第十一話 人殺しの感触
◇◆
ドサリと、剣に貫かれた死刑囚が倒れる。
突き刺さったままの剣は、一緒になって地面の上に寝かされて、握っていた生徒の手からこぼれ落ちる。
重さを失った生徒の手は、少しずつ震えが大きくなり、生徒は恐る恐ると自分の手に目を落とす。
それは、血塗られた赤い手。
自分のものじゃない、相手の血によって汚れた赤黒い手。
その手に残るのは、皮を破り、肉を斬り裂き、内臓をぐちゃぐちゃにして、たまに骨に当たる固い感触だけ。
そんな人を剣で貫く感触が、まるで呪いのように頭の中で木霊する。
何度も、何度も、何度も……
頭の中でこびりついて離れないその感触が、生徒に人殺しという名の罪科を突き付ける。
「……い、いや。いやぁぁぁ!」
生徒は血塗られた手で頭を抱え、自分の行いを否定するように叫ぶ。
だがどれだけ大きな声で叫んでも、手に残る感触が消えてくれることはない。
日本という平和な国で生まれ育ち、殺し合いというものを全く知らずに生きて来た者たちにとって、その感触が彼らの心を壊すのに十分だった。
だがそんな彼らの事情なんか知ったことではないとでも言うかのように、この世界の住人は無慈悲に次なる殺し合いを促す。
「では次の人、前へ」
「……え?」
そう言って疑問の声を上げたのは、たった今「次の人」と指名された響生だった。
彼女は目の前で行われた殺し合いを理解できないまま、ただ言われるがままに前へと進み出る。
「響生!」
「!」
最愛の彼氏に呼び止められて、響生は彗の方へと振り返る。
そこには響生のことを心配そうに見つめている彗の姿があって、響生は彗を安心させようと努めて笑顔を作ろうとするけど、上手くできない。
笑顔を作るよりも先に、自分がどこへ向かっているのかわからない恐怖に表情が歪んで、最終的には力なく彼氏の名前を呟いてしまう。
「……彗くん」
叶うなら、ここから救い出してほしいと願ってしまうけれど、それが難しいことくらいは、響生にもよくわかっている。
「おら! さっさと歩け!」
後ろにいる騎士に急かされて、恐怖と不安でいっぱいになりながら、武器を持っていないことすら気づかずに、響生は殺し相手の前へと立つ。
観覧席から見下ろしていた彼らは、そのことに気づいてはいたが、わざわざ指摘するようなことはしなかった。
例えそのせいで死んだとしても、所詮彼らにとっては、その程度でしかなかったというだけなのだから。
「始めなさい」
そして殺し合いは始まった。
ここへ来てようやく、響生は自分に戦う術がないことに気がつく。
響生の魔法は、周りに存在する生命を感知する《生命感知》。
索敵としては優秀だったとしても、直接戦うことには向いていない魔法だ。
加えて、今の響生の両手には、何の武器も持っていない。
ジリジリと距離を詰めて近づいて来る死刑囚に、響生は足を竦ませて後ろへと転んで倒れる。
尻餅をついた体勢で見上げれば、そこには剣を振り上げて佇む死刑囚の姿があった。
「やめろー!」
「彗!」
最愛の彼女が殺されそうになったのを見て、彗は迷うことなく響生に向かって走り出す。
後ろから律器の咄嗟に呼び止める声が響くが、今の彗にはもう響生を助けることしか頭に入っていなかった。
だがそんな彼の突発的な行動を、周りで監視していた騎士たちが許すはずはなかった。
彗の行動に合わせて、騎士も同時に動き出す。
後ろに立っていた騎士の一人が、距離を詰めて斬りかかり、周りを囲んでいた騎士の一人が、魔法で作り出した炎の槍を彗へと放つ。
共に必殺の威力を込めた攻撃であり、そこに相手を生かして捕らえるという配慮は何処にもない。
当たれば必死の攻撃が迫りながらも、それでも彗には、響生のことしか見えてはいなかった。
二つの攻撃が、狙い立たずに彗を捉え、誰もが彗の死を予感したその瞬間――
「「ッ!」」
彗の魔法――《指向衝撃》の自動襲撃によって、剣と炎の槍の両方が弾き返された。
そのことに驚愕する騎士たちを置いて、彗はそのまま響生の下まで辿り着く。
振り下ろされる剣から彼女を庇い、先ほどと同じように、《指向衝撃》の自動襲撃によって剣を弾き返す。
無意識に自分が何かしたのだという実感を持ちながら、彗はその腕を振るって、今度は意識的に魔法を発動させ、響生を殺そうとした死刑囚を吹き飛ばした。
