第十話 自己紹介
□■影林律器
全ての元凶の始まりとなった塔の城へと戻って来た律器たちは、それから二日間、ただ何もせずに時間だけが過ぎていく日々を過ごしていた。
律器たちはここへ来てすぐに、男女で一つずつの部屋を与えられたが、基本的にその部屋から出ることは許されなかった。
部屋の中にはベッドが二つ置かれ、寝る場所自体には困らなかったが、とても寝心地がいいと言えるものではなかった。
加えて、食事も現代日本と比べれば、決して美味いとは言えない。
服は毎日のように支給され、着替えてはいるが、あれから一度も風呂やシャワーを浴びてはいないため、今の自分の清潔さがどうなっているのかは今一わからない。
だが一つだけはっきり言えるのは、そんな生活も、今日この瞬間で終わりだということだった。
「出ろ」
「「…………」」
部屋の扉が開いて、現れた騎士の言葉に従って、律器と彗は大人しく部屋の外へと出る。
廊下に出て辺りを見渡してもれば、そこには見張りをしていた騎士たちと、律器たちと同じように、あの森から生きて戻った――響生、地奈津なども含めた生徒たちの姿と、万理先生の姿があった。
だが……万理以外の先生は誰もおらず、生徒たちの数も決して多くはなかった。
「……たったこれだけ」
その光景を見た律器は、誰に言うでもなくポツリと呟く。
この世界に来た瞬間には、律器たちの通う高校の全校生徒、数百人が周りにいたというのに、今やその数はたった三、四十人にまで減っている。
中には万理が助けた生徒たちも何人かいるはずだが、それでもたったこれだけしか生き残れなかったといことなのだろう。
あまりにも現実味が無さ過ぎるせいで、律器はそれだけの人が死んだという実感を持つことは出来なかった。
「こっちだ。さっさと歩け」
立ったまま呆然としていた律器は、騎士たちに急き立てられる形で歩き出す。
そして律器たち――生き残った生徒たちが連れて来られた場所は、城の中にある訓練場のような場所だった。
横一列に、騎士たちが後ろに控える形で並んでいると、しばらくして、誰かが上階の観覧席のような場所へと姿を現す。
それは忘れるはずもない、律器たちの誰もが本能に刻み込んだ者の姿だった。
(彼奴は!)
そう、律器たちの前に現れたのは、この国の独裁者たる皇帝の姿だった。
その両隣には、律器たちを〈帰らずの森〉へと送り込んだ男と、まるで秘書のような印象を抱く女が控えていて、その後ろには複数名の騎士たちの姿もあった。
「…………」
「ヒッ!」
皇帝が律器たちの方を見下ろした瞬間に、誰かが小さな悲鳴を上げる。
だがそれ以上は、決して騒ぎ立てるような者は誰もいなかった。
もしここで騒ぐようなことをすればどうなってしまうのか、それを律器たちは嫌と言うほど見せつけられてきたのだから。
「ではこれより、あなた方“渡り人”の力のほどを見させていただきます。順番に前に出て、魔光石に触れながら、それぞれ名前と魔法の詳細を述べなさい」
皇帝の隣で控えていた秘書のような女が一歩前に出て来て、律器たちに向かって、まるで自己紹介でもするように告げて来る。
いや、実際にそれは自己紹介なのだろう。
ただ新年度の学校でやるような楽しいものではないというだけで。
そしてちょうど律器たちの列の端っこにいる生徒の前に、丸い水晶玉のような石が置かれる。
多分あれが、今秘書の女が言った魔光石というやつなのだろう。
最初に自己紹介するように言われた生徒は、おずおずとしながらも魔光石に触れる。
するとその石は淡い青色の光を放ち、生徒は言われた通りに名前と自身の魔法がどんなものなのか述べていく。
一人目が終われば、次は響生の番になって、彼女が触れると、魔光石は緑色に光り出す。
それから地奈津、間を挟んで彗の順番が回ってきて、二人が触れた魔光石は、最初の人と同じ青色の光を宿す。
そして律器の番が回ってくると、手で触れた魔光石は、今までにはなかった紫色の光を放つ。
