第十二話 魔境での狩り 中
□■神楽零
破魔鼠を仕留めてからさらに数十分、今まで通って来た森を抜け、傾斜がついた草原へと出ようとしたその時――
「ぐっ! なんやこの風ー!」
突然前から、強暴なまでの暴風が吹き荒れ、吹き飛ばされそうになる体に力を入れる。
「なるほど。今度の獲物は暴風鷲か」
零は鬱陶しい風を《重力操作》で防ぎながら空を見上げ、それを成した魔獣の名を呼ぶ。
暴風鷲。
風切狼と同様に風を操り、両翼を広げれば四メートルをも超える三級魔獣だ。
その魔法によって強化され、翼を羽ばたかせることで生み出された風は、恐らく自動車をも軽く吹き飛ばすだけの威力を秘めているだろう。
(まぁ、防げればどうってことないんだけどな)
「……ギャーッ!」
零が内心でどう思っているのか、気づいたわけではないだろうが、暴風鷲は自らの攻撃が効かない零たちに向かって威嚇の鳴き声を上げる。
「それで、どうするの?」
「……そうだねぇ……」
月詠の言葉に、零は上空で構える暴風鷲を見上げながら、どうやって仕留めようかと考える。
敵は空の上。
しかも矢を防ぐのに余りあるほどの暴風を生み出すそんな存在に対して、攻撃手段があるかと言われれば…………ある。
と言うか、寧ろあり過ぎて困るというのが、正直なところだ。
これが普通の冒険者ともれば、まず間違いなく攻撃手段が限られてくるだろう。
遠距離攻撃が可能な魔法でも持っていれば話は別だろうが、空を飛んでいる相手に近接戦を挑むのは難しく、魔法以外での遠距離攻撃ではまず当てるのも難しい。
対して零はと言えば、一応《重力操作》で空を飛ぶことが出来るし、そうでなくても十分に、零の魔法の効果圏内に入っている。
しかもその魔法に関しても、零の《時空操作》は汎用性が高いのだから、逆に手札が多過ぎるといっても過言ではないのだ。
「まぁ、今回はこれかな?」
零は腕を上げて手刀を構え、暴風鷲に向かって横薙ぎに振るう。
すると……
「ギャッ――」
その瞬間、暴風鷲が居た空間が不自然に歪み、暴風鷲の鳴き声が途切れたかと思えば、頭と胴体が別れて地面へと落ちて行く。
《空間斬撃》。
空間上に刃となる空間を作り出し、それによって物質的な繋がりを切断する。
有体に言えば、目視困難な鋭い刃を振るう魔法とも言えるだろう。
もっとも、その鋭いというのは、絶対切断と言っても過言ではないほどの威力があるのだが。
「さて、これで二体目なわけだが……何と言うか……退屈だな」
落ちて行った暴風鷲を回収しにいく途中で、つい思っていたことが漏れる。
実際、今日一日で二体の魔獣を倒してみたわけだが、どちらも苦戦する要素もなく、あっさりと倒してしまった。
これでは冒険というよりも、ただの作業でしかない。
「それはそうでしょ。寧ろ、あなたがこの程度で苦戦する様なら、きっとここの冒険者たちはやっていけないわよ?」
「まぁ、確かにそうなんだけどな」
零は今しがた倒した暴風鷲の死体を掴み上げると、そのまま破魔鼠と一緒に宙へと浮かせて運ぶ。
もちろん零だって、月詠の言っていることは理解している。
だがだからと言って、この作業とも呼べない狩りに退屈していることには変わりがないのだ。
(いっそこのまま、倒しに行ってしまおうかねぇ)
一瞬討伐対象である切裂虎を、このまま倒しに行こうかという考えが頭を過るが、すぐにそれを否定する。
(いや、流石にそこまで舐めてかかるわけにもいかないか)
今零たちがいるは、竜が住み着くと言われる〈天竜山〉の麓。
いくら零が強いとは言っても、自分がこれまで対峙してきた存在など、たかが知れている。
それを忘れ、この世界で驕り高ぶれば、いつ足元を掬われて命を落とすかわかったものではない。
「さて、こっから先は三級魔獣が増えそうではあるんだが……?」
