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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第五話 帰らずの森 弐

 ◇◆


 〈帰らずの森〉――

 氷華帝国内に存在する最大規模の魔境にして、これまでに多くの冒険者たちの命を奪ってきた魔獣の巣窟。

 一度入れば、生きて帰ることは叶わないことから名付けられたその森の中で、律器たちは何の前触れもなく、そんな魔境の洗礼を受けることとなる。

 それは文字通り、彼らに降り注がれた洗礼を、その身で受けることによって……



 △▼



 生徒たちの多くは、最初何が起きたのか理解できなかった。


 これからみんなで力を合わせて、この窮地を一緒に乗り切ろうと、一致団結をした直後のことだった。

 生徒会長の晴輝と、生き残った先生たちが、これからの方針について話し合っていた場所に、突如轟音が響き渡った。


 当然生徒たちは、そちらの方へと目を向けることとなる。

 そこに立っていたのは、余裕で三メートルを超える巨大な影。

 前腕が胴体と同じかそれ以上の太さを持ち、まるで腕だけが異常発達したかのような、そんなゴリラに似た魔獣が、生徒たちの前に立っていた。

 地面に付いた前腕の下に、さっきまでそこにあったはずの赤い何かを敷きながら……


 そしてそれは一度では終わらない。

 先に到着した個体に続いて、次々と伝って来た枝から飛び降りて、呆然としている生徒たちの頭上へと降り注ぐ。


 そんな彼らの名は、重腕猿。

 文字通り腕の重量を操作し、木の上から獲物に向かって最大重量の腕を叩き落とすことによって、獲物を圧殺する。

 まさに質量爆弾の生物兵器。


 そんなものが頭上から降り注げばどうなるのかは……考えるまでもない。

 いくつもの場所から轟音が響き渡り、何人もの生徒がその姿を血の海へと変えていく。


 同じことが五度も続けば、生徒たちも次第に何が起きたのか理解し始める。

 さっきまでの士気がまるで嘘のように消え失せ、みんなを引っ張っていた晴輝も、頼りになる大人の先生たちも居なくなった。


 心の拠り所を失った彼らが、こんな状況になってもなお、平静を保てるはずはなかった。


「キャァァァ!」


 生徒たちは、ただ本能のままにその場から逃げ出し始める。


 目の前にいる他の生徒たちのことなんて関係ない。

 ただ自分だけが生き残れることを考えて、生徒たちはただひたすらに走り続ける。


 だがそんな生徒たちのことを、重腕猿たちが逃がすはずがない。

 一度地面に降り立った重腕猿たちは、腕の重量を軽くして、再び木の幹へと飛び上がる。


 彼らにとって、生徒たちというのは、ただの美味しい獲物でしかない。

 魔力量が非常に高く、それなのに何故か反撃の一つもしてこないのだから、自らの存在を高める獲物としては、これ以上にない程旨い獲物だった。


 ……そう、渡り人である生徒たちは、それ相応の魔力量を持っているのだ。

 そうなれば当然、身体能力についてもまた、地球にいた頃とは比べ物にはならない。


 だがそのことについて、多くの生徒たちはまだ気づいていない。

 今は何としてでも、生き延びることしか考えていないのだから。

 そのことに気づける余裕があるはずもなかった。


 だが自分が思った動きと、実際の動きが違えばどうなるか……


 その結果は、生徒たちが身を持って知ることとなる。


「おわっ!」

「きゃっ!」


 突然二人の生徒が、体の制御が利かずに、前に転んで倒れる。

 すぐに起き上がろうと地面に手をついて顔を上げた時、彼らの頭上に突如影が差し込んだ。

 そして気づいた時にはもう、彼らは人間の姿ではなくなっていた。


「きゃっ!」

「! 響生!」


 近くで重腕猿が落ちてきた衝撃と、じゃじゃ馬の慣れない体に足を縺れさせて、響生はその場に転んで倒れる。

 それに気づいた彗は、咄嗟に足を止めて、迷うことなく響生の方へと走り出す。


 響生が起き上がろうとしている後ろで、重腕猿は落下で仕留めた生徒たちを置いて、響生の方へと近づいて行く。

 そして腕を上げ、その腕を響生の頭上から振り下ろそうとしたその時――


「響生に手ぇ出してんじゃねぇ!」


 そんな声が辺りに響き、彗の存在に気づいた重腕猿は、一度その腕を止めて、向かって来ている彗のことを待ち受ける。


 重腕猿にとって、獲物が向こうから来てくれるのであれば是非もない。

 まとめて叩き潰そうと、数瞬待った後、重腕猿は改めてその腕を振り下ろす。


 彗はそんな重腕猿の腕が見えていながらも、構うことなく響生に向かって突き進む。


 それは自分の愛する女を守るため。

 そして、自らが口にした誓いを守るため。


