第二話 最後の観光
□■神楽零
連合国での一件が終わってから少し経ったある日、零は天照と月詠を連れて、天眼領の町の大通りを歩いていた。
「れいやん! 速く、速くー!」
「わかったから。あんまり引っ張るな」
腕を強引に引っ張られて、零はされるがままに、天照の後に付いて行く。
腕に抱きつかれている関係上、それなりにある二つの感触が服越しに伝わってくるのだが、それに彼女が気付いている様子はない。
恐らく素でやっているのだろうが、わざわざ言って聞かせるようなことでもないだろう。
「おーじちゃん! 串焼き三本頼むでー!」
連れていかれた先で、天照は親し気に屋台の店主へと注文する。
「へい、いらっしゃい! おっ! なんだー? 今日は彼氏さんと一緒なのか?」
「かっ、彼氏!?」
軽く屋台の店主に茶化されただけなのだが、天照はわかりやすいように顔を赤らめて口元に袖を添える。
何と言うか……本当にわかりやすい。
「……別に……そんなんじゃ…………まだ……」
「…………」
これはどう答えればいいのだろうか?
小さな声で恥ずかしそうに言うその姿は、可愛らしいと思うが、非常に反応に困る。
「まだ」ということは、彼女の中ではいずれそうなる予定なのかもしれないが、今の彼女たちとの関係は、あくまで契約上のものでしかない。
それに彼女には悪いが、その気持ちに応えられるほど、今の零には余裕なんてなかった。
「あはははは。そうかい。そうかい。兄ちゃんは愛されてるなー!」
「……そりゃどうも」
ニカッと笑う店主に代金を払って、零は焼き立ての串焼きを四本受け取る。
「?」
「一本はおまけだ」
「……ありがとうございます」
別に気を回さなくてもいいのにと思うが、ご厚意は素直に受け取っておいてもいいだろう。
「ほれ、お前も」
「……ありがとう」
「?」
天照に一本を渡して、月詠にも一本渡したところで零は少しだけ違和感を覚える。
(少し機嫌が悪い?)
彼女たちと出会ってから既に半月ほどが経ち、それなりに彼女たちのことがわかるようにはなってきた。
その目を通して見れば、月詠がどこか不機嫌そうに見えるのだが、それが何に由来するものなのかは今一わからない。
(まぁ、わざわざ聞くことでもないか)
月詠のことは一旦置いておくとして、零もまた一本の串焼きを手に取って、自分の頭の上へと持って行く。
「お前も食べるか?」
零は自分の頭に乗っている一匹の黒猫に声を掛ける。
黒猫はクンクンと匂いを嗅ぐと、起用に具材を串から取って咀嚼する。
「ニャー」
「そりゃあ良かった」
その黒猫――万衣の分身体はもう一つとでも言うかのように、その小さな口を開けてお代わりを要求してくる。
零もそれに応え、彼女の前に串焼きを持って行って食べさせる。
連合国から帰って来てからというもの、万衣の分身体である黒猫は、だいたい零の傍にいるようになった。
と言うよりも、ほぼずっと一緒にいる。
元々少しでも一緒にいたいという思いで連れて帰らされたのだから、何も間違ってはいない……いないのだが、こうも一緒にいてしまうと、折角突き放した意味がないように思えてくる。
とは言え、今更送り返すわけにもいかず、だからと言ってもこっちでも突き放すわけにもいかないだろう。
「れいやん、れいやん!」
「ん?」
「はい。あーん」
(…………いや、ちょっと待て)
そんなことを考えていると、隣を歩いていた天照が、何故か最後に残った一本を零の口の前に持ってくる。
「……これは?」
いったい何を期待しているのか何となくわかるが、一応念のため聞いてみる。
「れいやん。まだ自分の分食べてないやろ?」
「いや、そうだが……」
確かにさっきまで万衣に串焼きを食べさせていたせいで、零はまだ自分の分を食べていない。
右手は万衣の串焼きで、左手は串焼きが入っていた皿で塞がっているため、一見食べづらそうな体勢に見えるのもわかる。
だがだからと言って、わざわざ天照に食べさせてもらう必要なんてない。
