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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第五章 帝国進撃編
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第四話 帰らずの森 壱

 □■影林律器


 律器たちが連れて来られたのは、背の高い木々が立ち並ぶ、深い森の中だった。

 所々で日が差してはいるものの、全体的にどこか暗い印象を抱かせる。


(さっきまでどこかの建物にいたよな……あれが彼奴の能力ってことか?)


 律器は自分が通って来た空間の歪みに目を向け、次に律器たちをここまで連れてきた男と周りの騎士たちを見る。


(今は従うしかないだろうな)


 今の律器たちでは、どう足掻いても、彼らに勝つことはできないだろう。


 もう既に、ここが魔法や超能力がある異世界だということはわかりきっている。

 この目で散々と、嫌気が差すほどに、その惨状を見せつけられたのだから。


 そんな相手に対抗するためには、こちらも同じだけの力を持たなければ、話にすらならない。


「さて、余り時間もないことですし、早速始めましょうか」


 大広間で生き残った全員が、森の中へ移動し終わったところで、男は空間の歪みを閉じて、律器たちの方へと向き直る。


「皆様にはこれから、ここ〈帰らずの森〉の中で生き残って頂きます」

「「「「「…………」」」」」


 そんな男の言葉に、この場にいる誰もが、すぐに反応することはできなかった。


 当然だ。

 さっきまで命の危険に晒されていて、ようやく少しだけ助かったと思いがあったというのに、今度は森の中で生き残れと言うのだから。


「あちらの方には、さっきまで皆様がいた城……と言うよりかは、塔ですね。それがありますので、皆様にはそこまで三日以内に生きて戻って来て頂きます」


 男が指す方へと視線を向けてみるが、その先に何かがあるようには見えない。

 あるのはただ、視界を遮るようにして生えている木々だけだ。


「先に言っておきますが、ここから城へは戻らず、どこか別の場所へ逃亡を謀るというのは、私としてはおすすめ致しません。付近に村や町は存在しませんし、何よりここは〈帰らずの森〉。この森で遭難し、生き出てきた者を私は知りません」


 男はそう言ってはいるものの、実際にそれが事実かどうかはわからない。

 だが少なくとも、律器たちが今、見知らぬ森の中にいることが確かである以上、迂闊に動き回るのが危険なのは間違いなかった。


「さて、では私共はそろそろこの辺で、皆様が無事に戻られることを、心よりお祈り申し上げております。それでは」


 男は最後にそんな嫌味を言い残すと、一緒に来た騎士たちと一緒に、空間の歪みへと消えて行った。


「「「「「…………」」」」」


 残された律器たちの間に漂うのは、ただ重く、沈黙した空気だけだ。

 誰も言葉を発さず、何をすればいいのかもわからず、ただ呆然と、今ある現実を受け入れられない空気が漂う中、不意に誰かがポツリと呟く。


「これから……どうすればいいの?……」


 その声は、風が吹けば消えてしまいそうなほどに小さいものだったけど、不思議と今この場にいる律器たちの耳にはよく届いた。


 そしてその声を皮切りに、次第に他の場所でも不安と恐怖の声が聞こえて来る。


 何でこんな目に――

 家に帰りたい――

 死にたくない――


 そんな不安と恐怖の感情が場を支配していき、あと少しで取り返しがつかなくなりそうになったその時、不意にどこからか、そんな空気を払い除けるような声が聞こえて来る。


「みんな! 聞いて欲しい!」


 その声がした方に、律器も含めた全員が目を向ける。

 地面が少し盛り上がったそこに立っていたのは、金髪をした一人の男子生徒だった。


「知っている人もいるかもしれないが、私は生徒会長の天王寺晴輝だ」


 そう名乗った晴輝のことを、律器は当然のように知っていた。

 同じクラスになったことはないが、生徒会長に加えて、学年内どころか学校内でも、王子様と名高かった人物だ。

 この場に全学年の生徒がいる中で、恐らく彼のことを知らない生徒はほとんどいないだろう。


「まずは私の言葉を聞いて欲しい。確かに今、私たちにはとても信じられないようなことが起きている。突然光が目を覆ったかと思えば、気づいた時には、私たちは見知らぬ大地に立っていた。そしてこの国の皇帝と名乗る男が現れ、私たちの……私たちの仲間を殺した」


 晴輝の「殺した」という言葉に、何人かの生徒はその光景を思い出したのか、怯えたような表情を浮かべる。


「そして今、私たちは何もわからないまま、こうして森の中に放り出されてしまった。これは夢や幻なんかじゃない。現実なんだ! そのことを私たちは、まず最初に受け入れなければならない!」