次なる獲物を求めて歩き出そうとしたところで、零は不意にその足を止めて草原の向こうへと目を向ける。
視線の先には、青々しい草花しか見えないのだが、零の《空間把握》は、その先にある確かなものを捉えていた。
(この感じ?……苦戦してるんじゃないか)
零が見ている方角にいるのは、四人の人間と一頭の熊だ。
それだけなら、ただ冒険者たちが狩りをしているだけだと見逃すのだが……
四人の内一人は怪我を、もう一人がその手当てをしているような状態で、実質的に戦っているのは、残りの二人だけになっている。
加えて、その二人にしても、攻めるというよりかは後ろの二人を守るかのような立ち回りを見せており、どう見ても苦戦しているようにしか見えなかった。
「? どうしたん?」
「何かあったの?」
「……いや、どうにもこの先で冒険者が苦戦しているみたいなんだよねぇ」
「? 助けに行かんの?」
「……まぁそうなんだが……流石にここで見過ごすのは目覚めが悪いか」
本来であれば、零がここでわざわざ冒険者たちを助けに行く義務はない。
そもそも冒険者というのは、自分たちの命を対価にして魔獣を狩る仕事であり、仮にその最中で死んだとしても、それは個人の自己責任だと言う話は、管境から聞いている。
もちろん、助けられることなら助けた方が良いのだろうが、それでもし、逆に助けに入った方が危険な目に会うであれば、それを強要することなどできるはずがないのだから。
とは言え、それは一般的な冒険者たちの話であり、この場にいる零たち三人であれば、余程のことがない限り問題はない。
「じゃあ、行こうか」
零は天照と月詠に声を掛け、そのまま冒険者たちがいる方角へと走り出す。
それに続いて、天照と月詠もまた同じ速さで零の後を追う。
戦闘があまり得意ではない二人だが、それでも彼女たちには一級の魔力による身体能力がある。
そのため全速力でもない零の走りを追いかけることに、特に支障はない。
それでも並の人間ではまず追いつけないだろう速度で走ること少し、零たちの前には体長三メートルを超える巨大な熊に襲われている四人の人間の姿があった。
「助けは必要か?」
そして零は、そんな冒険者たちに向かって声を掛けるのだった。
◇◆
「助けは必要か?」
「「「!」」」
その声が、熊と対峙していた冒険者たちの頭上へと降り注ぐ。
熊と対峙していた冒険者たちは、目の前にいる敵に注意を払いながらも、その声が聞こえて来た、小さな崖の上へと目を向ける。
その先にいたのは、一人の青年と二人の女性。
端から見れば、どこにでもいる普通の冒険者の班に見えるだろうが、それを見た冒険者たちは、一瞬助かったと希望の光を灯すものの、すぐにその光は消え失せてしまう。
彼らは長いこと〈天竜山〉を拠点に活動しており、それなりに腕の立つ冒険者の顔や名前は頭の中に入っている。
だがそんな彼らにしてみても、目の前にいる青年たちの顔には見覚えがなかった。
そして何よりも、冒険者たちにしてみれば、その青年たちは余りにも若すぎた。
冒険者たちの班は一番若くても二十台後半であるのに対して、青年たちはどう見ても二十台前半かそれ以下の年齢にしか見えなかったのだ。
つまりそれは、一般的に見れば実力もそれ相応のものでしかなく、間違っても三級魔獣を相手にできるほどの実力があるように見えなかったということでもあった。
そのため冒険者たちは、青年たちのことを自分たちの実力を過大評価して、三級魔獣がうろつくこの場所までやって来てしまったのだろうと判断した。
だがそれでも、冒険者たちにとって青年たちは間違いなく、この場における救いの手ではあったのだ。
仮に熊を相手にすることはできなくても、重傷を負った仲間を町にある〈聖教会〉にまで運んでもらうことは出来るのだから。
「頼む! こいつだけも助けてやってくれ!」