零が天照に苦言を呈そうとすると、それよりも先に隣から少しだけ不機嫌そうな声が聞こえてくる。
「姉さん。そういうのは公衆の面前でするものじゃないと思うわよ」
声の主である月詠の方を見てみると、やはりどこか不満そうな表情を浮かべているように見える。
「つくよん、なんか怒っとる?」
「? そんなことないわよ?」
「「…………」」
天照が怒っているのか聞いてみれば、月詠はすぐに普段の表情に戻って首を傾げる。
その反応から察するに、どうやら本人に不機嫌という自覚はないようだった。
「……何よ」
「…………まぁ、せやな。ちょっとはしゃぎ過ぎたようやわー……」
天照はそう言うと、持っていた串焼きを零が持つ皿の上へと戻す。
「れいやんもごめんな」
「いやまぁ……」
ちょうど万衣も串焼き一本を食べ終わったところで、零も自分の分を取って口の中へと運ぶ。
「美味いな」
零が素直な感想をこぼせば、串焼きを進めた天照は嬉しそうに笑う。
「せやろ。あのお店はみさやんに教えてもろうた店でなー。内も結構気に入ってるんよー。特にこの串焼きの焼き加減が絶妙でなー!――」
それから零は串焼きの味に舌鼓を打ちながら、天照の案内で町の中を観光する。
美咲のことを「みさやん」と呼んでいる彼女は、美咲からおすすめの店などを聞き出しては、よく月詠と一緒に町を散策しているため、もうそれなりに町のことにも詳しくなっていた。
だが……
「この町も、今日で最後なんやなー」
町の様子を眺めていると、ふと天照がそんなことを呟く。
「まぁ、そうだな」
天照の言うとおり、零がこの町で過ごすのは、今日で最後になる。
ようやくと言うべきか、やっと近衛騎士団の方で、零の受け入れ態勢が整ったらしい。
明日にはこの町を発って、王都へと向かうことになる。
今はその前の最後の一時を過ごしていると言ったところだ。
「とはいえ、また来ようと思えば、いつでも来られるだろ」
当然、今のところ零の傍を離れるつもりがない天照と月詠もまた、零と一緒に王都へ来るわけだが、二度とこの町に戻れないというわけではない。
遊びに来ようと思えば、またこの町に来ることもできるだろう。
「それもそうやな」
それからまた最後の観光を再開させ、町の中をぶらぶらと歩いていると……
「キャー!」
「「「!」」」
突然何かが壊れるような音と、複数人の悲鳴が耳に入って、零たちはそちらの方へと目を向ける。
するとそこでは、何かが入った袋と武器を手にした男たちが複数人、一件の店から大通りに出てきて走り去っているところだった。
(この世界でも強盗っているんだなぁ)
この世界に来て、初っ端からそれをやった者の台詞ではないかもしれないが、零はふとそんなことを思ってしまう。
(とはいえ、一応捕まえておいた方が良いかねぇ)
どのみち騎士団が捕まえることになるのだろうが、この場に居合わせた以上は、現行犯で捕まえておいた方が良いだろう。
零は《重力操作》を発動させ、地面に這いつくばらせるように、男たちを拘束しようとする。
するとどうやら、男たちを拘束しようと考えたのは、零だけではなかったらしい。
(およ?)
零が魔法を発動させたのと同時に、辺り一帯に“夜”が訪れる。
周りの人たちに影響はないが、強盗犯の男たちは、“夜”に飲まれるのと同時に意識を失い、零の重力によって地面へと叩きつけられる。
どうやら今回は、対象を先に選択してから発動させたらしい。
本当は“夜”に気づいた時点で止められたら良かったのだが、生憎と振り下ろされた手を咄嗟に止めるのは難しいのだ。
すぐに重力を解除するのと同時に、今まで周りを覆っていた“夜”もまた消え、再び昼の青空が姿を現す。
「気が合ったな」
零は後ろへと振り返り、さっきまで“夜”を生み出していた月詠に声を掛ける。
「ふふ。そうね」
零に応えて、月詠は同意するように小さく笑う。
そのどこか嬉しそうな笑みは、さっきまでの不機嫌が嘘だったかのように、どこか上機嫌に見えた。