 『響生に手を出すような奴が来たら、俺がこの手でぶっ飛ばしてやるからな』


 彗はそんな誓いに従って、拳を握って振り下ろされそうになった重腕猿の腕へと振りかぶる。


「ぶっ飛べ!」


 そして二つの拳が衝突し、互いに力が拮抗するようなこともなく、一方の腕が…………()()()()()が、肩から引き千切れてぶっ飛んだ。


「ゴオオオォォォォ!」

「え?」


 彗は自分でも何が起きたのか理解できずに、困惑の声を漏らす。

 実際、魔力で強化されているとはいえ、彗の細い腕では、重腕猿の太い腕を受け止められるはずはなかったのだから。

 だが現に、彗の目の前では、腕を引き千切られた重腕猿が必死に傷口を抑えながら、痛みに悶えて転げ回っている。


 そんな光景を前にして、彗は少しだけ呆然としていたが、すぐにこの場から逃げなければいけないことを思い出して、尻餅をついている響生に手を伸ばす。


「響生、立てるか?」


 響生はそんな彗の差し出された手を握って、何とか立ち上がろうと力を入れるが、腰が抜けてしまったのか、どうしても起き上がることが出来ない。


「どうしよう……」


 この場から動くことが出来ない絶望に、響生が今にも泣き出してしまいそうになったその時――


「しょうがねぇ!」

「ヒャッ!」


 彗は響生の背中と膝の下に手を回し、動けない響生の体を持ち上げる。


「え? ちょっ!?」


 所謂お姫様抱っこというやつである。

 一瞬身体能力が上がったせいで、響生の体重が物凄く軽くなったように感じた彗だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 もう一度しっかりと抱き直して、彗は腕の中にいる響生の感触を確かめる。


「しっかり捕まっていろよ!」


 一言断りを入れて、彗はそのまま律器たちのいる方へと走り出す。


 ……こんな状況ではあるのだが、響生は彗が自分のこと助けに来てくれたことに胸がいっぱいになって、もう何も考えることが出来ずに、そのまま大人しく彗に身を委ねた。


「彗! 急げ!」


 そんな彗と響生に、律器は少しだけ急かすように声を上げる。

 突然の魔獣の襲撃で、律器にとっても今は全く余裕のある状態ではなかった。


 だからなのだろう。

 律器は仲間の叫びを聞いて駆けつけた重腕猿の存在に気がつくのが遅れた。


「律器! 後ろだ!」

「「!」」


 彗の叫びに、その場にいた律器と地奈津は、そこで重腕猿の存在に気づいて飛び退く。

 だが立っていた場所の関係で、律器は少しだけ回避に遅れて、衝撃によって木の幹に激突する。


「ガハッ!」

「! 律器!」


 回避に失敗した律器に、地奈津はまだ慣れない体のせいで尻餅をつきながら叫ぶ。

 意識を失ってはないものの、すぐには動けないのか、そんな律器に、重腕猿は少しずつ近づいて行って、その腕を振り上げる。


 ――このままでは律器が殺されてしまう。

 ――何とかしなきゃいけないのに、ここからじゃどうやっても手が届かない。


 ……そう思った瞬間、地奈津は不意に、律器の傍にある地面に目を向けた。


「…………」


 どうしてそんなことを気にしたのかは地奈津にもわからない。

 ただ何となく、地面に付いている自分の手に意識を向けた時、「これなら届く」と、そんな直感があったのだ。


 地奈津はその直感に従って、手を付けている地面に力を込める。


「律器から離れなさい!」


 地奈津がそう叫んだ瞬間、重腕猿の近くの地面がまるで槍のように、突出して重腕猿の脇腹を直撃する。


 重腕猿にとっては、攻撃しようと腕を上げ、がら空きになった胴体への攻撃だ。

 貫きはしなかったものの、直撃によって大きな弧を描きながらぶっ飛ばされる。


「律器!」


 重腕猿がいなくなった律器の傍に、地奈津は急いで駆け寄る。

 幸い、それほど深い傷はないようで、律器は少し時間をかけて立ち上がる。


「おい、律器! 大丈夫か!」

「あぁ、大丈夫だ。それよりも、今は少しでもここから離れるぞ!」


 彗たちとも合流して、二体の重腕猿に深手を負わせたのは良いのだが、まだここが危険地帯であることには変わらない。

 いや、そもそもこの森自体が危険地帯だったなと、律器は思い直すが、だからこそ、どこに逃げればいいのかがさっぱりわからない。


「……あっち」


 そんな時、彗に抱きかかえられた響生が、森の中のある方角を指さす。

 それがいったいどういう基準で指されたものなのかは、他の三人にはわからなかったが、他に当てがないのも確かだった。


「行こう」


 結局、律器のその一言によって、他の二人も響生が指さす方向へと走り出した。


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