第九話 冒険者管理局
□■神楽零
魔装具が置かれた武器屋を一通り物色してから、ちょうど目についた解体用の短剣を購入してすぐに、零たちはそのまま本来の目的地へと向かっていた。
城壁の門へと続く大通りを歩いて行き、門がすぐ近くのところまで迫って来たところで、零たちはその足を止めた。
「ここだな」
零が見上げる先には、周りにある建物よりも一回り大きく、堅牢に造られた建物が一件。
その正面に掲げられた看板を確認して、零たちはその建物――〈冒険者管理局〉の扉を押し開いた。
「……何と言うか、普通の役所だな」
「ニャー」
まず中を見て、最初に思い浮かんだ感想がそれだった。
よく小説やアニメなどで出てくる冒険者ギルドには、酒場や依頼ボードなどがあったりするのだが、ざっと中を見た限りでは、そういったものは一切ない。
加えて時間帯の関係なのか、中でたむろしている冒険者の姿というものもほとんどなく、あるのはただ、形式ばった受付台に、何かしらの手続きをしている数人の人影だけだった。
「失礼ですが、あなたが神楽零様で間違いないでしょうか?」
「……そうですが」
入り口付近で立ち止まっていると、一人の男性が零に声を掛けてくる。
物腰柔らかでありながら、どこかキリキリとした印象を受けるその男性は、零が肯定したのを聞いて頭を下げる。
「お待ちしておりました。私、ここの局長を務めている管境彰人と申します」
「あぁ、これはどうも。神楽零と申します」
目の前の男が頭を下げるのに合わせて、零たちの方もまた会釈をしてそれに応える。
(局長というと、ここのトップかねぇ……まぁ、成り立てとは言え、貴族を相手にするんだから、それは当然か)
今や零も、この王国の重役を担う貴族の一人だ。
本人としてはあまりその実感はないのだが、流石に下手な人に任せるわけにはいかないのだろう。
「領主様より話は聞いておりますが……その頭の猫はいったい?」
「あぁ、こいつに関しては気にしないでください」
「ニャー」
頭の上で寛いでいる万衣の頭を撫でれば、彼女から気持ちよさそうな鳴き声が返って来る。
管境も、これ以上は突っ込む気はないのか、軽く心得たように頷く。
「わかりました。それで、魔獣に関する情報をお求めだとか」
「あぁ。ここに詳しい資料があると聞いたので」
そう、零がこの〈冒険者管理局〉にやって来た目的は、魔境に住む魔獣に関する情報を集めるためだ。
討伐対象である切裂虎の情報は、既に城の方で破音からもらってはいるのだが、それ以外の魔獣に関する資料については、ほとんどもらってはいなかったのだ。
別に切裂虎だけを相手にするのなら、それでも問題はないのだが、討伐対象を探している間に他の魔獣と遭遇しないとも限らない。
そういった時のために、わざわざ〈冒険者管理局〉に足を運んで来たというわけだ。
(まぁ実際、〈冒険者管理局〉がどんなところなのか気になったってのもあるんだけどねぇ)
とは言えその割には、あまり期待していたような面白さはほとんどなかったというのが、正直な感想ではあるのだが……
「そうですね。ではまずは資料室へ案内いたしますので、どうぞこちらへ」
零たちはそのまま管境に案内されて、建物の二階へと上がる。
そして行き着いた先は、これまた学校の図書館のような場所であり、そこでは数人の冒険者達が、熱心に手元の資料を読み込んでいる所だった。
「こちらが資料室になります。一通り魔獣や魔境に関する情報は揃っていますので、何かあればお声をおかけください」
「あぁ」
管境との会話で、何人かが零たちの方へと視線を向けて来るが、零は特に気にすることもなく資料が収められた棚へと向かう。
「内らも見てもええ」
「ええ、どうぞ。好きにお読みになってください」
それぞれの棚には、どんな資料が収められているのかがわかりやすく書かれており、零について来た天照と月詠もまた、それぞれが気になる棚へと足を運ぶ。
零もまた目的の資料――魔獣に関する資料の一冊を取り出して、表紙を開く。
パカッ、パラパラパラパラパラ…………パタンッ――
「…………」
零は手元の資料を数秒足らずで読み終えると、その資料を元の場所へと戻して、その隣にある資料へと手を伸ばす。
それから淡々と棚にある資料を読破していき、ものの数分で〈天竜山〉に住まうほぼ全ての魔獣の資料を読み終える。
