第三話 謁見と叙任 前
□■神楽零
天照と月詠と、天眼領での最後の観光をした翌日、零たちは予定通り馬車に乗り込んで、王都に向けて出発していた。
天眼領から王都まではそれなりに日数は掛かるそうだが、急ぐ旅でもないため、特段気を張るようなこともない。
気楽に王都へと向かうだけ。
そのはずだったのだが……
「…………」
「……! ふんっ!」
(……完全に拗ねてるなぁ……)
零は向かいの席に座っている美咲の方を見るが、彼女は零と視線が合うとすぐに目を逸らして窓の外を向いてしまう。
もう既に、天眼領を出発してから丸一日が立っているというのに、彼女の機嫌が直りそうには見えない。
(いや、まぁ。確かに誘わなかったのは悪かったと思ってはいるけど……)
美咲が拗ねている理由は単純で、零が天眼領最後の観光に誘わなかったことが原因だったりする。
元々一人で気ままに回るつもりだったのだが、丁度いいところに天照と月詠が便乗してきて、そのまま町へと繰り出してしまったため、美咲のことを完全に忘れていたのである。
強盗未遂を片づけてから城へと戻った時には、美咲はとてもいい笑顔で「楽しかったかのぅ?」と言いながら、言いようのない圧を放っていた。
一応その時に軽く謝りはしたものの、それ以来ずっと口を利いてくれなくなってしまったのである。
「美咲、そろそろ機嫌を直してくれないか。機会があればまた誘うからさぁ」
「……別に、妾は拗ねてなどおらぬ。だから気にするでない」
「いや、自分で言っている時点で相当拗ねているだろ」
どうやら、もうしばらくは時間が必要であるらしい。
美咲の隣で、心悟は「大変そうだねぇ」とでも言いたげな笑顔で、こちらを微笑ましそうに見ている。
因みに今は、天照と月詠は零の傍にはいない。
今回の王都行きには、心悟と美咲だけでなく、小夜子と彰も同行しており、天照と月詠はそちらのもう一台の馬車の方に乗車している。
美咲が零と同じ馬車に乗っているのは、小夜子の計らいによるものだが、どうにもこのままでは、その御厚意も無駄になってしまいそうではある。
それからまたしばらくの間、馬車に揺られていると、徐に美咲がポツリと呟く。
「王都は久しぶりじゃな」
美咲は窓から視線を外して、隣にいる心悟の方を見る。
「いつ以来じゃったかのぅ」
「確か、美咲が十二の時じゃなかったかな? 私が王都で用事のあった時に一緒に付いて来て、勝手に屋敷を抜け出して連れ帰るのが大変だったんだっけ?」
心悟はそう言いながら、何かを確かめるように美咲に向かって笑いかける。
その笑顔には全く悪意を感じないというのに、言いようのない圧を感じる。
そんな笑顔に美咲はたじろいで心悟から目を逸らす。
どうやら前に一度やらかしたことがあるらしい。
「……うむ……確かに、そんなことがあったような気がするのぅ……じゃが要するに、妾一人でほっつき歩かなければ良いのじゃろ?」
そう言って、美咲はチラッと零の方を見る。
その視線が、いったい何を期待してのものなのかはなんとなくわかる。
流石にここまで来れば、こっちから切り出さないわけにはいかないだろう。
「俺は王都の地理にはあまり詳しくないからな。向こうで暮らす以上、その前に最低限のことは知っておきたい。だからまぁ、もし良かったら、俺と一緒に回ってくれないか」
零がそう言うと、美咲はようやく口元に笑みを浮かべる。
「…………まぁ、それで手打ちにしてやるかのぅ……楽しみにしておるぞ」
「あぁ」
楽しみにしているとは言われても、正直今のところは無計画なのだが……
王都に着くまでに、何かしら考えておいた方が良いのかもしれない。
それからは特に何もなく、零たちは数日後に目的地――明護王国王都へと到着した。
△▼
王都に到着した翌日、零は天眼家の別邸で一夜を過ごしてから、王城の一室で謁見が始まるのを待っていた。
『なんや、れいやん。珍しく緊張しているのかえ?』
(……まぁ多少はな。今回は俺が当事者だからなぁ)
零の僅かな気の乱れに気づいたのか、体の中にいる天照がそんなことを聞いてくる。
連合国で獅子王と謁見した時には、零はただの添え物でしかなかった。
だから緊張することなどなかったわけだが、今とあの時では立場が真逆になっている。
(まぁだからと言って、やることが何か変わるわけでもないんだけどな)
緊張していようといまいと、それで零のすることが変わるわけではない。
ただ王様に会って、騎士としての叙任を受けるだけの話だ。
それからまたしばらく、零と一緒に謁見に望む心悟と待っていると、程なくして迎えの者がやって来る。
「さて、それじゃあ行こうか」
「えぇ」
そして王城の無駄に長い廊下を渡り、煌びやかに装飾された扉の前までやって来る。
どうやらこの先が、王の待つ謁見の間であるらしい。