「ほう」
その色を見た皇帝からは、何故か感嘆の声が漏れる。
絶対に敵わない強者の視線をひしひしと感じるが、そんな皇帝の視線に、そう簡単に屈するわけにはいかない。
今はまだ敵わないとしても、いつかこの現状を打開するために、今から折れるわけにはいかないのだから。
「影林律器だ。俺の魔法は見た武器を模倣して作り出すことが出来る。以上だ」
敢えて強気に、自分を鼓舞するように告げれば、皇帝からはもう興味はないとでも言われるかのように目を伏せられる。
まるで眼中にないというその様子に、少しばかり気が立ったが、ここは寧ろ気分を害して殺されなかっただけマシだと思うべきなのだと考えることにする。
そうしてつつがなく自己紹介が終われば、それからまた次の人へと自己紹介が移って行き、万理の順番になったところで再び魔光石が紫色に光って、その場で驚きの雰囲気が漏れる。
律器の番の時は皇帝ばかり見ていて気付かなかったが、寧ろ騎士たちの方が、魔光石が紫色に光ったことに驚いているように見えた。
それから先生の自己紹介も終わり、最後の生徒の番が終わったところで、皇帝の傍に控える秘書の女が口を開く。
「では次に、実際にその力を見せていただきましょうか」
秘書の女がそう言った直後、律器たちが入って来た出入口とは反対側から、騎士とそれらに連れられるようにして複数の人たちが訓練場へと入って来る。
その連れられている人たちの中には、いかにも柄の悪そうな者も多く、まるでどこかの犯罪者のように見えてしまう。
そしてそんな律器の予想は、さらに最悪な事実を伴って当てられる。
「彼らは我が国のゴミ――ゴホン。失礼、我が国の死刑囚たちです。あなた方にはこれから、彼らと一対一で殺し合っていただきます」
「「「「「…………」」」」」
そう告げられた瞬間、その場の空気がまるで氷づいたかのように沈黙する。
今彼女は、間違いなく律器たちに向かって殺し合えと言った。
これまで散々殺されそうになったというのに、今度はこっちが殺す立場になれと言ったのだ。
それも、同じ人間を相手に。
「ちょっと待って下さい! どうしてそんな――!」
万理が堪らず、皇帝に異議を唱えようとすると、傍にいた騎士の手によって、彼女の喉元に剣の切っ先が突きつけられる。
「あなたに発言を許した覚えはありません。それ以上口を開くようでしたら、あなたが助けた他の誰かを殺します」
「クッ」
その言葉は、万理の動きを止めるには一番の殺し文句だった。
万理は誰よりも生徒のことを大事に思っている先生だ。
そんな彼女が、自分ではない生徒の誰かを殺すと言われて、動けるはずがなかった。
「さて、話を戻しますが、武器はそちらにあるものなら好きに使っていただいて構いません」
いつの間にか用意された台の上には、長剣や短剣、他にも槍、弓矢、金棒など、律器たちが見たこともないような武器まで、様々な種類が置かれていて、それらが紛れもなく本物の、人を殺すための武器なのだとわかった。
「では双方、前へ」
最初に自己紹介をした生徒は、何が何だかわからない様子で、相手が短剣を持ったのを見て、「自分も何か武器を持たないと」と、無難そうな長剣を持って前に出る。
死刑囚と生徒が向かい合ったのを見て、秘書の女は開始の合図を下す。
「始めなさい」
「ヒャッハー!」
開戦の幕が切って落とされてすぐに、死刑囚は一直線に生徒へ向かって突き進む。
手にした短剣を逆手に持って、生徒の喉元へと突き刺そうと懐に入り込もうとする。
その動きは素人目の律器から見ても、非常に殺し慣れている人の動きに見えた。
「い、いや!」
そんな死刑囚に対して、生徒の方はただ近づかれたくないという一心で、目を瞑ったまま長剣を前へと突き出す。
「ひゃえ?」
無我夢中で突き出された長剣は、全くそれを予想していなかった死刑囚の胸元へと吸い込まれていき、咄嗟に止まれなかった死刑囚の胴体を貫いた。




