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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第十二話 脱走計画

 □■影林律器


 半月が経った。

 律器たちがこの世界に連れて来られて、人殺しを強要されてから、既に半月以上が経とうとしていた。


 この半月の間、律器たちはただひたすらに、戦争で戦うための訓練を強いられている。

 まだ日も昇らないような早い時間に目を覚まし、身支度を整えてすぐに訓練が始まる。

 一番の武器である魔法の訓練はもちろんのこと、その他にも剣術、体術、馬術など、兵士として最低限必要な技術を叩き込まれている。


 それも比喩ではなく、文字通り「叩いて入れ込む」という意味でだ。

 ある一定以上の成績に届かなければ、ここでは日本の学校と違って、平気で罰が下される。

 体罰なんて日常茶飯事で、そんな日々は、まさに地獄と言っても良かった。


 兵士として必要な技術なんて、ほとんど誰も、齧ったことすらないというのに、ここの連中は平気でそれを求めて来るのだ。

 最初の頃は、そのせいで何人も犠牲者が出たこともあって、今では誰もが死に物狂いで齧りついている。

 そのせいかどうかはわからないが、少なくとも律器の魔法の腕は目に見えて上達したように思う。


 だがそれでも、やっぱりまだあの皇帝には勝てる気が全くしない。

 本人の実力もあるだろうが、何より彼奴が持っている剣の力が尋常じゃない。

 武器を模倣する律器だからこそわかる。


 だが同時に、律器でも決して手の届かないものじゃない。

 あともう少しだけ、力をつけることが出来れば……


「律器」

「……」


 訓練が終わった夕食時、全員が集まる食堂で、律器の隣に座った地奈津が声を掛けて来る。

 基本的に私語が禁止されているこの場で、わざわざ声を掛けた意図を察して、律器は目を向けて答えると、地奈津は懐から一枚の折りたたまれた紙を差し出して来る。


「これ」

「あぁ」


 律器はその紙が何なのかを察して、手早く懐へと仕舞い込む。


「ありがとう」


 一言お礼を言って食べ終わると、律器はそのまま自分の部屋へと戻った。



 △▼



「出来たのか」

「あぁ」


 部屋に入り、外にいる見張りを警戒しながら、律器と彗は光源のない部屋で、一枚の紙を挟んで向かい合う。

 それはついさっき、食堂で地奈津から受け取った紙だ。


「これで大体の見張りの配置はわかったな」


 広げた紙の上にはこの城の大まかな見取り図と、この城の中に配置されている見張りの配置図が描かれている。

 今までなら、こんな暗い中で真面に見ることは出来なかっただろうが、今の律器たちなら問題なく見ることが出来る。


「あぁ、これでここを脱出するのに、一歩近づいたってわけだ」


 そう。

 彗の言う通りこの紙が、ここから脱出して、逃げ延びるための第一歩だ。


「二人は良くやってくれた」


 この図面をどうやって入手したかと言えば、言うだけなら簡単だ。

 この場にいない地奈津と響生、二人の魔法を使って、実際に少しずつ調べてもらったのだ。

 地奈津の魔法は、一定範囲内にある地面や岩を操作することが出来る。

 その過程で、地奈津は操作対象の大まかな形なんかも把握することが出来るらしい。

 それを利用して、地奈津には城の構造を把握して、階層ごとの見取り図を描いてもらったのだ。

 あとはそこに、響生の魔法でわかったここ数日間の大まかな見張りの配置が描き込まれている。


「あとはこれを基にして、脱出計画を考えるだけだ」


 戦争の道具にされる前に、ここから脱出して生き残る。

 それが現状で、この地獄から抜け出すための唯一の手段だ。

 ここに来たばかりの頃は、何も知らずに、ただ力に怯えることしかできなかったが、今ならそれを実行できるだけの力は十分にあるはずだった。


「けどよぉ。本当に生き残っている奴ら全員で、ここを逃げ出すのかよ。確かに生き残っている連中は、ほとんどが真面な奴らだけど、中には足を引っ張りそうな奴らだって残ってるんだぜ」


