第十三話 魔境での狩り 後
□■神楽零
残心を解いた零は、頭が落ちた斬撃熊を一瞥してから、今までそれと戦っていた冒険者たちの方を見る。
どこか呆然と、まるで目の前で起きたことが信じられないかのように佇む彼らに、特に気にすることなく声を掛ける。
「こいつはもらっていくぞ」
零はそう言って、《重力操作》を使って三メートルを超える熊の巨体を宙へと浮かせる。
「あ、あぁ……ってそうじゃねぇ! なんだ今のは!?」
「? なんだって言われてもなぁ……」
正直、今の一連の攻撃をどうやったのかと聞かれても、零にとってはそれほど難しいものではない。
一息に斬撃熊との距離を詰め、上段で構えた刀を振り下ろして、その首を斬り落としたに過ぎない。
もっとも、距離を詰める際に《空間操作》を使って、彼我の空間的距離を多少縮めるようなことはしたが、特別なことはその程度だ。
「それよりも、早く仲間の所へ行ったらどうだ?」
「「!」」
零の言葉でようやく仲間のことを思い出したのか、冒険者二人はすぐに後ろに振り返って仲間たちの下へと向かう。
それと入れ替わるようにして、治療を終えた天照と月詠が零の方へと戻って来る。
「零」
「!」
声を掛けたのに合わせて、月詠は手に持っていた何かを零の方へと放り投げる。
それを掴んだ零は、それが冒険者の治療のために渡した二本の魔薬の内の一本であることに気がつく。
「? 一本で良かったのか?」
崖の上から見た傷の状態から、一本ではなく二本は必要だろうと考えて渡していたのだが、どうやら見た目ほど傷は深くなかったらしい。
そう考えていたのだが、月詠はそれを否定するように首を横に振る。
「いいえ、多分普通なら一本では足りなかったんでしょうけど、ちょっと予想外なことがあってね」
「予想外?」
そう言って、月詠は隣にいる天照の方を見る。
それに釣られて、零も天照の方を見るが、当の本人は少しバツが悪そうに苦笑いを浮かべている。
「あははは。内もさっき知ったんやけどな。内の魔法って、魔力を宿しているものなら何でも効果があるみたいなんよー。せやから魔薬にも効果があったみたいでー……」
「…………」
天照の口にした内容に、零はどう答えたものかと一瞬だけ迷う。
天照の魔法――《魔魂強化》は、対象の魂の力を何倍にも強化するというものだ。
魂――即ち意志あるものに対して効果を発揮する魔法だ。
これまで零や月詠も、天照自身でさえも、《魔魂強化》はそういうものだと理解していたのだが、ここに来てその認識は違っていたのだと理解する。
だが改めて天照の魔法の理屈を考えてみれば、無生物に対して効果を発揮するのは寧ろ納得できる部分もある。
彼女の魔法は、厳密に言えば魔力を強化するものであり、そこに意志の有無はあまり関係ないのだから。
(そうなると、こいつの魔法って色々と応用が利くな)
今までは生物にしか効果がないのだと思っていたのだが、ここに来て魔薬にさえも効果があるのなら、恐らく魔装具などにも効果があるのだろう。
そのどちらにも、多かれ少なかれ魔力を宿しているのだから。
「何と言うか、嬉しい誤算と言うべきか、何というべきか……よく今まで気づかなかったな」
「まぁ、それは仕方のなかった部分もあるわね。もともと私たちって、零と出会う前はそこまで魔法を使う機会もなかったのだし。使うにしても、姉さんの場合はほとんどその対象は私だったのだしね」
「そういうものか?」
確かに零と出会うまでは、天照の身近にいたのは月詠だけであり、天照の魔法が彼女自身には掛けられないことを考えれば、その対象が月詠だけになるというのは寧ろ必然と言えるだろう。
「そう考えると、月詠の魔法も無生物にも効果があるのか?」
「ええ。ただ私の場合、一定範囲内の魔力に、ほとんど無条件に効果を発揮するから、私の力が魔装具の類にも効果を発揮することは知っていたのだけれど……まさか姉さんも、しかも魔薬にも効果があったというのは驚きね」
「ふーん」
そんなこんなで、月詠たちと色々と話をしていると、少し離れたところにいた冒険者たちの方でも、どうやら一段落ついたらしい。
重傷を負っていた女冒険者を介抱していた男は、そのまま彼女に肩を貸しながら、全員で零たちの方へとやって来る。
「もういいのか?」
零が声を掛ければ、先頭を歩いていた班長と思われる男が、居心地悪そうにしながらも口を開く。
「あぁ。そのー、なんだ。今回は本当に助かった。礼を言わせてくれ。ありがとう」
班長の男に続いて、他の四人の冒険者も軽く頭を下げる。
居心地悪そうにしているのは、恐らく助けに入る前に、散々なことを言ったからだろうが、零がそのことで特に思うようなことはない。
「別に気にしなくていい。たまたま通りかかっただけだからな。それに、獲物はちゃんとこっちがもらったし」
言外に報酬はきちんともらうぞと告げると、班長の男も特に異論はないように頷く。
「あぁ、それで構わない」
男の言葉に零もまた頷き、これまで仕留めた獲物を手元まで引き寄せる。
「って、おい! それって暴風鷲じゃねえか!?」
「うわっ、本当だ。しかも魔法で宙に浮かせて運んでいるのか?」
そんな零たちが狩ってきた獲物を見て、班長以外の男二人が、それぞれ驚きの声を上げる。
「ん? あぁ、ここへ来る前にちょっとな。まぁ大したことなかったから、首を斬り飛ばすだけ終わらせたが」
「……俺たちでも苦戦する暴風鷲を大したことなって……あんたらいったい何者だ? 今まで町では見たことねぇが……」
「あぁ、ちょっとした任務でな。ここへ来たのは昨日だからな」
