第十一話 魔境での狩り 前
□■神楽零
森の中に入ってから数十分。
零たちは特にこれと言った魔獣の襲撃も受けることなく、あまり雑草の生い茂っていない森の中を歩いていた。
正直、これだけあからさまに無防備な状態で歩いていれば、すぐにでも魔獣共が襲い掛かって来るかと思っていたのだが……
「……案外襲われないものだな」
魔境に入ってからというもの、あまりにも何も起こらなさ過ぎて、零は誰に言うでもなくポツリと呟く。
実際、零がやっていたことと言えば、歩きながら天照と月詠と軽い雑談をする程度のものだ。
(いっそこっちから仕掛けようかねぇ)
今まではあくまでも、魔境という環境に慣れるためであり、討伐は二の次だったのだが、こちらから仕掛けることが出来ないわけではない。
《空間把握》を使えば、それなりに魔獣の存在は確認できるし、その命を刈り取ることだって出来る。
「そうね。でもまだそれほど町から離れてもいないのだし、魔獣がいないのも当然じゃないかしら?」
零の呟きが聞こえたのか、月詠がなんてことないように答える。
確かに徒歩数十分の距離というは、それほど長い距離というわけではない。
町に近ければ、それだけ冒険者たちが狩りつくしているのだから、魔獣がいないのは寧ろ必然とさえ言える。
「せやけど、もうそれなりに魔力も濃くなってきとるんやから。そろそろ何か出て来てもええんちゃう?」
魔力が濃くなっている。
天照の言う通り、今零たちがいる場所は、町に比べて魔力濃度が高くなっており、その事実が、零たちが魔境の中心へと向かっていることを示している。
魔境というのは場所にもよるが、基本的にその中心地へと近づくほどに、空間中に漂う魔力濃度が高くなっていく。
そしてその魔力の濃さに比例して、そこに住み着く魔獣の強さも強くなっていくのだ。
何故そんなことになるかというと、簡単に言えば、魂ある者にとって、魔力で満たされた環境というは非常に居心地が良いからだ。
零が初めてこの魔境に来た時に感じたものがまさにそれだ。
そしてその感覚は、魔力が濃いほどに強く感じ、魔獣たちはその居心地の良い縄張りを求めて、日々魔境の中心地を得ようと熾烈な生存競争を繰り広げているのだ。
付け加えるなら、この魔境で冒険者という職が成立している理由もまたここにある。
魔境でもない場所で、冒険者という職を作ろうものなら、まず間違いなく討伐し損ねた魔獣が町を襲ってくる可能性が出てくる。
別に冒険者たちは、根こそぎ魔獣を討伐しなければならないという責務を負っているわけではない。
ただ倒しやすい獲物を見つけて、その素材を持ち帰るだけなのだから。
対して、ここ〈天竜山〉のような魔境では、基本的に魔獣は自分たちの縄張りから出て来るようなことはない。
ましてそれが、今いる場所よりも居心地の悪い場所ともなれば尚更だ。
それ故に町にとっては、魔境に住む魔獣たちに対して神経質になる必要はなく、誰かが魔獣を刺激しようが、特に問題はない。
町が魔獣を管理する必要がないからこそ、冒険者という職は成立しているのだ。
もちろん、冒険者にとっての最低限の規則というものは存在しているのだが。
「まぁ、そうだ――! 下がれ!」
「「!」」
天照が口にしたからではないだろうが、丁度いい拍子に、零たちに向かって無数の針が飛んでくる。
それを《未来視》で確認した零は、後方に飛ぶように天照と月詠に指示を出す。
発した言葉はそれだけだったが、すぐに意図を察してくれたのは、ここまで共に過ごしてきた成果だろう。
零たちが回避したことで地面に突き刺さった針は、次の瞬間には、まるでそこに何もなかったかのように光の粒子となって消えていく。
「破魔鼠か」
目の前で見た光景から、襲って来た魔獣に当たりを付けながら、針が飛んできた方向へと目を向ける。
すると思った通り、目の前にはこちらへと、背中に生えた針を向けている魔獣の姿があった。
破魔鼠。
それは体長五十センチ程のハリネズミのような外見をした四級魔獣であり、木々を伝って縦横無尽に飛び回りながら、背中に生えた魔力で形成された針を飛ばしてくるという魔獣だ。
