第四話 謁見と叙任 後
□■神楽零
特級魔戦士――
それは一級よりもさらに上位に位置する絶対的な存在。
過去の長い歴史の中でも、その等級にまで至れた者は、果たして数十人いるかどうかとさえ言われている。
その伝説は様々で、今も残る神剣を生み出したり、一夜にして一つの国を滅ぼしたり、大陸を襲った邪神を封印したりと、留まるところを知らない。
そんな御伽噺を越えた伝説的な存在を前にして、落ち着いていろと言う方が無理な話ではある。
(まぁ流石に、俺もそこまでになるとは思っていなかったからなぁ)
零も少し前、連合国での一件が終わってから、美咲に指摘されて初めて気づいたという経緯がある。
「お主、魔力が増えておらぬか?」という一言から始まり、実際に魔光石を使って調べてみれば、本当に光らないのだから、流石にその時は美咲と目を合わせて押し黙ったものだ。
因みに、魔光石が光っていないように見えるのは、出てくる光が紫外線になってしまっているためである。
「この度はご報告が遅れてしまい、誠に申し訳ございません」
そう言って、心悟は深々と王に頭を下げる。
場合によっては、傍から見た時に、心悟が王に対して虚偽の報告をしたという風にも捉えられかねないため、内心では少しだけヒャヒヤしているのではないかと思う。
「う、うむ。まぁ、時にはそのようなこともあるのだろう。今は帝国との戦の最中。力のある騎士はどうであれ歓迎すべきだろう」
「寛大なるご恩情、感謝いたします」
王の放ったその一言によって、謁見の間からは衝撃の波が引いて行き、次第に零を歓迎する雰囲気へと変わっていく。
特に王の言った「戦」という単語に、多くの者が反応したように思う。
現在王国は、北にある氷華帝国と戦争状態にある。
ここ最近は何故だか一向に攻め込んできていないようだが、いつまた戦端が開かれるのかわからない。
加えて、貴族たちの表情が気持ち明るいのは、恐らく敵と同格の味方が現れてくれたからなのだろう。
特級魔戦士とは確かに伝説上の存在ではあるが、零が来る前のこの時代にも、存在していなかったわけではない。
「ところで神楽殿に問うが、其方はこことは異なる世界からやって来たと聞いたのだが、真か?」
「真にございます、陛下。私はこことは異なる世界、異世界より参った“渡り人”にございます」
王の突然の話題変化に、零は特に動じることなく答える。
ここへ来る以前に、零の情報は既に大方、心悟が伝えているのだから、今更零が“渡り人”であるかどうか聞かれたところでどうということはない。
だがほとんどの貴族たちは初めて聞いたのか、驚いたというよりはどこか戸惑っているように見える。
「もしや、それ故にあれほどの力が……」
ある一人の貴族がポツリとそんなことを呟く。
彼らにとって、特級魔戦士とは並の人であれば決して辿り着くことのできない境地であり、そこに至ったことと、零が“渡り人”であるということを結び付けるのは極自然なことだろう。
実際、その推察は決して的外れというわけでもない。
「ふむ……其方はあの日、天にまで上る光の柱を渡って、この地へやって来たそうだな」
「……私にその時の記憶はございませんが、そのように考えるのが妥当かと思われます」
王の言葉に、零は肯定の意味を含めて返す。
それを聞いた一部の貴族たちは、今の問答でわかる可能性に気づいたのか、どこか落ち着きが無いようにソワソワとしだす。
「一つ聞きたい、其方のような存在が、他にも居るのか?」
貴族たちが最も気になっているだろうことの核心を突いた質問に、謁見の間は静寂の空気に包まれる。
「居ります。少なくとも、各地で見た光の柱の数だけ、我が同胞がこの地でさ迷っていることでしょう。私たちはもう、元の世界に帰ることは叶いませんから」
この言葉によって、この場にいた全ての貴族たちは理解しただろう。
彼らはこの世界で、“渡り人”が来た際に生じた光の柱を目撃したはずだ。
その中に零のような“渡り人”――強力な力を持った存在がいるかもしれないともなれば、取り込まない選択肢などあるはずがない。
この瞬間を機に、これから“渡り人”の捜索が本格的に始まることになるだろう。
「そうか……其方のいた世界というのは、いったいどのような場所だったのだ?」
「…………」
これは少々面倒な質問だなと零は思う。
この世界と地球とでは、価値観が大きく違うのだから、一つの事柄を説明するだけでも、相当な労力が必要になるはずである。
それを面倒だと思わずして、いったい何と思えば良いのだろうか?
