第二話 全ての始まり 後
本日二話目です。
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氷華帝国――
九〇〇年前、大陸全土を征服し、歴史上で初めて天下統一を成した大国――暁帝国の正当なる後継者が治めるその国に、一人の覇王がいた。
その皇帝の名は、氷華天真。
嘗て暁帝国が存在した時代より伝わる、特級魔装具【時操神剣:灰の九番】の使い手にして、当代唯一にして最強の特級魔戦士と謳われし者。
あらゆる才に恵まれ、あらゆる力を手にしたその男を、人は覇王と呼び、恐れた。
そんな皇帝の野望は、ただ一つ。
それは己が手によって、再び大陸の全てを征服し、己が手中に治めること。
それこそが、帝国の王として生まれた、皇帝の悲願。
だがそれは、嘗て存在した暁帝国の栄光と覇権を取り戻すため……などではない。
皇帝が世界を求めるのは、ただ皇帝が、王であるが故だ。
王として生まれたからには、この世界の全てを治めるのは、王たる自分であると……ただ、それだけのことでしかない。
朝になれば日が昇り、夜になれば日が沈む。
人に生まれたのなら人となり、王に生まれたのなら王となり全てを治める。
それこそが当然の摂理であり、皇帝はただ、その摂理に従うのみ。
だからこそ、皇帝は明護王国への侵攻を開始した。
王国を攻め落とし、天下を手にするための、最初の足掛かりとするために。
だがここへ来て、帝国は王国への侵攻を止めていた……否、止めさせられたと言うべきだろう。
それは開戦直後から躍進して来た帝国軍を――天真を止めるだけの存在が現れたからに他ならない。
それを成したのは、王国の神剣使い。
明護王国に伝わる二本の神剣――特級魔装具【暴風神剣:緑の六番】と特級魔装具【再生神剣:白の七番】。
それぞれの使い手によって、天真は苦々しくも侵攻の足を止めていた。
天真にとっての最大の誤算は、特級魔戦士にして神剣使いでもある自分が、たかが神剣使い二人によって足止めされたことだ。
単純な力の差を考えれば、天真は神剣使い二人が相手であっても、その力で捻じ伏せていなければならなかった。
それだけ、天真と彼らとでは、同じ神剣使いであっても、地力の差が違うのだ。
だが王国の神剣使いの二人は、防戦に徹することで、天真を戦場の一ヶ所に留まらせ、他の戦闘に介入させないように足止めしていた。
そうなれば当然、戦いの行方は他の戦場での結果に委ねられることとなり、帝国と王国の国力はほぼ互角。
それが意味するのは、戦力の拮抗による戦線の停滞。
つまり、現状を打破するには、新たな策が必要だった。
故に天真は――皇帝は次なる一手を考える。
ここで引き下がるなどという選択肢は、万に一つも存在しない。
舐める、舐められるの問題ではなく、一度進んだ先で引き下がるような真似は、王の矜持が許さないのだ。
そんな時、皇帝はほんの気まぐれに、一冊の古文書へと手を伸ばした。
そこに書かれていたのは、こことは異なる世界からの来訪者――“渡り人”に関する内容だった。
曰く、彼らは光の柱を通り、世界を渡る。
曰く、彼らは三〇〇年という周期で、この世界へとやって来る。
曰く、彼らはその身に強大な魔法を宿す。
その内容は、皇帝にとっても間違いなく啓示だった。
皇帝が現状の打開として最も求めていたものは、自分には及ばずとも、それなりに敵を一掃できるだけの個人戦力――即ち、二級以上の魔戦士の存在だった。
この世界の戦争では、基本的に会敵した時に、同程度の力を持った者同士で一騎打ちの戦いになることが多い。
それは正々堂々とした果し合いに、重きを置いている一面もあるのだろうが、一番の理由は、この世界の人の戦闘力が、個人間であまりにも差があり過ぎるためだ。
鼠では猫には勝てないし、猫では狼には勝てないし、狼では熊には勝てない。
両者の間には、絶対的な力の差が存在しており、そんな関係が、人というたった一種族の中に存在しているのだ。
