第九話 帰らずの森 伍
□■影林律器
一先ず、泣き崩れた万理を中へと招き入れた律器と地奈津は、寝ていた彗と響生も起こして、改めて五人で輪を作って座り直した。
「本当に……無事でいてくれて、良かったです」
ちょうど泣き止んだところで、万理は律器たち四人の顔を見ながら、しみじみと呟く。
「まりちゃんこそ、よく無事だったなぁ。俺たち四人でも、ここまで来るのに結構大変だったっつーのに」
確かに彗の言う通りだ。
実際ここへ来るまでに、響生の魔法のお陰で、モンスターとの戦闘は最小限で済んだが、それでも全くなかったわけじゃない。
何とか倒すことは出来たが、響生がいなければ、今以上に疲弊していたのは間違いないだろう。
「あぁそれは、この魔法の力のお陰ですね。自分でも、まだよくわかっていないんですよね。皆さんはどうなんですか?」
ふと万理の言葉に、律器たち四人は顔を見合わせて、代表して律器が答えることにする。
「俺たちも、それぞれ違った魔法を使えるようになっています。俺は武器を模倣することが出来ますし、彗は衝撃波みたいなものを出せます。地奈津は地面を操ることが出来て、響生は生物の居場所がわかるようになっています」
「…………」
律器がそう説明すると、万理は言っている意味がわからないとでも言うように首を傾げる。
確かに、それぞれが個性的な魔法を使えるようになってはいるが、それにしては少し、戸惑っている方向性が違うような気がしてくる。
「? まりちゃん、どうかしたの?」
地奈津が聞いてみれば、万理はハッと我に返る。
「あ! いえ、その……人によって、使える魔法って違ってくるんですか? てっきりこの世界って、水魔法とか風魔法とか、そういう属性があって、それぞれが得意な属性を持っているのだと思っていたんですけど……」
「「「「…………」」」」
そんな万理の見解に、今度は律器たち四人の方が首を傾げる番だった。
確かに異世界もののアニメとかで出て来る魔法は、火、水、風、土などの四大元素を筆頭とした属性的な魔法であることが多いのは間違いない。
だが、律器たちに目覚めた魔法を考えてみれば、この世界の魔法は、属性的なものじゃなくて、スキルや異能に近いものなのは間違いないだろう。
自分の魔法以外に、参考にできるものがない以上、万理は自分の魔法を見た時に、この世界の魔法が属性的なものだと判断したということになる。
「えっと、まりちゃんの魔法って、どんなことが出来るんだ?」
だから彗が尋ねた内容に、律器たち四人は、それぞれ万理の答えに耳を傾ける。
「え? えーっと……多分、色々出来ると思いますよ。火を点けたり水を出したり、箒に乗れば空も飛べますし……私が想像できることなら、大抵何でも出来ると思います」
「「「「…………」」」」
そのあまりの内容に、律器たち四人は声も出さずに押し黙る。
「なぁ。まりちゃんの魔法がチートだと思うのは俺だけか?」
「いや、俺もそう思うぞ」
「右に同じく」
「だよな」
「え? えーっと……」
そう、万理の魔法はあまりにチートだ。
今のを聞いた感じ、万理の魔法は頭で想像した内容を現実に具現化できるといったところだろう。
つまりは、万理の頭の中で想像できることは、どんなことでも引き起こせるということになる。
それをチートと呼ばずして、何と言えばいいのだろうか?
「まぁ、先生の魔法については置いておくとして、先生はこれからどうするんですか?」
多少万理の魔法に驚きはしたが、取り敢えずは、これから予定について話し合うことにする。
「どうする? ですか?」
「はい。俺たちは朝になったら、あの召喚された塔に向かおうと思っています」
「…………え?」
万理は一瞬、律器の言ったことを理解できなかったのか、呆然と押し黙る
たが次の瞬間には、信じられないものでも見るかのように、大きく目を見開いた。
「本気なんですか。行けば殺されてしまうかもしれないんですよ!」
必死の形相で叫ぶ万理に、律器は動じることなく頷く。
「確かに、そうかもしれません」
「だったら!――」
「だが他に選択肢がないのも事実なんです。先生だって、この森がどんだけ危険な場所なのか、わかっていますよね?」
「っ! それは……」
律器の言葉に、万理は言い返すことが出来ずに押し黙る。
万理だって、ここへ来るまでに何の危険もなかったわけじゃはないだろう。
それに例え危険がなかったとしても、目の前で多くの人々がモンスターに殺された光景を見ているのだ。
この森がどれだけ危険な場所なのか、わからないはずがなかった。
「だから俺たちは、あそこに戻ることを決めました。俺たちがここに召喚されたということは、何かしらの理由があるはずです。この森からの脱出も、ある種の試験だと考えてみれば、これ以上無暗に殺されるようなこともないはずです」
「……本当に、そうなると思いますか?」
そう問いかける万理の視線に、律器は何てことないように口を開く。
「それは行ってみなきゃわかんないですよ。ただ少なくとも、この森を歩き回るよりは確実だと思います」
「…………」
一通り律器の説明を聞いた万理は、しばらく両目を瞑りながら考え込む。
そして重い目蓋を上げると、万理は律器以外の三人に目を向ける。
「……皆さんも、影林君と同じ意見ですか?」
万理の質問に、三人は迷うことなく頷く。
実際、ここで頷くようでなければ、律器たちは今、塔に向かうようなことはしていないだろう。