「……恐れながら、この世界と私のいた世界とでは、余りにも文明、文化が異なり過ぎております。この場を借りて語ろうものなら、さわりの部分すら語ることはできますまい。どうかそれにつきましては、別途お時間をいただき、お聞かせしたく思います」
「……うむ、そうか。其方が言うのであれば、そうすることにしよう」
取り敢えず納得してくれたようで、零はそっと胸を撫で下ろす。
「さて、これが最後の確認なのだが、其方は確か“精霊の愛し子”でもあったはずであるな。其方と契約されている精霊様をお目にかかることはできるのか?」
「それは……!」
零が中にいる二人に確認を取るよりも先に、天照がひょっこりと零の隣に姿を現す。
「呼んだかえ」
「…………」
続いて月詠も零の隣に顕現し、再び広間は騒然とした空気に包まれる。
「おぉ!」
「あれが精霊様か」
「初めてお目にかかった」
「しかも二柱とは」
流石はこの世界においても超常とされる存在だけあって、貴族たちの視線には、彼女たちに対する畏敬の念が籠められていることがわかる。
「おぉ。内らのことながら好印象やなー」
「……まぁそりゃあそうだろうな」
この世界に住む人間にとって、精霊とは自分たちの上位存在であり、地球における神様に似たような立ち位置にある。
その証拠に、彼らは基本的に精霊のことを「精霊様」と呼んで敬っているのだから。
「其方らが、神楽殿と契約なさっている精霊様か?」
「そうやえ。内は天照。でー、こっちがー――」
「月詠よ」
「ほな、そういうわけやから。れいやん共々よろしゅうなー」
「……おい」
そう言って、天照は気さくに王に向かって手を振ってみせる。
それだけなら別に零としても文句を言うつもりはない。
彼女たちはそもそも人間ではないのだから、零と同じように王に対して礼儀を取る必要なんてない。
だが……
(なぜ頭を撫でる)
零が膝を折ってちょうどいいところに頭が来るのをいいことに、何故か天照は零の頭を撫で回している。
しかも撫でている本人は非常にご満悦そうなのが、さらに憎たらしい。
後で拳骨を入れようと心に決めながら、零は頭上にある天照の手を払い除ける。
「うっうん! さて、いろいろと驚かされてしまったが、これで神楽殿の実力も概ねわかったように思う。彼を近衛騎士団、〈天啓の曙〉へ所属させることに異論のある者は居るか?」
王の言葉に、広間は一度静寂な空気に包まれ、異論を挟む者がいる様子はない。
「よろしい。では我、明護王国国王、明護裕也の名において、汝、神楽零に伯爵の爵位を与え、近衛騎士団、〈天啓の曙〉第三席に任ずる」
王はそう言うと、側近が差し出した刀を両手で持ち、そのまま零の前まで歩み寄る。
零は片膝の体勢のまま、王が差し出した刀を両手で受け取ると、一度頭上に掲げてから、それを腰に下げて帯剣する。
これがこの世界における叙任の作法であり、「与えられた刀を以て、我が敵を打て」という意味が込められているのだそうだ。
「続いて、騎士となった其方に、余から最初の任務を与える」
「?」
「勅命である。これより魔境〈天竜山〉へと赴き、そこに巣くう切裂虎を討伐せよ!」
(……は?)
叙任されて早々、いきなり初任務を言い渡されるとは思わず、心の中で間抜けな声が漏れるが、騎士となった以上、零が言うべき答えは一つしかない。
「はっ!」
零は内心での考えとは裏腹に、王の勅命を了解し、この度の謁見と叙任は終了した。




