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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第四章 魔境探索編
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第十五話 滅びた魔境

零の魔法名

《時空改変》から《時空操作》に変更しました。

 □■神楽零


 桜と名乗った精霊の住まいは、〈天竜山〉の火口のすぐ近くにあった。

 地上から〈天竜山〉の山頂を覆い隠すように広がる雲――それを構成する霧が不自然に開けた場所に、一本の大樹と呼べる木が立っていた。

 太い幹には片開きの扉が備え付けられており、大樹の中にある空間そのものが、初めから家として作られているのだということに気がつく。


(便利なものだな)


 明らかに人為的に育てられたであろうその大樹を眺めながら、零は内心でそんなことを思う。

 それは大樹の家に対してのものではなく、桜の魔法に対してのものだ。


 《植物創変》。

 それが恐らく、桜が精霊として持ち合わせている魔法なのだろう。

 自分の好きな植物を育て、操る。汎用性という面では、恐らく零の《時空操作》よりも遥かに上だろうというのが零の予想だ。

 目の前にある大樹の家しかり、周りを漂う霧しかり、そして、これまで()()()()()()()()()の排除もまたしかりだ。


 桜が零たちに接触してきた直後、当然というべきか、桜もまた、零たちを監視していた視線の存在に気づいていた。

 そして彼女は、監視方法が視覚ならばと、呆気なくその監視者を排除してみせたのだ。


 催眠花。

 その名の通り、花から出る特殊な光の波長で、見たものを眠りへと誘う花だ。

 しかもその光を一度でも見ると目が離せなくなり、最終的にはどんなに抵抗力があっても眠らされてしまうという厄介な代物だ。

 それを一面に咲かせて、視線を飛ばしている相手に見せつけることで、その監視していた者を眠らせたのだ。


 そして周りを覆っている霧もまた、霧迷樹と呼ばれる植物によるものであり、桜が〈天竜山〉の山頂に誰も近づけさせないようにするために植えられたものらしい。


(もっとも、なんでそこまでするのかは、はぐらかされたんだけどな)


 最後にそんなことを思いながら、零たちは桜の家の前へとやって来る。


「どうぞ、いらっしゃーい。何もないところだけど、遠慮なく寛いでちょうだいねー」


 桜に促されて、零たちは大樹の家の中へと入る。

 居間には机や椅子があったり、窓や階段があったりと、普通の家と大差ない構造をしているのだが、その全てが植物だという点においては、他の家とは大きく違うところだろう。

 机は円形で平らな厚肉の葉っぱで、椅子は棘を失くした丸いサボテンのようなものであり、その他にも、部屋の中には色とりどりの花や、美味しそうな果実などが実っており、まさに豊かな森の中と言うのが相応しい内装をしていた。


「私はお茶を淹れて来るから、適当に座って待っててねー」


 そう言って、桜は零たちを残して、部屋の奥へと入っていく。


 零は適当に椅子へと座り、机を囲むようにして、左右に天照と月詠がそれぞれの席に着く。


 桜が入って行った部屋は台所のようになっているようで、そこでは花から出た水を不思議なお椀の形をした植物に入れて、花弁が赤く燃えている花の炎を使って、お湯を沸かしている様子を見ることが出来た。


(本当に便利だな)


 少なくとも家庭的な面においては、桜の魔法はこれ以上なく有能なものであることには間違いないだろう。

 もっとも、戦闘の面においては、零の《時空操作》も負けることはないと自負しているのだが。


「ん? どうしたん?」

「いや、何と言うか、植物の力は偉大だと思っただけだ」


 魔法が存在するこの世界で、現代日本と同じだけの生活水準を植物だけで体現していると考えると、偉大という表現は決して間違った表現ではないだろう。


「そうね。でも、これはきっと、彼女の力があってこそのものなのでしょうね」


 自分たちよりも精霊として格上の桜に敬意を抱くように呟く月詠に、零と天照もまた頷く。


 そうして、軽く二人と雑談をしながら待っていると、桜がお茶を持って居間へと戻って来る。


「どーぞー」

「どうも」


 零の前に置かれたのは、これもまた何かの花を使った茶碗だった。

 中には赤い液体が水面を張っており、零はその花の茶碗に手を伸ばす。

 一口お茶を含むと、爽やかな渋みや香りが口いっぱいに広がり、それでいて仄かな余韻が、お茶が無くなった後でも、ほんの少しだけ残して、後味を楽しませてくれる。


「美味いな」

「うん」

「そうね」


 零が呟けば、天照と月詠も同意するように頷く。


「そう? お口に合って良かったわー。あ! この果実も一緒に食べると美味しいわよー」


 大樹の壁に生えた幹が机の中央にまで伸びてきて、その先についた果実をそれぞれの人の前に持ってくる。

 拳大の果実を摘んで齧り付いてみると、程よい甘味が果汁と共に口の中を満たし、さっきまでのお茶の余韻と溶け合うように、舌の上で混ざり合う。

 桜の言う通り、お茶と果実の相性はよく合っていた。


「……それで。一応聞くが、なんで俺たちを招待したんだ?」


 一通り話の準備が整ったところで、零は桜に今回の話を切り出してみる。

 因みに自己紹介の類は、既にここへ来る前に済ませている。


「あら? 久しぶりに会えた同胞とお話ししたいって思うのは、そんなに変なことかしら? それに、こんな若くて可愛い子たちだものー。もちろん、この子たちが選んだあなたにも、興味があるのよー」