 確かに、晴輝の言っているのはもっともなことだ。

 だけど、それが最初から出来るのであれば、今律器たちはこうして、ただ呆然と立ち尽くすことにはなっていないだろう。


「勿論、それが難しいことだってことはわかっている。私だって、今まで起きたことの全てを飲み込めているわけじゃない……あの氷像の中には、私の親友もいたのだからね」


 そう言った晴輝の拳は、爪が肉に食い込んで血を流すほどに握りしめられていた。


「だけど……私たちは今、こうして生きている。これもまた、変えようのない現実なんだ! だからまずは、そのことを少しずつでもいい。受けいれなければならない! そうでもしなければ、私たちは、ここから一歩も前には進めない!」


 そんな晴輝の言葉に、何人かの生徒は少しずつ顔を上げていく。


「君たちの友人は、親友は、ここで一緒になって死ぬことを望んでいるのか? 違う! 断じて否だ! 私の親友なら、ここで私が野垂れ死ぬよりも、きっと生きて無事に家に帰ってくれることを望んでくれるはずだ。君たちの親友も、きっとそうなんじゃないのか!」


 この場にいる生徒たちは、皆お互いに目を合わせて頷き合い、それぞれがその意思を確認し合って、続く晴輝の言葉を待つ。


「ならば生きよう! 死んだ仲間の分まで! 私たち全員が力を合わせれば、きっとこんな理不尽にだって立ち向かえるはずだ! そしてもうこれ以上、誰も欠けることなく、生きて無事に家に帰ろう!」

「「「「「おおぉぉぉ!」」」」」


 今まで静寂が満ちていた森の中に、突如としてけたたましい咆哮が響き渡る。

 ついさっきまでの重苦しい空気は、まるで嘘だったかのように吹き飛ばされ、もうこの場に、悲観的な空気はどこにもなかった。


「すげぇな」

「あぁ、あれがカリスマってやつなんだろうな」


 今は素直にそう思う。

 実際、あれだけ絶望的だった状況からここまで持ち直させたのだから、晴輝の人の上に立つ才能は本物だと言わざるを得ないだろう。


 そんなことを考えていると、律器の隣で彗が不意に真剣な表情へと変わる。


「なぁ律器。これからどうなると思う」

「……多分だが、一先ずここから離れることにはなるだろうな。しばらくこの森で過ごすとしても、このままここにいたら、また彼奴らが何かして来るかもしれねぇし」


 律器たちが今ここにいる経緯を考えてみれば、それは有り得ない話でもない。

 律器たちをここまで送り届けることが出来たのであれば、また彼らがここへ来ることだってできるわけで、逃げるにしろ逃げないにしろ、この場から離れるのは最優先事項だった。


「まぁ、そうだよな…………その後はどうだ?」


 彗の問いかけに、律器はただ、首を横に振って答える。


「正直、そこは俺にもわからん。ただ個人的には、またあそこに戻りてぇとは思わねぇけどな」

「でもそれだと、闇雲にこの森を歩き回るんじゃないの? 近くに村や町とはないんでしょ?」


 彗との会話に地奈津もまた混ざって来て、彗はそんな地奈津の考えを否定する。


「でもそれは、彼奴が勝手に言っていただけだろ? もしかしたら、本当は村や町が近くにあるかもしれねぇし」

「いや、多分だが、この森の近くに村や町はないと思う。少なくとも、俺はこんな薄気味の悪い森の近くに住みたいとは思わねぇけどな」

「……確かに」


 律器の考えに、地奈津もまた同意するように頷く。

 どういうわけか、この森の居心地の良さ自体は悪くはないのだ。

 だがそれを上回るかのような不気味さというか、甘い蜜によって誘われた罠の中に入ってしまったかのような居心地の悪さを感じるのだ。


「? 響生、どうかしたか?」


 そんな中で、森の奥を見つめている響生に気づいた彗が、彼女に気づかわし気に声を掛ける。

 すると響生は、ずっと見ていた先、ちょうど晴輝たちがいる方角へと指をさす。


「…………何か、いる……こっちに来てる」

「「「…………」」」


 そんな震えるような響生の声に、律器たち三人は目を凝らしながら、森の奥深くを見据える。

 だがそれでも、やっぱり森の奥に何かあるようには見えない。


 ひょっとして、何かの間違いじゃないかと響生に問い返そうとして……


「?」


 何かが動く音が、確かに律器の耳に入って来た。

 その音は次第に大きく、数を増やしていき、それが聞き間違いではないのだと確信させていく。

 だがそれでも、周りにいる他の生徒たちはほとんどがそれに気がついていない。


 晴輝の演説で興奮しているせいで、注意力が散漫になっているのは間違いなかった。


 そして、音は確実にこちらへと近づいて来て、ついにその姿が見えた瞬間――


「全員! 今すぐ逃げろ!」


 咄嗟にそう叫んだものの、もうすでに遅かった。

 まるで大岩でも落ちて来たかのような轟音が辺りに響き渡り、ついさっきまで晴輝や教師たちがいた場所には、一体の巨大な影が立っていた。


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