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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第四章 魔境探索編
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第十九話 綺麗な月

 □■月詠


「なに下向いてるんだ?」

「…………」


 そんな零の言葉に、月詠は顔を上げる。


 そしたら彼の灰色の瞳と目が合った。

 その後ろには、満天の星々が、これでもかと夜の空を彩っていた。


「別に……ただ私は、あまり夜空が好きじゃないだけ」

「? なんでだよ?」

「だって……私には、似合わないものだもの」


 今は余計にそう思う。

 だって、自分の本質がどんなものなのか、改めて思い知ったから。


「確かに私は、夜を象徴する精霊よ。だけれど私の夜は、こんな明るいものじゃないわ。もっと黒くて暗い、闇のような夜。だから……星空を眺めると、自分が惨めになるのよ。今日の夜空は、こんなにも光があるのにって……だから私は夜が嫌い。自分の本質がどんなものなのか、見せつけられているような気がするのよ。お前の夜は、こんな明るいものじゃないぞ、って……」


 昔からそう。

 夜は月詠の世界のはずなのに、現実の夜は、月詠の夜とは全く違う。


 星々がこれでもかと空を彩って、月光がささやかに地上を照らしている。

 周りから光を奪う月詠の夜とは正反対。


 だからいつも思ってしまう。

 自分の夜も、こんな風に明るい夜だったら、もっと自分の夜が好きになれたかもしれないのにって。


「ふーん…………てっきり俺は、お前の象徴は月だと思っていたんだがな」

「……え?」


 俯いていた顔を上げて零を見る。

 彼の視線の先には、雲で隠れた月が浮かんでいた。


「だってそうだろ。お前の名前は月詠で、それは月の神の名前だろ」


 月詠。

 それは嘗て日本の神話に記された、夜を統べる月の神の名前。

 それが精霊として生まれ、人々の意思によって名付けられた月詠の名前。


「確かに、それはそうかもしれないけれど……でも私の、私の魔法は、あんな風に周りを明るく照らすようなものじゃない!」

「……お前、それ本気で言ってるのか?」

「…………」


 急に真面目な表情になる零。

 そんな彼に、月詠はそれ以上何も言えずに押し黙る。


「確かにお前の魔法は、端から見れば陽気な魔法とは言えないし、寧ろ陰気な魔法と言っていいのかもしれない……だがな、それは敵側にとっての話であって、味方にとっては、お前の魔法は間違いなく希望だよ」

「希望?」


 いきなりそんなことを言われて、月詠は思わず首を傾げる。


「そりゃそうだろ。戦いにおいて相手を弱らせるなんていうのは、常套手段だ。別に後ろめたいことでも、恥じるようなことでもない。寧ろ強者を相手にするのなら、これ以上なく有効な手段だ。そしてお前の魔法は、それを可能にしてくれる。圧倒的な強者を相手にしたとしても、勝てる可能性を示してくれるんだ。それを希望と呼ばずしてなんと言う?」

「…………」


 そう自信満々に言う零。

 呆気にとられた月詠を置いて、零はさらに言葉を続ける。


「そもそも月っていうのは、その時々で見え方が大きく変わるものだ。満月だったり、三日月だったり、新月だったりとかな」


 その視線の先には、相変わらず雲で隠れた月が浮かんでいる。


「敵にとってお前は、真っ暗闇の新月なのかもしれない。だがお前の味方にとっては、お前は間違いなく満月で、暗闇の中を照らす、確かな希望の光なのは間違いない。だからまぁ、お前の象徴は夜の暗闇なんかじゃなくて、夜を照らす月だと、俺は思うぞ」

「…………」


 零の言葉は、不思議なほど心に響いた。


 暗闇ではなく、夜を照らす月。

 確かに今、月詠のことをそう言った……言ってくれた。


 今までずっと抱いて来たものを否定して、自分の在り方に、新しい意味をくれた。


 そのことが堪らなく愛おしくて…………嬉しかった。嬉しくないわけがなかった。


「でも……そんなことを言ったら、私よりも姉さんの方がよっぽど相応しいわよ…………やっぱり私とは違うもの……」


 だけれど、周りを照らすというなら、月詠よりも天照の方が相応しい。

 月詠ではどうしたって、天照のようにはなれない。


「確かに、そうかもしれないな……お前が月だとしたら、彼奴は全てを照らす太陽だ。明るさという意味でなら、月ではどうしたって太陽には敵わない」


 姉には敵わないという言葉に、わかってはいても、思わず両手の拳に力が入る。


「だがまぁ、別に明るさが全てなわけじゃない。実際、太陽は光が強過ぎて、直視するのは難しいからな。そういう意味で言えば、月はこうやって、見上げることが出来るし。それに……」