「……わかりました。確かに、影林君の意見にも一理あると思いますし、先生にも代案がない以上、それが次善策なのは間違いないでしょう……」
そう言って、一応は納得した様子を見せる万理だが、次の瞬間には、その表情に暗い影が降りる。
「……本当は、あんなところに生徒たちを行かせたくはないのですが……自分の無力が情けないです」
「そ、そんなこと……」
自分の無力を嘆く万理に、響生は何か声を掛けようとするが、万理はただ首を横に振って否定する。
「とにかく、明日は先生も皆さんについて行きます。そこで皆さんを塔にまで送り届けたら、もう一度生き残った生徒さんたちを探してみようと思います」
「? まりちゃんも一緒に来ねぇのかよ」
一緒に塔へは戻らないと言う万理に、彗は若干心配そうに尋ねる。
「先生にはまだ、やるべきことがありますから。今は少しでも、沢山の生徒たちを救いたいので」
そう言う万理の表情は、どこか使命感に突き動かされているように見えて、このままだと、かなりの無茶をしそうに思えてくる。
そしてそう思ったのは、何も律器だけではなかったらしい。
「あんまり先生も無理しないでね。先生まで死んじゃったら、もう本当に、私たち生徒しかいなくなっちゃうんだから」
「…………」
地奈津のその言葉に、万理は少し意表を突かれたように目を見開き、すぐに納得したように頷く。
「わかりました。肝に銘じておきます」
そう言う万理の顔は、またさっきとは違った意志が宿っているように見えた。
取り敢えずは大丈夫だろうと、律器にはそう思えた。
「なら、明日は早いんだし、さっさともう寝ようぜ。見張りは最初に決めたやつでいいよな」
「あぁ、それでいい。時間になったらまた起こすから」
それから交代で見張りをしながら、律器たちはそれぞれで睡眠をとる。
いつもよりも格段に寝づらくて、全く寝た心地はしなかったが、不思議と、あまり疲労感を感じることはなかった。
朝になって日が昇ると、律器たち響生の魔法でモンスターを回避しながら森の中を進んでいく。
そして太陽が空の頂点に達しようとした頃で、律器たちは全ての元凶となった塔へと辿り着くのだった。
◇◆
時間は律器や万理が、この世界に召喚された直後にまで遡る。
空門に“渡り人”の移送を任せた天真は、城の最上階にある私室にて、目の前に跪く聖印のことを見下ろしていた。
「まずは貴様の意見を聞こうか。聖印」
天真は僅かな不機嫌さを滲ませながら、今回の“渡り人”召喚における不手際を聖印に問いただす。
「はい。あの術式は、陛下からお預かりした異界の服の記憶を頼りにして、その道を辿ることによって、異界の者を召喚する仕組みになっています。その際、こちら側とあちら側の世界を強引に繋げることとなり、その反動によって、今回のような事態になったと推察されます」
今回聖印が新しく構築した“渡り人”召喚の術式は、嘗てこの世界に存在した“渡り人”が残したという戦闘服――律器たちの学校のセーラー服の記憶を読み取り、その服が辿った道から、その世界の住人を招き寄せるというものだった。
だがその術式は余りにも曖昧なもので、その結果、天真たちの目の前だけでなく、大陸中で“渡り人”が召喚される事態となってしまった。
これでは氷華帝国だけでなく、他国にも“渡り人”の戦力が渡ることとなり、氷華帝国だけで“渡り人”の戦力を独占することが叶わなくなってしまったことを意味していた。
「ほう。この短時間にそれだけ推察できながら、貴様はそれを予期できなかったと」
「…………」
もちろんこうなる可能性を、聖印が全く考えていなかったわけではない。
だがそれはあまりにも不確定な予測であり、検証も対策も打てるようなものではなかった。
もう少し時間があればまた違ったかもしれないが、それを口に出せば、それは皇帝から与えられた時間に不満があったと述べるのと同義であり、不敬であることから、聖印はただ静かに、深く頭を下げる。
「申し訳ございません。未だ若輩のこの身をどうかお許しください」
「……まぁいい。三月やる。直せ」
「御意」
もう同じ失敗はできないのだということを心に留めて、聖印は今回の召喚でわかったことから改善案を思案する。
トントン――
「陛下。空門、ただ今戻りました」
「入れ」
天真が入室許可を出せば、〈帰らずの森〉から戻った空門が跪いて報告を述べる。
「ご命令通り、“渡り人”の〈帰らずの森〉への輸送、完了いたしましてございます」
「ご苦労……さて、いったいどれほどが使い物になるのだろうな」
そう言った天真の呟きには、明らかに失望の色が見て取れた。
天真にしてみれば、“渡り人”の戦力とは、歴史を変えるほどのものであり、断じてその辺りにいる兵士と同程度のものではなかったのだから。
明らかに彼にとっては期待外れの存在だったが、渡り人がその後一ヶ月で、一階級上の戦力にまで成長することを、この時点で彼はまだ知らなかった。
「陛下のご期待に応えられぬような愚物であれば、早々に魔獣の餌へと成り果てることでしょう」
天真の隣に控えていた女性――雫は、自身の心からの考えを口にする。
「あぁ。だがどちらにせよ、三日後にはわかることだ」
そう言って立ち上がった天真に、空門もまた立ち上がり、彼の傍に空間の門を開かせる。
「雫」
「はい」
「後は任せる」
「陛下の御心のまま」
そう言って頭を下げた雫を一瞥して、天真は空門を連れて空間の門を潜った。