しかもその針というのが厄介な代物で、刺さった針の魔力が、対象者の魂を侵食して、一時的な魔法の制限や、目眩などを引き起こして、最悪死に至らしめる一種の毒として作用するのだ。
(まぁでも、多分俺たちには効かないだろうけどな)
木々を伝って飛び回りながら、自分たちに向かって針を飛ばしてくる破魔鼠の攻撃を避けながら、零は内心でそんなことを思う。
実際、特級の魔力量を持つ零と、一級上位の魔力量を持つ天照と月詠では、魂の地力が違うのだから、破魔鼠の毒にやられるという可能性は万に一つもないだろう。
(それに飛び回ると言っても……)
普通の冒険者たちにとっては、ただでさえ毒の針を飛ばしてくるだけでも厄介だというのに、さらにその機動力で木々の間を縦横無尽に飛び回っているのだから、攻撃を当てるだけでも一苦労だろう。
だが……
「キュッ!」
(捕まえた)
零の動体視力と《重力操作》を以てすれば、飛び回る鼠を捕まえることなど、どうということはない。
「ッ!」
「キュィッ!…………」
そのまま脊髄をへし折ることでその命を散らせ、それと同時に破魔鼠の背中を覆っていた針もまた消え失せる。
そして次の瞬間、破魔鼠の魂がまるで風船が割れるかのように弾け、その魔力が零に届いた時、零は一種の高揚感と共に、その魔力を感じ取った。
(……今のがねぇ)
零はたった今感じた高揚感のことに意識を傾けながら、少し前に天照と月詠と話したことを思い出す。
△▼
『つまりなー、基本的に生物っちゅーんは、器である肉体が死んでまうと、それにつられて魂の方も自壊してしまうんよー。そんでそん時に、魂を形作っていた魔力もまた周囲に放出される。ここまではええかのー?』
『あぁ、だが俺の場合、普通に首を飛ばされてもまだ生きてたぞ?』
『あなたの場合は例外ね。零の場合、肉体が死んでも生き返る手段があったから、魂が自壊することはなかったんでしょうね』
『なるほど』
『……話を戻すでー。そんで周囲に放出された魔力は、当然他の魔力にも――つまり魂にも干渉できるちゅーわけや。それも、普段はあまり感じない強い刺激としてなー』
『それがあのある種の高揚感というわけか』
『せや。そんでその刺激された魂は、「これはあかん!」と思うて、今度はその刺激に負けないように、魂の魔力量を増やそうとするわけや』
『つまりそれが、魔獣を殺すことで魔力量が増える理由というわけか』
『そういうこと。まぁでも、零の魔力が私たちよりも多くなったことを説明するには、まだちょっと足りないのだけどね』
『だろうな。実際俺はそこまで魔獣を倒して来たわけじゃないし。それに本来、魔力が多くなれば、その分だけ魔力の増加量も少なくなるはずだろ』
『せや、だけどれいやんの場合はちょっと特殊でなー。多分、渡り人全員に言えることやと思うんやけどー、内らが初めて会った時、れいやんの魂って結構不安定やったんよー。もちろん、「何もしてへんのに壊れてまうー!」っていうほどでもなかったんやけどなー』
『言ってしまえば、魂の成長途中の段階に近いわね。人の場合、十五年ほどで魂の成長が止まって安定するのだけれど。その前の段階で魔力の刺激を受けると、安定している時よりも過敏に反応して、その分だけ魔力が増える量も多くなるってわけ』
『あ! 先に言うておくけど、れいやんの魂はもうほとんど安定して来とるから、今回みたいな急成長をすることは、多分もうないと思うでー!』
『……出来ればもう少し早く教えてもらいたかったところだな』
△▼
自分が特級魔戦士にまでなった理由についても思い出したところで、零はふと、天照が自分の顔を覗き込んでいることに気がつく。
「どうしたん?」
「……いや、何でも。取り敢えず、先に血抜きだけでも済ませるか」
一応、破魔鼠は食用にもなるため、腐らせては勿体ない。
買っておいた短剣で動脈を切って血抜きを行う。
そのまま《重力操作》で浮かせて運び、《時間減速》で傷むのを遅らせながら、零たちは次なる獲物を求めて魔境の奥地へと進んで行った。