三級魔戦士では二級魔戦士には勝てないし、二級魔戦士では一級魔戦士には勝てないし、特級魔戦士においては言うに及ばず。
だからこそ、戦場では自分と同程度の力を持った者同士で戦い、倒すことが出来ずとも、最低でも味方に攻撃させないように足止めをする。
それがこの世界の戦争における論理なのだが、それはあくまでも、同じだけの力を持った者同士が、同数いる場合での話だ。
もしも一方が、一級魔戦士を多く抱え込んでいるような状況にでもなれば、待っているのは一騎打ちにあぶれた一級魔戦士による一方的な蹂躙だ。
この世界の兵士の主力が、三級や四級の魔戦士であることを考えれば、それは十分に有り得る未来だ。
そして渡り人というは、その誰もが強大な力を持っている。
もしも、ここでその多くを確保することが出来れば、即戦力として現状を打開する有効な一手となる。
前回の“渡り人”の降臨があったのは、ちょうど三〇〇年前。
つまりこれから先、“渡り人”の再臨がある可能性は十分にあった。
だが皇帝は、そんな時を気長に待つつもりなどなかった。
存在するとわかっていて、来るとわかっているのなら、こちらから呼び出せばいいだけのことなのだから。
幸い、皇帝にはそれを可能とする人物に心当たりがあった。
皇帝はすぐに、臣下の一人を呼び出し、その者に命じた。
「一年以内に、“渡り人”の召喚を実行せよ」
「御意」
皇帝が命じた臣下の名は、聖印和人。
暁帝国の時代より、氷華家に仕えている聖印家の当主であり、その家系の魔法の名は《万象刻印》。
他者の魔法を解析し、それを魔法陣として浮かび上がらせ、地面などの平面に“聖紋”を刻むことで、そこに刻まれた魔法を発動させるという魔法。
聖印家の歴史は長く、どのような魔法陣を描けば、どんな魔法が発現するのかという知識は、何百年にも渡って蓄積されている。
その知識をもってすれば、“渡り人”の召喚も十分に可能だろうと皇帝は踏んでいた。
実際、皇帝が命じてから一年後、聖印はついに“渡り人”を召喚するための魔法陣を完成させた。
△▼
氷華帝国内にある魔境の一つ〈帰らずの森〉。
嘗て多くの冒険者たちの命を奪ってきたその森の中には、塔とも呼ぶべき一城の城が建っている。
氷華帝国現皇帝が趣味を楽しむために造らせた宿泊施設であり、最強とまで謳われた男の、いったいどんな趣味を楽しむためのものなのかは言うまでもないだろう。
そんな城の中にある大広間の床には、半径四十メートルを超える巨大な魔法陣の“聖紋”が刻まれていた。
「……ほぉ」
そんな“聖紋”を一望できる場所で、氷華帝国皇帝――氷華天真はただ一言驚嘆の声を漏らす。
実際その“聖紋”からは、天真を以ってしても途方もない魔力を感じることが出来るのだから、天真にとってもその反応は仕方のないものだった。
「お待ちしておりました」
聖印はそんな皇帝の反応が見られたことに、心の中で満足しながら、拝謁の名誉に預かる。
実際、聖印はこの“聖紋”を刻むために一ヶ月以上、寝る間も惜しんで刻み続けたのだから、今の皇帝の言葉で全てが報われたと思ってしまうのは、寧ろ当然だった。
「始めろ」
「御意」
その短い言葉に、聖印はただ頭を下げて了解する。
一歩前に出て、数十人の騎士たちが囲むようにして立っている“聖紋”に向かって、聖印は手を翳して意識を集中させる。
すると“聖紋”は淡く光を発し始め、徐々にその光を強めていく。
次第に目で見ることすらできなくなり、その光が最高潮に達した瞬間――
「!」
突如“聖紋”から巨大な光の柱が立ち昇る。
その光の柱は、次第にその太さを細めていき、光が完全に消え失せた時、力を失った“聖紋”の上には、まだ年若い多くの男女の姿があった。
そしてこの召喚儀式が、後に世界を大きく揺るがすことになる、全ての始まりだった。
さて、めでたく第五章が投稿開始となりました。
いかがだったでしょうか?
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これからも『世界を渡りし者たち』を、どうぞよろしくお願いいたします。