「「「「「…………」」」」」
その場に言いようのない静寂が満ち、それを破るようにして、この場を取り仕切っていた雫から不機嫌そうな声が漏れる。
「……何のつもりです?」
まるで穀潰しでも見るかのように告げる雫に向かって、彗は決死の覚悟を宿して叫ぶ。
「響生は殺させねぇ!」
「…………」
それは明らかに雫たちに対しての――つまりは、皇帝に対しての反逆の言葉であり、皇帝第一主義を掲げる雫が、それを見過ごすようなことはなかった。
「……そうですか。それはつまり、陛下のご意向に背くということですね」
雫が軽く手を上げれば、それに合わせて周りで監視をしていた騎士たちが動き出す。
さっきの彗による反撃があったこともあって、騎士たちは慎重に彗と響生との間合いを詰めていく。
そして息を合わせ、騎士たちが一斉に彗と響生へと襲い掛かろうとして――
「待て」
絶対なる王の言葉が、彼らの頭上へと響いた。
騎士たちは彗を警戒しながらも動きを止め、天真はよくわからないといった様子の彗へと語り掛ける。
「貴様はそこにいる女のためになら、この余にさえ逆らうというのだな」
「……あぁ! そうだ!」
一瞬どんなことを言われるのかと身構えていた彗だが、突拍子もなく告げられた天真の言葉に、彗は何の躊躇いもなく肯定する。
ここで何よりも大切な恋人の命が失われるくらいなら、目の前にいる化け物にすら抗ってみせる。
そんな彗の覚悟を読み取って、天真は頬杖を突きながら口を開く。
「ならばこうしよう、貴様がその女の分まで殺してみせろ。そうすれば、今ここでのことは不問にしてやる」
「……わかった」
天真はその場で立ち上がり、ついさっき吹き飛ばしたばかり死刑囚の姿を見る。
全身の至るところで骨折し、内臓は見るも無残にぐちゃぐちゃになりながらも、まだ辛うじて息は残していた。
例えそのまま放置したとしても、息絶えるのは時間の問題だろう。
だがそれでも、その死刑囚を見つめる彗が、言葉の意図を正しく理解しているのを悟って、天真は騎士たちを彗と響生の周りから下げさせる。
「……彗くん」
隣に立つに恋人から不穏なものを感じて、響生は心配そうに彗の服の裾を掴む。
「大丈夫だから」
そんな響生の手に自分の手を重ねて、彗は安心させるように彼女の手を握って離すと、未だに息をして倒れている死刑囚の前へと歩み出る。
そして死刑囚の頭を鷲掴みにして、掴んだ手に意識を集中させる。
深く息を吐き出し、これから自分がしようとしていることを再確認して………
「ッ!」
引き金を引いた瞬間、死刑囚の頭が弾け飛んだ。
魔法の衝撃波が血肉を撒き散らし、壁と地面の両方を赤く染め上げる。
指向性を持つ衝撃波であるが故に、彗の手には一滴の血も付いてはいない。
だがそれでも、人の頭を吹き飛ばした魔法の感触は確かに残っていて、彗はそんな人殺しの感触を確かに噛みしめた。
そうして響生の番が終わり、それからも生徒と死刑囚による殺し合いは続いて行く。
次の番だった地奈津は、冷静に地面から生やした土の槍で死刑囚を串刺しにして殺し、他の生徒たちも、自分が殺されないために死刑囚たちを殺していく。
中には死刑囚を生かしたまま、戦闘不能にして終わらせようとした生徒もいたが、そんな甘さを、皇帝たちが許すことはなかった。
最後まで止めを刺すことを強制され、終われば良くて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、悪ければ最初の生徒のように精神が壊れ始める。
当然だ。
誰だって人を殺すことを、そう簡単に割り切れるものじゃない。
例え殺す相手が死刑囚だと聞かされたとして、それは生徒たちにとっては何も関係ないのだから。
やりたくもない人殺しを強制され、脳に知りたくもなかった人殺しの感触が刻まれ、生たちの心が蝕まれていく。
そんな生徒たちの姿を見せ続けられて、“先生”である彼女が黙っていられるはずはなかった。
「もう止めて下さい! もうこれ以上、生徒たちの心を傷つけないで下さい!」
ちょうど半分以上の生徒たちが殺し合いを終えたところで、万理はもう堪えられないとでもいうかのように叫び声を上げる。
