第八話 当然だろ
□■神楽零
破音領に到着した翌日、零は勅命である切裂虎の討伐を行う前の情報収集をするため、町の中にあるとある場所へと向かっていた。
当然、観光が好きな天照はもちろんのこと、頭の上には万衣が、隣には月詠もまた一緒になって町の中を歩いている。
城下町の活気は天眼領と比べて大差はないが、行き交う人々の中に、騎士ではない武器を持った者たちが多く見られるのは、この町の特徴的なところだろう。
それはこの地が魔境と呼ばれ、同時にここが絶好の狩場であるということを示している。
「なんやごっつい人たちが多いなー」
「まぁ、彼らが冒険者っていうやつなんだろうな」
冒険者。
それは日本の小説やアニメなどで出てくる、架空の職業の名前だったはずなのだが、なんとこの世界には正式な職業として存在している。
彼らの職務は、魔境に住む魔獣を討伐し、その素材を持ち帰って町へ卸すこと。
基本的にはそれだけであり、よく見られるような何でも屋としての側面は薄い。
加えて、世界を股にかけた万国共通の職業……というわけでもなく、身分が保証されるのはその町限定であり、多くの場合魔境にしか冒険者という職は存在しない。
それは魔獣の――正確に言えば魔境に住む魔獣のとある生態系によって、冒険者という職が成立しているためである。
「冒険者なー……確か、れいやんの記憶にもそんなんがあったような……これは偶然やろか」
天照はまるで推理をする探偵の真似をするかのように、顎に手を当てながら考える素振りを見せる。
確かに面白い仮説ではあるのだが、彼女が探偵だというのなら、それはあまりにも間抜けな探偵だと言わざるを得ないだろう。
「……どうだろうな。少なくとも、お前がそんな記憶まで覗いていたってことはよくわかったよ……お前、いったいどんだけ俺の記憶を覗いてるんだ?」
「……あ、いやー……」
自分の失言に気づいたのか、天照はわかりやすく誤魔化すかのように、視線を宙へと泳がせ始める。
すると何かに目が留まったのか、天照はここぞとばかりにそちらの方へと指をさす。
「……あっ! れいやん、れいやん! あそこ! 武器屋があるでー! れいやんも武器とかなんや好きやろ!? ちょっと見てみよやー!」
「あ、おい!」
天照はそれだけ言うと、颯爽と自分が指さした方角へと走り去ってしまう。
彼女の向かった先には、確かに一軒の武器屋が建っており、中には武器や防具などが豊富に置いてあることだろう。
ただそれらは全部、零としては間に合っているし、今更見るようなものでもないのだが……
「まったく…………この辺りも人が増えてきたな」
「そうね」
ふと周りを見てみると、いつの間にか多くの人々によって賑わってきている。
はぐれるようなことはまずないだろうが、何となく女性を一人で歩かせるには、少しだけ憚られるような気がした。
「ん」
「?」
零が月詠にその手を差し出すと、彼女はその手の意味がわからないのか、コテッと首を傾げる。
「危なそうだからな。手でも繋いでおこうかと思ったんだが……まぁ、いらないならいいが……!」
迷惑だったかと思って、零が差し出した手を下げようとすると、月詠はハッとして我に返ったように、両手で零の手を掴んでくる。
いきなりのことで、零にとっても少しだけ動揺したが、それ以上に月詠の顔が赤くなってそっぽを向いていることに目が行ってしまう。
「……ありがとう。気遣ってくれて」
両手で掴んでいた手を片手に持ち替えながら、月詠は余った手の方で袖を持ち上げて、口元を隠すように添える。
「……どういたしまして」
何となく零の方も気恥ずかしくなってきて、零は柔らかな月詠の手を握りながら、天照が見つけた武器屋へと歩いて行った。
△▼
武器屋の中には所狭しと剣やら鎧やらが置かれており、清潔感があるかと言われれば微妙だが、品揃えだけは豊富にあるように見えた。
「あ! れいやん! れいやん! これなんてどうや!」
するとそこへ、何やら両手に剣を持った天照が、零にそれを薦めるかのよう押し付けて来るので、仕方なく手に持って装備してみる。
「双剣か。しかもそれなりに重さがあるな」
天照が持ってきたのは、二本で一組となっている双剣だ。
材質からして、何かの角を素材にしているようで、その大きさに見合った重量感が確かに感じられる。
そしてその双剣からは、ほんのりと馴染む魔力が感じられた。
「せやろー。れいやんなら重さはあんま関係あらへんやろーし。二本やったら、手数も増えてええと思うてなー! どうや! どうや!」
「まぁ、悪くはないだろうな」
確かに零であれば、特級魔戦士としての身体能力に加えて、《重力操作》による補助を合わせてしまえば、重さによる不利はないに等しい。
加えて二刀流なら、天照の言うように手数が増え、《時間加速》と併用すれば、近接戦での手数で負けることはまずないだろう。
だが……
「まぁでも、俺にはまだこれがあるからな」
零はそう言って、腰に下げている一本の刀へと手を伸ばす。
この刀は二人と出会った直後、速風から剣術指南の修了証としてもらったものだ。
教わった期間はほんの数日しかなかったのだが、「もう儂に教えられることはない」と言って、わざわざ零のために用意してくれたのである。
別にいいのにとも零は思ったのだが、何気に使い勝手も良く、今まで何かと世話になってきたのもあって、少なくともこの刀が折れるまでは、今の主装備を変えるつもりはなかった。
「零」
「?」
ふと月詠の声がして後ろへと振り返ると、何故かこちらは一組の籠手を持って零の前に差し出している。
それがどこか天照に対抗意識を燃やしているように見えるのは、零の気のせいなのだろうか?
