの間で、それを悲観的に思うような空気はもうない。
最初の頃は動物を殺すことにも忌避感があったというのに、今ではもうすっかり、律器たちは慣れてしまっていた。
汗を拭う彗の側に集まって、律器は魔法で出していた剣を消す。
「お疲れ。今日はこれで終わりだな」
地奈津の操る台の上には、他にも三体の魔獣の死体が転がっている。
今律器たちがいるのは、魔獣が住まう森――〈帰らずの森〉。
今日はこの森で、一人一体の魔獣の素材を持ち帰ることが、訓練の課題になっていた。
(今日も無事に帰れそうだな)
最初は地獄のように思っていたこの森だが、何度も潜って、魔獣を倒していく内に、次第に慣れてきたようには思う。
だがそれでも、気を抜けば殺されてしまうことには変わらないのだから、警戒し過ぎるに越したことはないだろう。
これは遊びでも何でもない。
生き残りをかけた殺し合いなのだから。
「? 響生、何かあったか?」
ふと遠くを見ている響生に気づいて、彗が声を掛ける。
「ううん。先生がこっちに来ているみたい」
そう言って、響生が見ている視線の先を見てみると、薄暗かった森の奥から、箒に乗った万理先生の姿が現れる。
この世界に来たばかりの頃は、魔力量の強弱くらいしかわからなかった響生だが、今では個人の魔力を特定できるようになっていた。
「皆さん! 無事ですか!」
どこか急いで来たように見える先生の様子に、何かあったのかと首を傾げる。
だがすぐに、狼との戦闘中に雷の攻撃を受けて、ものすごい轟音が響いていたのを思い出して、先生が急いできたことにも納得する。
どうやら少しばかり心配をかけたらしい。
「はい。先生、は……」
地面に降り立った先生の後ろを見て、一瞬だけ言葉に詰まる。
先生に追従するように浮かんでいるそれは、何体もの魔獣の死体。
その数は、四人がかり狩りをした律器たちよりも多いように見えた。
「すごい数だな」
彗も同じことを思ったのか、顔を上げながら唖然としている。
やはり、万理先生の力は他の生徒たちと比べても群を抜いている。
「はい。まだ倒せていない生徒さんがいたら配ろうと思っていたんですけど……皆さんは大丈夫みたいですね」
そう言って、万理先生は律器たちの狩った魔獣の数を数える。
この課題は、一人一体分の魔獣を提出さえできれば、あとは班を組んだりしても問題はない。
だから先生の狩った魔獣を誰かにあげたとしても、班を組んで仕留めたと言えば特に問題はない。
今この森の中には、律器たち以外に誰もいないのだから。
(……今なら)
そして誰もいないということは、ここでの会話は誰にも聞かれないということだ。
万理先生に脱走計画の相談をするのなら、今を置いて他にない。
だがもしかしたら、周りには誰もいないだけで、律器の想像もつかないような監視方法があるのかもしれない。
何せこの世界は、魔法が存在する世界だ。
だがだからと言って、ここよりも人目のない場所があるわけじゃない。
ならここで、一か八かの賭けに出て、状況を少しでも動かした方が良い。
それにここで動かなければ、きっとこの先も、何も出来なくなるような気がするから。
「先生、少しいいですか?」
「影林君、どうかしましたか?」
彗たちを先に行かせて、律器は先生へと話しかける。
正直、勝手に先生を巻き込んでしまうのは心苦しい。
だがここで話すと決めた以上、引き返すわけにはいかない。
「もし、ここから逃げ出せると言ったら、先生はどうしますか?」
その言葉に、先生は一瞬だけ動きを止める。
ぎこちなくこっちへと振り返って、信じられないものでも見たかのように口を開く。
「それは……どういう意味ですか……」
恐る恐る尋ねる先生に、律器は臆することなく説明を続ける。