重傷を負った女冒険者を介抱していた男は、その青年たち――零たちに向かって懇願するように叫ぶ。
腹部を無数に引き裂かれ、血は何とか虎の子の魔薬を使ってなんとか止めることができたが、それでも命の危険を脱したわけではない。
「…………」
零は重傷を負っている女冒険者を一瞥すると、懐から二本の魔薬を出して天照と月詠へと渡す。
「これを使え。あの熊は俺が相手にする」
「「わかった」わ」
零の言葉に軽く頷き、天照と月詠は崖から飛び降りて女冒険者の下へと向かう。
零もまた崖から飛び降りると、熊と対峙している冒険者二人へと歩み寄る。
「さて、一応確認するけど、そいつは俺が倒してもいいのか?」
零は確認の意味を込めて冒険者たちへと尋ねる。
本来なら今すぐにでも仕留めてしまいたいと零は思うのだが、この場ではそういうわけにはいかない。
基本的に冒険者の間では、他人が手を出している獲物に対して攻撃を仕掛け、その権利を主張する行為はご法度とされており、それを管境から聞いていた零は、こうして冒険者たちに確認を取っているのだ。
「何言ってやがる! こいつはお前なんかが相手に出来るような奴じゃねぇ!」
だがそんな零に対して、冒険者の一人が同意しかねるように大声で叫ぶ。
だがそれは寧ろ当然だろう。
冒険者たちにしてみれば、零の実力は自分たちよりも下だと判断しているのだから。
そんな奴が目の前にいる魔獣を倒すのに加勢したところで、足手纏いにしかならないということが容易に想像できたためだ。
斬撃熊。
それが今、冒険者たちが対峙している魔獣の名前だ。
等級としては三級魔獣に分類され、その斬撃熊が持つ魔法は、一瞬だけ自分の爪を何メートルも伸ばすというものだ。
それだけなら大したことないように思えるかもしれないが、それが三級魔獣としての腕力と強度を持って振るわれたとすればどうなるか……
「ボオォォ!」
「!」
今まで零と話していた冒険者は、立ち上がった斬撃熊が右腕を振りかぶったのを見て、体勢を低くしながら転がるように横へと避ける。
斬撃熊はそのまま腕を斜め下に振り下ろし、それに合わせ自身の魔法を発動させ、一瞬だけ爪の斬撃を数メートル先へと伸ばす。
そして、大地に激震が走る。
冒険者の男は何とかその斬撃を躱すことが出来たが、地面にはその斬撃の威力を証明するかのように、地面に無数の亀裂を刻んでいた。
「ならお前たちなら相手に出来ていると? とてもそうは見えないんだけどな?」
零は今までの一連の流れから、何てことないように問いかける。
実際、それは半ば事実でもあるため、残ったもう一人の冒険者が、堪らずに零へと向かって叫ぶ。
「そこまで言うなら、てめぇが何とかしやがれ!」
その言葉聞こえた瞬間、零は口元に笑みを浮かべながら、腰にかかった刀へと手を伸ばす。
「言質は取ったぞ」
そう言って、零が刀に手を掛けた瞬間――
「「「!」」」
二人の冒険者と、対峙していた斬撃熊までもが、その場の空気が一変したことに気がつく。
背筋が凍てつくかのような悪感が全身を駆け巡り、無意識に体全体に力が入る。
特に斬撃熊にしてみれば、本能的に自分が狙われているのだと悟り、その反応は冒険者の二人より顕著だった。
そして……
「!?」
斬撃熊が気づいた時には、その存在――零が四つ足の自分の真横に迫り、自分の首元目掛けて刀を上段に構えている姿が目に入る。
ただ見ているだけで、何もできないまま、零の刀は音もなく一閃を刻む。
刀が振り下ろされてから一拍。
斬撃熊は、首に痛みがないことに疑問を持ちながらも、まだ自分の命があることをいいことに、残心している零に向かって襲い掛かろうとして――
「!?」
自分の体が全く動かせず、それどころか視界が急に地面に落ちたのを最後に、斬撃熊はその意識を闇へと落とすのだった。