「? 任務ってことは、もしかしてお前さんら、騎士なのか?」
班長の言葉に、零は特に隠す必要もなく頷く。
「まぁ、一応な……それよりも、そっちはこれからどうするんだ? こっちはそろそろ町へ戻ろうかと思っているんだが……いいよな?」
「ええと思うよ」
「ええ、零がそう言うのなら、私たちは別に構わないわ」
後ろへと振り返り、天照と月詠にも確認を取れば、二人からは了解の返事が返って来る。
まだ時間的に狩りをする余裕はあるのだが、既に三体の魔獣を討伐し、概ね魔境という場所を理解できたこともあって、これ以上狩りを続ける理由はない。
「そうだな……俺たちも、これ以上の狩りはできないだろうしな」
「……ごめん」
班長の言葉を聞いて、今まで重傷を負っていた女が申し訳なさそうに呟く。
傷は既に天照の魔法もあって、完治はしているものの、その間に消耗してしまった体力が戻って来るわけじゃない。
そのため、肩を貸してもらっている状態では、どう考えても狩りを続行するのは不可能だ。
「違う! お前は何も悪くない! ……俺が油断していたばっかりに」
肩を貸している男は、そんな女に、自分に非があると主張する。
詳しく話を聞いてみると、どうやら男の方が斬撃熊の攻撃を受けそうになって、それを女の方が庇ったことで重傷を負ってしまったらしい。
そのせいで戦力の二人が欠け、防戦一方に背寝られていたのが、零たちが駆け付けた時の状況だったらしい。
「武器もこんなんになっちまったし、しばらくは金欠だろうな」
班長の男はしみじみと自分の相棒である槍を見ながら呟く。
その槍は、見てわかるほどに刃先が欠けており、柄の部分も若干であるが曲がってしまっている。
どう考えても買い替える必要があり、それは斬撃熊と対峙していたもう一人の男の武器についても同様だった。
女の方も軽装のほとんどを切り裂かれており、唯一装備が無事なのは、女を介抱していた男の装備だけだ。
そして新しい装備を買うには、当然金が必要であるわけで、これ以上狩りができないことを考えれば、冒険者たちの今回の狩りは大赤字と言ってもいいだろう。
「なるほどねぇ……」
零はそこでふと、自分たちが仕留めた獲物の方へと目を向けて、丁度いい考えが頭に浮かぶ。
「なら一つ、俺の依頼を受けてくれないか?」
「依頼?」
「あぁ、俺たちに魔獣の捌き方のコツとかを教えて欲しい。何分、知識としてはわかっていても、今までそういった経験がなかったからな。代わりに、剥ぎ取った素材の一部をそっちに譲るってことでどうだ?」
そんな零の提案に、四人の冒険者たちはそれぞれが意外そうな表情を浮かべている。
だがそれは寧ろ当然だろう。
彼らにとっては、魔獣の解体は日常茶飯事であり、それをいくつか教えるだけで素材を譲ってくれるというのだから、この状況で彼らにとってはこれ以上になく有難い話のはずだ。
「……いいのか?」
「あぁ。こっちとしても、本職に見てもらって慣れた方が早いからな」
そうして話は纏まり、零たちと冒険者たちは一緒になって、町へと降りて行くのだった。
◇◆
「今のところ、彼に大きな動きはなし、ですか。この様子だと、貴族たちの不安は、どうやら杞憂のようですね」
その男は自らに与えられた部屋の椅子に腰かけながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
彼の視界の先では、監視対象である一人と二柱の存在が、冒険者たちの助言を受けながら、魔獣の解体に四苦八苦している光景が広がっていた。
「もっとも、彼が本気で反旗を翻すようなことにでもなれば、王都にそれを防ぐだけの戦力は残されていないのですけどね」
そんな魔境ならではの日常的な光景を眺めていたその男――鳥目直弥は、帝国との前線から呼び戻したであろう貴族たちの顔を思い浮かべながら溜息をこぼす。
「……素性はどうあれ、あの天眼卿が連れてきた方なのですから、今更私が監視したところで意味はないと思うのですけどね」
この明護王国において、天眼家の人を見抜く魔法というのはそれだけの意味を持っている。
鳥目にしてみれば、帝国との戦争中に貴重な戦力を遊ばせているこの現状は、近衛騎士団の幹部の一人として、許容することは難しかった。
「とは言え、彼がどんな力を持っているのかを調べることについては、特に異論はないのですけどね」
今回の遠征において、鳥目に与えられた任務は二つ。
一つは、異世界からやって来たという零が信用に足る人間かどうかを、監視して見極めること。
そしてもう一つは、零の力がどれほどのもので、どのようなものなのかを調査することだ。
「今日はあまり見ることが出来ませんでしたが……明日の切裂虎討伐に期待するとしましょうか……もっとも、それでもたかが知れているかもしれませんが」
鳥目はふと、零の相手として切裂虎では不足かもしれないと考えながらも、離れた上空に視界を飛ばして、地上を見下ろすことが出来る自身の魔法――《天下展望》を使いながら、零たちが町へ入ったのを見送るのだった。
△▼
「まぁ! 珍しいお客さんのようねー」
その日、魔境のとある場所で、不意に一人の女性が嬉しそうな笑みを浮かべる。
それは久しく来客のなかったこの魔境に、何百年ぶりかもわからない同胞の気配を感じ取ったが故だった。
「それになんだかとても楽しそう。お迎えの準備をしないといけないわー」
女はこれから招待する者たちに思いを馳せながら、心ばかりのおもてなしの準備をするのだった。