「俺は……ここから脱走する計画を、ずっと前から考えていました。海堂たちが先走ったせいで、いくらか予定が狂いましたが、先生さえ協力してくれれば、あとは通信手段を見つけて、全員でここから逃げ出せるところまで来ています。先生ならきっと、他の生徒たちを説得できるはずです。だからどうか、俺たちに協力してはくれませんか」
「…………」
先生との間に沈黙の空気が流れる。
是でも非でもなく、先生は何も言わずに押し黙る。
何度か視線が右往左往して、ようやく治まった時に、先生は小さくともはっきりと声を出す。
「ダメです……」
「先生……」
なんとなくこうなる予感はしていた。
生徒が危険な目に会うくらいなら、自分一人で全部を背負い込む。
万理先生という先生は、そういう人だ。
「生徒たちにそんな危ない橋を、渡らせることなんて出来ません。影林君だって、菊池君たちのことを忘れたわけではないでしょ?」
「……忘れてなんていませんよ」
忘れるわけがない。
ついこの間の出来事で、あんなまざまざと人の死を見せられて、忘れられるわけがない。
次は自分の番かもしれないとも思っている。
怖いし、ただ言いなりになってしまった方が気が楽だとも思っている。
だが、それでも……
「だがこのままここにいたら、戦争の道具にされて、死ぬまで使いつぶされるのが落ちです。先生だって、そのくらいわかっているはずです」
「そうならないために、先生が誰よりも前に出て戦うんです。先生がこの戦争で実績を上げれば、生徒たちには手を出さないと、あの皇帝は約束してくれました」
「……彼奴らが、そんな約束を守るんですか?」
正直、あの皇帝は信用できない。
彼奴らの目的は、ただ律器たちの力を利用して、戦争に勝つことだけだ。
例え万理先生が目に見える成果を上げたとしても、まだ足りないとか理由を付けて、結局約束を守らないに決まっている。
「守る守られるの問題ではありません。守らせます。生徒たち全員を戦場に行かせるよりも、私一人が前に出て戦った方が良いと思わせることが出来れば、きっと約束は守られるはずです。それが出来るだけの力を、私はこの半月間に示してきたつもりです」
確かに先生は、この半月の間に、誰もが認めるほどに強くなったと思う。
それは今の訓練でも、たった一人で何体もの魔獣を倒したのを見れば一目瞭然だ。
このまま訓練を続けていけば、もしかしたら、生徒たち全員を相手にしても勝てるほどに強くなるのかもしれない。
それだけ、先生が皇帝と約束をして、今まで努力をしてきたことは、生徒の誰もが知っている。
だが、そうだとしたら……
「……だったら、先生はどうなんですか?」
「…………」
「俺たちのために一人で戦って、それで先生はどうなるっていうんですか!? それじゃ先生だけが救われないでしょ!?」
万理先生は、律器たち生徒を守るために、一人で全部を相手に戦おうとしている。
だがそれは、先生にとっては茨の道だ。
先生が強くなればなるほど、彼女が背負い込むものは増えていく。
そこに先生にとっての救いなんてものはない。
あるのはただ、どこまでも終わらない茨の牢獄だけだ。
そのことを、先生自身がわかっていないはずがない。
「先生は……先生ですから……生徒を守る責任があります」
そう言う先生の表情は、どこか暗く、苦しんでいるように見えて、やはり相当無理をしているように見えた。
「先生!」
このままではマズいというのは律器でもわかる。
ここでどうにかしなければ、一人で背負い過ぎた者の末路は、アニメや漫画でも破滅だと決まっている。
だがどうにかして止めようとした時には、既に先生は、自分の魔法で出した箒の上に跨っていた。
「先生は大丈夫ですから。影林君が、何か心配するようなことはありませんから」
そう言って、先生はまるで逃げるかのように、森の中へと消えて行った。
△▼
それから更に半月後、あれから先生と話し合うことなくも、何も出来ないまま、遂にこの日を迎えてしまった。
皇帝が宣言していた、約束の一ヶ月だ。
「ではこれより、今回の遠征に同行する選抜隊を発表する」