「若い?」


 確かに、零でも同胞である渡り人が近くにいれば、会ってみたいと思いがないわけではない。

 だから、桜がこうして零たちに会いたかったということは理解できる。

 だが天照と月詠を“若い”と表現したことには思わず首を傾げる。


「あら? 女性に年齢のことを聞くなんて、いけない子ね? でもそうねー。私はこれでも、上級精霊になってから一五〇〇年以上生きているんですもの。それに比べたら、この子たちは私にとっては子供みたいなものかしらねー。多分、実体化できるようになってから二〇〇年くらいじゃないかしら?」

「ええ、確かにそのくらいね」


 桜の推測に、月詠は特に否定することなく頷く。

 もともと精霊というのは、生れてから上級精霊になるまでに、一〇〇〇年程の歳月を必要とするため、実年齢で言えば天照と月詠も零よりも遥かに年上だということは知っていた。

 だから零は、桜が二人を“若い”と表現したことが疑問だったし、ならば桜はいくつなのかと疑問に思ったのだが、一三〇〇歳以上も離れているのなら、桜が“若い”と表現したことにも納得できた。


「それにしても、私たちよりも年上の精霊に会ったのはこれが初めてね。下級や中級くらいなら、今まで何度か会ったことがあるのだけれど」

「そうね……昔は今よりも、たくさんの精霊がいたから、それなりに会う機会もあったのだけど……精霊郷があった頃が懐かしいわねー」

「精霊郷?」


 懐かしむと同時に、まるで失ってしまったものを思い出すかのように紡がれたその言葉を、零はオウム返しに聞き返す。


「あら? 聞いたことないかしら? 昔、この大陸の中央に、こことは比べ物にならない程広大な魔境があったのよ。そこには今の私みたいに、隠居していた精霊たちがたくさん住んでいたわー」

「隠居?」


 今度は天照の方が疑問に思ったのか、零と同じように桜へと問い返す。

 確かに天照の破天荒な性格を考えれば、多くの精霊が一ヶ所に留まって隠居するというのは、それなりに疑問を覚えることなのだろう。


「そうよー。今はまだわからないでしょうけど、一〇〇〇年くらい経てば、その内わかって来ると思うわー。だからそれまでは、思う存分外の世界を楽しんで来なさいねー」


 年の功と言うべきか、しみじみと実感の籠った助言をする桜に、零は脱線してしまった会話を元に戻すべく口を開く。


「一つ聞きたいんだが、確かこの大陸の中央にはあるのは砂漠だったはずだ。まさかそこが嘗て精霊郷と呼ばれていた場所なのか?」


 零の記憶が確かなら、この大陸の中央には、普通の広大な砂漠地帯が広がっているはずだった。

 魔境というのは、数百年から数千年単位で出現と消失を繰り返しているものだということは零も知っている。

 だから嘗てそこに魔境があったというのなら、桜の話もわかるのだが、てっきり緑溢れる森を想像していただけに、少しだけ疑問を持ったのだ。


 だがそんな零に対して、桜は首を横に振って否定する。


「少し違うわね。昔、あそこは砂漠じゃなくて森が広がっていたのよ。それこそ、どこよりも豊かで綺麗な森がね……」

「……何があった?」


 植物を司る桜がそこまで言うのだから、精霊郷という場所には、さぞ綺麗な森が広がっていたのだろう。

 だが大陸中央にある砂漠は、何一つない砂上の大地だと聞いている。

 とてもではないが、大昔であっても、それだけの森が広がっていたと信じることはできなかった。


「そうねー……別に隠すようなことでもないしー……」


 そう言って、桜は気持ち姿勢を正して零たちのことを見る。


「精霊郷は滅ぼされたのよ。生と死を司る邪神によって、ね」

「邪神?」


 桜から出た不穏な単語に、零は今日何度目かわからないが、桜に問い返す。


「そうよ。どこからともなく現れて、精霊郷にいた全ての命に死を振りまいたの。植物も魔獣も、精霊さえもね。そうしてできたのが、あの砂漠なのよ。もう一二〇〇年も前の話よ」

「……その邪神ちゅーんは、それからどうなったん?」


 天照の言葉に、桜はただ首を横に振って答える。


「私も詳しいところまではわからないわ。ただ気づいた時には、もう邪神の姿はどこにもなかった。噂だと、今もどこかに封印されていると言われているわね」

「なかなか物騒な話だな」


 もし本当に、まだそんな存在が生きているのだとしたら、色々と危険があることには間違いないだろう。

 さらに復活するようなことにでもなれば、今度は大陸の一部だけでは済まないかもしれない。

 もっとも、仮にそんな存在が襲い掛かって来たとしても、零もただやられてやるつもりは微塵もないのだが。


「さてと! 難しい話はこのくらいにして、今から楽しい話でもしましょうか。若い子とお話しするのは久しぶりねー!」


 両の掌を軽く叩いて、桜は次の話題に変えるように提案するのだった。


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