「なるほど」
最後の資料を棚へと戻して、零はフッと一息つく。
(やっぱりここへ来たのは正解だったな。俺の知らない魔獣に関する情報がいくつかあったし、それ以外の情報に関しても有益だった。後は……)
「……もう目を通されたのですか?」
零がたった今得られた情報を整理していると、横から管境の若干驚いたような声が聞こえてくる。
恐らく読了時間が短かったことに驚いているのだろうが、零にとっては割と普通のことでしかない。
「えぇ、この程度ならどうってことありませんからね。それよりも、魔境に挑む上で気を付けなければならないことがあれば教えて欲しいのですが……何か?」
零がそんな風に管境に頼んでいると、何故か本人はさっきとはまた違った意味で呆然としているように見える。
「いえ、少し意外だったもので。神楽様ほどのお力があれば、そのようなことはあまり気にしれないものかと……」
「まぁ、確かにそうかもしれませんけどねぇ。だからと言って、わざわざ知りえることを知っておかない理由はありませんから」
なんてことないように零がそう言うと、管境は納得したように一つ頷く。
「……わかりました。そういうことでしたら、一旦私の執務室へと移りましょう。話すにしても、ここでは少々場所が悪いですから」
「……まぁ、そうですね」
管境の言葉に零もまた同意するように頷く。
どうやらどの世界においても、「図書室の中ではお静かに」というのは共通の決まり事であるらしい。
それから零は、天照と月詠を連れて管境の執務室へと向かう。
部屋の中にはよくあるような机と椅子が置かれており、零は天照と月詠に有無も言わせてもらえずに長椅子の中央へ、二人が零の両隣になるように座らされる。
幸い、何とか三人並んで腰かけることができたのだが、若干狭いと感じてしまうのは仕方がないだろう。
(まぁいいが……)
それから零たちは、管境が淹れてくれたお茶を飲みながら、魔境に挑む上での注意点などを聞いて行く。
特に気を付けなければ魔獣の情報、簡単な冒険者同士での決まり事、討伐の際に持っておいた方が良い道具類などを、いろいろと脳内に記入していく。
「――ここではそんなに魔草が取れるのか?」
そんな中で、零はふと気になったことを管境に聞いてみる。
「えぇ。ここ〈天竜山〉では他の魔境に比べても多くの魔草を採取することが出来ます。そのためこの町では、比較的多くの冒険者にも、魔薬が行き渡りやすくなっているのですよ。とは言え、それでもやはり高額であることには変わりませんが」
「なるほど」
管境との会話で出てきた魔薬というのは、日本で同じ響きを持つ麻薬とは意味合いが大きく異なり、どちらかと言えば治療薬のことを指し、日本ではポーションという響きが一番しっくりくることだろう。
そしてその魔薬の原料になるのが魔草と呼ばれる魔法的な効果を持つ薬草だ。
魔草は基本的に空間的な魔力濃度が高い場所――要するに魔境にしか自生しておらず、それ故に採取する難易度を考慮してみても、その絶対数はそれほど多くはない。
そうなれば当然、魔草から作られる魔薬の数も少なくなり、需要に比例する形で値段も高くなる。
だがここ〈天竜山〉では、他の魔境に比べて魔草の群生地が多くあり、さらにはその群生地が町の近くにあるということもあって、全体的に魔草が多く採取され、町に出回る魔薬の量も多くなっているらしい。
(確かに、俺の場合は致死的な損傷なら逆に治るんだろうけど……寧ろ中途半端な損傷だと自分では治せないからなぁ)
そう、零の場合、死に至るような損傷を受けた場合には、自動的に《時間反転》が発動して、損傷を受ける前の状態へと体が復元される。
だが、逆にそうでない場合――軽い損傷の場合には《時間反転》が発動されず、加えて自分の意志で発動させることもできないのだ。
(そのことを考えれば、魔薬を持っておくというのはありかもしれないな)
そんなことを考えながら、零はその他にも色々と管境から話を聞いて、切りが良くなった所で席を立つ。
「さて、じゃあそろそろお暇させていただきます。色々と話が聞けて良かったです」
「こちらこそ。お役に立てたようなら何よりです」
軽く管境との最後の挨拶を交わして、零たちはそのまま〈冒険者管理局〉を後にしたのだった。