「それに?」

「……夜空に浮かぶ月は、何よりも綺麗だと思うぞ」

「…………」


 零が呟いたのは、たったそれだけ。

 夜の月が綺麗だというたった一言。


 だけれど、月詠にとってはもうそれだけで十分だった。

 だってそれが、月詠の一番欲しかったものだから。


 自分にも胸を張れる何かがあるって、そう教えてくれたから。

 月詠の夜にも、光があるって教えてくれたから。


 空の雲は次第に薄れていき、閉じこもっていた満月は、その光で地上を照らしていく。


「……バカ。バカ零。大バカ零!」


 月詠は零の二の腕に縋りながら、顔を隠すように額を押し当てる。

 多分今、最初にここで零と会った時よりも、みっともない顔になっていると思うから。


「ズルい……ズルいわよ。そんなこと……」


 そんなことを言われたら、もうこの思いを止められない。

 この思いを押さえておくなんて出来ない。


「こんな悪女の、どこがいいのよ……」


 月詠がそんな風にぼやけば、零の口から何故か溜息がこぼれたような気がした。


「本物の悪女なら、まず自分のことを悪女だって自虐したりはしないだろ。それに……」


 声が途切れて、不意に頭の上に温かい感触が乗る。

 顔を上げてみれば、そこには変わらず零の笑みがあった。


「姉に遠慮してまで、自分の感情を押し殺すような奴を、悪女と呼んだりはしねぇよ」

「!…………聞いたの?」

「いや、薄々とな」

「……そう」


 やっぱり、零には気づかれていたみたい。

 だったらもう、仮面を被ってまで隠す必要なんてない。


「じゃあ私も、はっきり言うわ」


 月詠はもう一度、零の目を見ながら、意を決して口を開く。


「私、零のことが好き。零のことを、誰にも渡したくない! 本当は姉さんにだって!……渡したくない……」


 今までずっと抱いてきて、隠してきた零への思い。

 それをやっと、こうして伝えることが出来た。


 嬉しいと思う反面、ちょっとだけ怖い。

 もしも断られてしまったらどうしようって。


 だけれど、そんな思いも、頭に乗った零の手の感触が、どこかへ吹き飛ばしてくれる。


「……わかった……お前の気持ちは確かに聞いた…………だが少しだけ、返事は待ってほしい。この世界の俺が、お前たちのことを考えられる余裕が出来たら、ちゃんと答えを出すから」

「……それは、姉さんのことも?」

「あぁ」


 改めてこう聞かされると、やっぱり零はヘタレなのでは思ってしまう。

 自惚れるつもりはないけれど、自分たちの容姿がそれなりに整っている自覚はあるし、美人と呼べるだけの容姿をしている自信もある。

 そんな女性を二人も待たせるなんて、いっそ遊ばれているとすら思われても仕方がないのでは?


 だけれど、零はそんなことはしない。

 ちゃんと自分たちのことを考えてくれている。

 そのことをちゃんと、月詠は誰よりもわかっているから。


「わかったわ……じゃあそれまで、気長に待ってあげる」


 そこでふと、自分と同じ境遇に立っていた桜のことを思い出す。

 月詠はちゃんと、こうして零に思いを告げることができた。


 だけれどもし、このまま一生、零の答えた聞けなくなってしまったら?

 そんな想像が頭を過った時、急に怖くなった。

 もしもそうなってしまったら……


 だから月詠は、零と約束を交わす。


「でも、一つだけ約束して、私たちに答えを聞かせるまで、絶対に死なないって」


 それだけは絶対に譲れない。

 もしそうなってしまったら、きっと月詠は、後悔してもし足りないと思うから。


「もし死んだりしたら、絶対、許さないから」


 月詠が零の目を真っすぐと見つめれば、零もまた月詠の方をしっかりと見返してくる。


「……あぁ、わかった。約束する」

「…………良かった」


 その答えが聞ければ、月詠としてはもう何も言うべきことはない。

 零から目を離して、空を覆う星々へと目を向ける。


「こんな綺麗な星空は、生まれて初めて」

「……そうか」


 今まではずっと、この明るい夜が嫌いだった。

 一つ一つは小さな光であっても、月詠にとっては目を背けたくなるほどに眩しかった。


 だけれど今は、そんな星々ですら綺麗だと思えてくる。


「月も綺麗だな」

「…………そうね」


 何気なく呟かれた言葉。

 その言葉を聞いて、月詠は自分の頬が赤くなったのを感じる。


 空に浮かぶ満月のことを言っているのはわかっている…………わかってはいるのだけれど、どうしても今は勘違いしてしまう。


 内にある恥ずかしさを誤魔化しながら、月詠は少しだけ零に体を預けて寄りかかる。


 細身であっても、しっかりとした芯のある体。

 体を預けても、全くぶれることなくそこにある。

 彼の“気”と合わせて、落ち着きのある安心感を与えてくれる。


 ちょっとだけ、この場にいない天照に罪悪感を抱いてしまうけれど、今だけはこのぬくもりを独り占めにしたかった。


(戻ったら、姉さんとも話をしないとね)


 月詠もまた、零に思いを伝えた以上、天照とは一度しっかりと話さないといけない。

 どんな結末になるのかわからないけれど、きっと大丈夫だと、月詠には思えた。


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