一時の静寂が訓練場を満たし、また此奴かと言いたげな視線で、雫は万理のことを見下ろす。
「議論の余地すらありませんね。この程度で壊れるようなら、あなたたちには何の価値もありませんよ」
「価値って……どうして私たちにこんな酷いことをさせるんですか!」
「それが、陛下のお望みだからです」
雫は淡々と、万理と生徒たちの存在価値を述べていく。
「陛下は世界を手にすることを望んでおられます。そのための一助となれるのですから、寧ろ栄誉であるだと思うべきです」
「そんなの……」
そんなの、万理たちには何の関係ない。
世界を手にするだとかどうだとか、そんなことは万理たちにしてみれば、知ったことでも何でもない。
だと言うのに、天真たちは無理矢理、万理たちをこの世界に連れて来た挙句に、万理と生徒たちに人殺しをさせようとしている。
世界を手に入れる――たったそれだけのために、生徒たちは今も苦しんでいる。
もうこれ以上、生徒たちに人殺しなんてさせられない。
万理は先生として、これ以上生徒たちの苦しむ姿を見過ごすことなんてできない。
生徒たちにそんなことをさせるくらいなら……
「だったら、その役目は、私が全部引き受けます。だから生徒たちには手を出さないで!」
「は?」
「………ほう」
雫はまるで意味がわからないとでも言うかのように万理のことを見下し、それに対して天真は、興味を示すように口を開く。
そんな天真の反応に若干驚いた雫だが、彼女は大人しく臣下として皇帝の前から身を引く。
「貴様がこいつらの分まで成果を上げるというのか?……貴様如きの実力で」
その瞬間、天真の闘気がより一層の濃さを増し、放たれる威圧が圧倒的な暴力となって万理へと向けられる。
周りいる生徒たちや騎士たちでさえも、天真の発する威圧に恐怖し、全身が震え、呼吸すらも忘れて意識を保つことだけに全神経を集中させる。
この場で真面に口を開けるような者は誰もいない。
直接天真の闘気をぶつけられている万理に至っては言うまでもない。
だがそれでも、万理は自分が生徒たちを守る先生なのだという信条を胸に、喉の奥でつっかえていた言葉を力尽くで絞り出す。
「はい! そうです!」
「……面白い」
天真は僅かに口角を吊り上げながら、闘気を収め、威圧を下げていく。
恐怖という名の呪縛から解き放たれた万理は、両手と膝をついて地面へと倒れる。
無意識に止めていた息を荒く再開させれば、全身からドバドバと汗が流れ出る。
それでも何とか意識を保ちながら、万理は天真の続く言葉に耳を傾ける。
「もし貴様が余を満足させるほどの成果を上げれば、その時は貴様の望み通り、他の奴らには手を出さぬと約束しよう」
「……本当ですね」
何とか顔を上げて尋ねる万理に、天真は嘘偽りないと肯定する。
「あぁ。だがそれは、貴様が成果を上げればの話だ。それまでは貴様らの対応を変えるつもりはない」
「……それは……」
確かにそれは、万理であっても納得せざるを得ない正論だった。
だがそれが正論だったとしても、万理の望みは、今すぐにでも生徒たちみんなを解放してあげることなのだ。
それを叶えられない自分の不甲斐なさが、今の万理にとっては何よりも恨めしかった。
「先生」
「……影林君」
次の順番を待って前に出ていた律器が、後ろに振り返って万理の方を見つめる。
「俺たちは大丈夫ですから。先生が一人で背負い込まないで下さい。それとも、俺たちじゃそんなに頼りないですか?」
「…………」
そんな律器の言葉に、万理は何の言葉も返すことが出来なかった。
生徒たちが頼りにもならないかと言われれば、決してそんなことはない。
律器たちに限って言えば、担任として見てきただけに、みんなが優秀で、頼りになる生徒たちだということはわかっている。
だがここで、「頼りになる」と返してしまったら、それは生徒たちを巻き込むことになってしまう。
それは先生としての万理が望むようなことではなかった。
返事の詰まった万理を置いて、律器は用意された武器台の前で立ち止まり、そこに置かれた武器全ての情報を記憶する。
そして始まった殺し合いで、律器は記憶した長剣を魔法で作り出し、人殺しの感触を記憶に刻みながら剣を振るった。