心悟と並んで扉の前に立っていると、程なくして目の前の扉が開かれる。
広間の奥まで続く道の両側には、貴族と思われる人達が整列し、その多くの貴族が零のことを奇異な視線で見つめていることに気づく。
「あれが噂の……」
「しかし若いな」
「あれで一級とは」
「まだ子供ではないか」
広間の奥へと進むにつれて、ふとそんな会話が聞こえてくる。
確かに今の零の年齢は十九であり、この世界では既に成人の身であるものの、それが騎士、ましてや一級魔戦士ともなれば、子供と呼ばれようとも仕方がないだろう。
この世界における一級魔戦士とは、生まれた瞬間から才能に恵まれ、さらにそこから命懸けの戦いに身を投じて初めて至ることが出来る境地なのだ。
四十を超えてから一級に至るということも珍しくなく、それがたった十代の若造で至ったともなれば、物申したい奴の一人や二人は出てくるだろう。
因みに、この世界での一年は、地球での一年よりも少しだけ長かったりもする。
(まぁ残念なことに、もうそんな次元の話でもないんだよなぁ)
周りにいる貴族たちの不毛な推察を聞き流しながら、零は正面で玉座に座る一人の人物に目を向ける。
(あれが王様、ねぇ……)
そこにいたのは太陽を思わせるオレンジ色の髪と髭に、同色の瞳を宿した中年の男性だった。
年相応に四十台前後に見えるその顔立ちは、おおらかと言えば聞こえはいいのだが、正直あまり王としての威厳や覇気と言ったものは感じない。
そんな中々失礼な感想を思い浮かべながら、零は玉座の前に跪いて頭を垂れる。
「面を上げよ」
王の言葉に従って、零は下げていた頭を上げる。
「其方が神楽零か?」
こちらを確かめるように見てくる王様に、零はもう一度頭を下げる。
「お初にお目にかかります、陛下。神楽零と申します」
「ふむ。随分と若いな」
「はっ。生まれてより二十回目の春を迎えたところにございます」
零がそう言えば、謁見の間の至る所からざわめきが起きる。
そのざわめきに耳を傾けてみれば、零が見た目通りの年齢であることに改めて驚いているようだった。
因みに、素直に年齢を口にしなかったのは、この世界での一年と地球での一年の長さが違うためだ。
「そのような年で一級とは……まずは其方の力を確かめさせてもらおう」
王の言葉を合図にして、零の前に綺麗に磨かれた水晶玉のような石が置かれる。
その石の名前は魔光石。
石に触れた魔力に反応して、その魔力濃度に応じた波長の光を発するというものだ。
濃度が低ければ波長は長くなり、濃度が高ければ短くなる。
その性質を利用して、これまで人の魔力量を計測するのに使われてきた鉱石だ。
魔光石について調べた時に、人の魔力に反応して発せられる光の波長領域が、通常は人の可視光の領域に当たると知った時には、何とも面白い偶然があるものだなと思ったものである。
そしてその魔光石が目の前に置かれたということは、零の魔力量を見せろということに他ならない。
だが、「魔光石を使ったところで意味はないだろうなぁ」と思いながら、零はお望み通り、その表面に手をかざしてみる。
すると……
「? どういうことだ?」
「…………」
案の定と言うべきか、零が触れた魔光石に、目に見える変化は何も起こらなかった。
その事実に、周りにいた貴族達にも動揺が走る。
本来であれば一級の魔力量を示す紫色に光るはずなのに、そうでなくても、何かしらの反応を示すことが普通であるのだから、貴族たちの動揺も理解できる。
中には零の実力が出任せではないかという声も上がるのだが、ほんの少数の、魔光石の反応がない本当の理由に気づいた者たちは、ただその場で戦慄するのみだった。
「恐れながら陛下、それについては私の方からご説明させて頂けないでしょうか?」
「? 天眼辺境伯? どういうことなのだ?」
広間のざわめきがより一層大きくなり始めたところで、心悟の王に進言する声が広間に響く。
この場に零を連れて来た者であり、他者を見通すことに絶対の信頼がある天眼家当主の言葉に、広間にいた貴族たちもまた彼の言葉に耳を傾ける。
「恐れながら、この度陛下には、神楽殿の等級は一級であるとご報告させて頂いたと思います」
「うむ。そうであるな」
それはただの事実確認であり、王もまたそのことに関して異論を挟む様子はない。
「ですがその後、神楽殿は度重なる修行を経て、遂にその等級をも超えるまでに至ったのでございます」
「!」
心悟の放ったその言葉に、広間にいた全ての者たちが戦慄する。
その言葉がいったい何を意味するのかということを、その場にいた全ての者たちが理解したが故だった。
「神楽殿は一級ではなく、特級魔戦士にございます」
心悟の放ったその事実に、謁見の間は今日一番のざわめきに支配されることになった。




