表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
82/106

第十四話 まだ折れてはいない

 □■影林律器


 その日、菊池直透が処刑された。

 理由は、海堂と冷泉と共謀して、城からの脱走を図ったから。


 だが菊池の他に、海堂と冷泉の姿は見当たらなかった。

 律器たちの側にも、菊池のいる処刑台の上にも、もう二人の姿は何処にもなかった。


 二人だけは上手く逃げ延びることが出来たのか?

 あるいは、もうとっくに殺されてしまったのか?


 正確なところまではわからない。

 ただ個人的には、海堂と冷泉の二人は、逃げる途中で殺されたのだと思う。

 何か根拠があるわけではないけれど、連れ戻された菊池の様子から、そんな風に思った。


 そして最後まで生き残った菊池も、律器たちの目の前で殺された。

 わざわざ朝から全員を集めて、まるで見せしめにでもするかのように、菊池直透は残酷に処刑された。


 いや、実際この処刑は見せしめなのだろう。

 もうこれ以上、律器たちの中から脱走者を出させないための。


 そして、その効果は絶大だった。

 今思い返してみれば、こうもまざまざと目の前で人が殺される様を見たのは、これが初めてだったかもしれない。


 もう何百人も目の前で殺されてはいるが、今回と今までとでは状況が違う。

 今までに教師や生徒たちが殺されたのは、主に二回だ。

 皇帝に氷漬けにされた時と、巨大なゴリラに襲われた時。


 そのどちらの時も、こうも生々しく、冷静に見ていられるような状況ではなかった。

 目の前で仲間が死んで、その死を現実として受け入れられるような余裕は何処にもなかった。


 だが今回の処刑は違う。

 最初のあの時に比べれば、真正面から人の死を受け入れられるほどの余裕は確かにあって、今もまだ、頭の中に菊池の死に際の悲鳴が残っている。

 次にあの処刑台の上に立つのが、自分かもしれないと考えると、もうここから逃げ出そうなんて考える人は、誰もいなくなっても不思議じゃない。


 実際、今までここから全員で逃げ出そうと計画していた身の上としては、正直あの処刑は辛いとしか言いようがない。

 城の見取りと警備の配置図を手に入れて、これから更に詰めていこうとした矢先に、それもその日の内にこれなのだから、正直、このまま何もせずに、ただ言いなりになってしまいたいというのが本音だ。


 だが……ここで諦めるわけにはいかない。

 このままここで何もせずにいたとしても、命の保証があるとは限らない。

 それに、このまま戦争の道具にされて、人殺しをさせられるなんてまっぴら御免だ。

 律器だって、本当は誰も殺したくなんてないのだから。


 そのためには、何としてでもここから逃げ出す必要がある。


(…………)


 それでもやっぱり、あんなものを見せられては、怖くならないはずがない。

 今も両手に目を落とせば、自分の手が小刻みに震えている。


 こうしている間にも、いつどこから監視されているのかもわからない。

 どうやって菊池たちの脱走を察知したのかもわからない以上、迂闊に動くこともできない。

 多分そういうことも狙って、あの処刑は行われたのだろう。

 疑心暗鬼になれば、動こうにもそう簡単に動けなくなる。


 だがそれでも、何としてでもやり遂げてみせる。


(こんなところで朽ちて堪るか)


 このまま何もせずにいるよりかは、一か八か行動を起こした方がまだマシだ。

 律器の心は、まだ折れてはいない。


(……だがどうする)


 だがそのためには、今抱えているいくつもの問題を解決しなければならない。


 何より今一番の問題は、今回の処刑で心が折れてしまった他の生徒たちをどうするかだ。

 当初の計画では、万理先生の厚意に報いるために、全員で逃げ出す計画を立てていたが、ここに来て、それを見直す必要があるかもしれない。


(いや……)