「これなんてどうかしら? あなた、素手で戦う時もあるでしょうし、こういうのが必要じゃないかしら?」
月詠の手に握られているのは、何かの鱗を素材にしたと思われる籠手だった。
確かに零が最も得意としているのは、剣術ではなく格闘術であり、武器が無くなれば素手で戦うこともあるだろう。
格下相手であれば、《重力操作》を使って手を保護することで、武器とも渡り合うことができる。
だがもし、何かの要因でそれすら難しくなる制約がかかれば、籠手の有る無しで取れる手段も大きく変わってくることになるだろう。
実際、速風と殺し合いをした時なんかは、もし腕を守れる装備があったのなら、もう少し強引に攻めることもできていたように思う。
零は月詠から籠手を受け取ると、実際に腕へと嵌めてみる。
多少大きさを合わせるのに調整が必要だろうが、付けた感触としては悪くない。
そして天照が持ってきた双剣と同様、僅かに宿る魔力が感じられた。
「確かに、こういうのがあっていいかもなぁ。まぁ、今回の狩りで必要そうなら、考えるが。わざわざここで魔装具を揃えなくてもいいだろう」
魔装具。
それはこの籠手や双剣のように、武器に魔力が宿ったものの総称だ。
その力は素材や加工する者の腕にも左右されるが、基本的に魔力の宿っていない武器と比べて、基礎性能が段違いに高くなる。
主に魔獣の素材から作られる魔装具と、魔鉱石と呼ばれる魔力の宿った鉱石類から作られる魔装具の二種類が存在しており、天照と月詠が持ってきた二つは前者に当たるものだ。
その特徴として、素材に残された残留魔力が装備者の身体能力を強化するというものがあり、これは武器を加工する技術さえあれば、特別な魔法を用いずに作ることが出来る。
強力な魔獣が闊歩し、その素材が多く手に入るこの魔境ではよく見られる装備だ。
「そういえば、お前らの武器はいいのか?」
ふと気になって、零は魔装具を元に戻しにいく二人に聞いてみる。
考えてみれば、彼女たちは自分の装備というものを持っていない。
基本的に彼女たち自身が戦うことはないのかもしれないが、実体化している時の備えとして、少しは身を守る術が必要ではないだろうか?
「うーん……せやなー。確かにその辺のことは、なーんも考えてあらへんかったなー」
「そうね。そもそも私たちって、あまり戦った経験ってないものね」
「せやなー。基本内らって、霊体になっとけば何とかなるからなー」
天照の言う通り、彼女たち精霊は実体を解いて霊体になってしまえば、少なくとも物理的な干渉は一切受けなくなる。
そうなればほとんど無敵になるのだが、その代わり依り代もなく、魔力を物質化しているわけでもないため、魂が不安定となり、それを維持するために魔法の使用に大きな制約がかかるのだ。
因みに彼女たちが連合国での盗賊団討伐に際して、実体化したまま留守番をしていたのはそのためである。
「それにこの程度やったら、自前の方が頑丈やからなー」
そう言って、天照はすぐ近くにある鎧をコンコンと叩く。
確かに天照の言う通り、今彼女たちが着ている着物は、その辺にある防具に比べて圧倒的に性能が高い。
だがそれは寧ろ当然であり、たかが五級、四級の魔獣から作られた防具が、一級の魔力量を誇る精霊が実体化させたものに劣るはずがないのだ。
加えて、別に防具じゃなくても、今更彼女たちが武器を持ったところで、真面にそれを使いこなすことができないだろうから、彼女たちにとって武器や防具の有無に、大した違いはないのかもしれない。
「まぁ、必要ないならいいが……最低限自分の身は自分で守ってくれよ。俺がいつでも対処できるわけじゃないからな」
彼女たちが実体化しているということは、同時に、彼女たちにとっては唯一と言っていい弱点を晒しているということでもあるのだ。
それも直接戦闘が苦手な二人にとっては特にだ。
そんな時に、いくら零が強いとは言っても、いつでも彼女たちを守れるとは限らないのだから。
そんなことを考えていると、何やら天照がニマニマしながら零の顔を覗き込んでくる。
「なんやー? 内らのことを心配してくれるのかえ?」
「? 何を言っている、当然だろ」
何を今更と、零は当然のように見つめ返しながら、天照に答える。
確かにまだ出会ってから、零と彼女たちの付き合いはまだ一月ほどしか経っていない。
だがそれでも、逆に言えばそれだけの時間を、零は彼女たちと一緒に過ごしているのだ。
そうなれば零にとっても、彼女たちはもう赤の他人と呼べるような存在ではないのだから。
「……ふーん……そっか」
少しだけ惚けたように固まっていた天照だが、ふと我に返ったように零から目を逸らす。
髪をクルクルと弄りながら背を向けると、ほんのりと赤くなったその耳がよく見えた。
「?」
そしてふと、月詠の方にも目を向けると、何故かこちらも零に背を向けており、その髪の間から見える耳の先が、少しだけ赤いように見えた。