 彗の言う通り、律器の頭の中にも、生き残っている生徒の中で、顔見知りの自己中心的な同級生のことが頭に浮かぶ。


「確かにな。だがだからと言って、そいつらだけ置いて行くわけにもいかないだろ。そんなことをしたら、間違いなく先生に恨まれる」


 この半月間、律器たちの中で最も訓練に力を入れていたのは、間違いなく万理先生だ。

 それはあの時、万理先生が皇帝と約束したことがあるからだろう。


『もし貴様が余を満足させるほどの成果を上げれば、その時は貴様の望み通り、他の奴らには手を出さぬと約束しよう』


 その約束があるからこそ、万理先生はここで誰よりも、目に見える成果を上げるために奔走している。


 それはここに生き残っている生徒たちに、これ以上の苦しみを味わわせないために――

 危険な戦争に、生徒たちを向かわせないために――


 そのために、万理先生は自分を犠牲にしてまで、生徒たちのことを守ろうとしているのだ。


 それなのに、律器たちが生徒の誰かを見捨てるような脱出計画を立てれば、仮にそれが成功したとしても、先生が律器たちを許すことは、多分一生ないだろう。


「あぁ、万理ちゃんならなぁ」


 彗もまた同じようなことを思ったのか、仕方なさそうに頭の裏を掻く。


「それに、仮に俺たちだけで逃げ出そうとしても、多分この見張りは突破できない」


 地奈津と響生が作った図面には、見張りの強さの等級が記されている。

 ここに来たばかりの頃は当然知らなかったが、どうやらこの世界では、魔力の総量で大まかな強さの等級が決まるらしい。

 あの時魔光石で計られた時には、律器は一級、彗と地奈津は二級、響生は三級といった具合だ。


 そして響生の魔法は、恐らく生物の魔力量を測ることが出来るのだろう。

 それによってわかった見張りたちの等級もまた、律器の目の前にある図面には記されている。

 その多くは三級以下の戦力がほとんどで、質という意味では律器たちの方が優れているのは間違いない。

 だがそれなりの数がいて、二級や一級の戦力もまた、一定数常駐しているところを見ると、迂闊に動くことは出来ない。

 響生曰く、この半月で律器たちの魔力量はかなり増えているらしいが、それでも数と地の利がある向こうの方が有利だろう。

 律器たち四人だけで逃げようとすれば尚更だ。


「だから、逃げ出すなら全員でだ」

「はぁ……わーったよ」


 彗は降参とでも言うかのように両手を上げる。


「んで。地図が手に入って、次はどうするよ」

「あぁ……正直、これが一番の問題だな……」


 律器は頭痛を抑えるように、集団で行動する上で必要不可欠なものを頭に思い浮かべる。


「どうやって全員に説明して、合図を送るか……」


 そう、それがこの場における一番の問題だ。

 全員でここから逃げ出すとなれば、当然動きを合わせないといけなくなるし、バレないように予め説明をする必要だってある。

 一番良いのは、精神感応のような魔法が使える誰かがいることだったが、生憎と、そんな都合のいい魔法を使える奴は律器たちの中にはいなかった。


「携帯も使えねぇしな」


 彗の言う通り、この世界に来る際に身に着けていた私物は、まだ手元に残されてはいるものの、その中で一番使えそうな携帯電話は圏外の表示が出ていて、通信手段としては使えない状況だ。

 地球の現代技術の結晶も、ここではただの薄い板となんら変わらない。


「取り敢えず、今は通信手段を探しながら、やれることをやっていこう」


 結局今日の所は解決策を保留にして、そのまま布団の中へと潜り込む。

 皇帝が宣言していた一ヶ月まであと半月。

 それまでに何とか解決策を見つけようと決意しながら、律器は深い眠りへと落ちて行った。






 ◇◆


 その日の夜、律器たちの与り知らぬ場所で、()()()()の脱出計画が動き出していたことに、彼らはまだ、気づいてはいなかった。


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