 だが、それは出来ない。

 そんなことをすれば、律器たちを見捨てて、自分たちだけで逃げようとした海堂たちと同じだし、何よりそれでは海堂たちの二の舞だ。

 たった数人で逃げようとすれば、それ以上の戦力を送られて全滅するだけだ。

 そのことは海堂たちが、身を持って証明してしまっている。


 だが地奈津たちからもらった警備兵の配置図を見る限りだと、城の警備に当たっている兵士の数は決して多くはない。

 全員が一斉に動き出すことが出来れば、十分に逃げ切れる勝算はある。


 最早全員でここから逃げ出すことは確定事項になりつつあるが、そのためには他の生徒たちの士気を上げなければならない。


 恐らく律器の高校で一番カリスマ性に溢れていた生徒は、生徒会長の晴輝だった。

 だが彼はもうこの世界に居ない以上、他の誰かが生徒たちを説得しなければならない。


 律器では間違いなく説得するのは無理だ。

 今生き残っている生徒たちの中には、他学年の生徒も多くいて、律器のことを全く知らない生徒がほとんどだ。

 それに律器自身、自分がそういうことに向いていないことくらいは良くわかっている。


 そうなると必然的に、他の誰かにその役割を担ってもらう必要が出て来る。


(……先生なら)


 そして一番、説得できる可能性が高いのは、教師の中で唯一の生き残りである万理先生だけだ。

 教師である彼女の言葉なら、他学年の生徒たちも耳を傾けるかもしれない。


(問題は、どうやって先生を説得するか、か)


 恐らく菊池が処刑されて、一番心に傷を負ったのは、間違いなく万理先生だ。

 生徒のことを誰よりも考えているあの先生が、目の前で生徒が無残に殺されて、何も思わないわけがない。


 当然彼女は、菊池の処刑の場で、どうにかしてそれを止めようとしていた。


 律器たちの中では、少なからずあの処刑が、自分たちだけで逃げ出そうとした菊池たちの自業自得と思った者は少なくはないだろう。

 だがそれでも、万理先生にとっては菊池も大切な生徒の一人であることには変わらないのだ。

 だからどうにかして、万理先生は菊池のことを守ろうとしていた。


 だが結局、先生は間に合わずに、菊池は処刑された。


 そのことを、万理先生がどう思っているかどうかはわからない。

 もう何人もの生徒が目の前で殺されて、今回の一件で完全に心が折れてしまったのなら、先生には何としてでも立ち直ってもらわなければならない。


 だが多分、先生の心はまだ折れてはいない。

 ただの勘でしかないが、あのめげないが真骨頂の先生の図太さは、並大抵のものじゃないし、それは律器の学校に通っている生徒なら、ほとんど誰もが知っていることだ。


 それにまだ、ここには生徒である律器たちが残っている。

 生徒の誰かが生き残っている限り、万理先生の心が完全に折れてしまうことは多分ないだろう。


(それはそれで問題だけどな)


 心が折れないということは、逆に目の前の全てを諦めないということだ。

 万理先生の場合は、少しでも多くの生徒を守ること。


 そのためなら先生は何だってするし、そうでなければ、あの皇帝に自分の功績と引き換えに、生徒たちに手を出さないように約束させたりはしないだろう。

 だがそんなことをすれば、いずれ限界が来るのは目に見えている。


 そうならないためにも、ここから逃げ出すのが最善手なのだが、今回の一件があった以上、先生はここからの脱走に反対するかもしれない。

 生徒たちに危険な目に会わせるくらいなら、先生一人が頑張って、ここで生徒たちを守った方が良いと言い出すかもしれない。


 どちらにしても、万理先生とは一度しっかりと話し合った方が良いだろう。


(早く連絡手段を見つけねぇと)


 そのためにも、どうにかして話し合える場を設けないといけない。

 今回の一件で、心なしか城の警備が厳しくなったように感じる。

 訓練の時も、それ以外の時も、人目を忍んで話をするというのは難しくなっている。


 それを解決するためにも、脱走時の指示を送るためにも、携帯に代わるような連絡手段が必要だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