第一話 羨ましいだけ
お待たせしました。
本日より第四章投稿開始です。
□■月詠
恋をしてみたい。
そう思うようになったのは、いつからだろうか?
切っ掛けが何だったのかは覚えていない。
ただ気づいた時には、そう思うようになっていた。
まるで箱に捕らわれたお姫様が、外からやって来た男に恋をして、外へと連れ出されるような。
そんな劇的な恋。
だから少しだけ、今の天照のことが羨ましかった。
彼女にはもう、心から恋い慕う相手がいるのだから。
その相手というのが、今も月詠たちの傍にいる零だ。
彼との出会いでは一悶着あったけれど、それ以前に月詠たちは彼のことを知っていた。
というのも、元々寄っていた町で大きな騒動があれば、嫌でも目に入るというものだ。
だけど最初、月詠は零と関わるつもりなんてなかった。
寧ろ関わらないようにしようとさえ思っていた。
彼の力は月詠たちと同じかそれ以上で、何かあったらいけないと、すぐに町から離れるつもりでいた。
だけどそれを止めたのは、他でも天照だ。
彼女は何を思ったのか、もう少し彼を見ていようと言い出したのだ。
楽しいこと、賑やかなこと、目新しいことに目がない姉には、零が好奇心の塊にでも見えたのかもしれない。
確かに異世界から来た存在なんて、そう簡単に会えるようなものでもないし、ある意味で彼女のお眼鏡に適うのは、寧ろ必然だったとも言える。
その時の月詠もまた同じように考えて、また姉のいつものことだとそれで納得していた。
だけれど、今思い返してみると、その時の姉の様子はどこかいつもと違っていたように思えて来る。
それから月詠と天照は、零の隣で彼の様子を見届けるようになった。
本当はすぐにでも姉を引っ張って、零から距離を取りたかったのだけれど、一度興味を持ってしまった姉は梃子でも動かないから、仕方なく月詠も付き合う破目になってしまった。
無鉄砲な姉は、何かと見張っておかないと何をするのかわかったものではない。
そうして、姉に付き添う形で零のことを見るようになって、月詠が最初に抱いた彼の印象は――「凪」だった。
彼の魂には、他者に向ける感情の起伏がほとんどなかったのだ。
まるで、他人のことを風景の一部としか見ていないかのように、彼は他人のことに興味を持っていなかった。
いや、興味がないというのは少しだけ違うのかもしれない。
彼はただ、他人に心を動かされることが少ないのだ。
月詠の記憶にあるのは、あの美咲という少女に心を開いた時や、彼の妹と再会した時くらいなものだ。
そのことについて、月詠が何か思うようなことはない。
寧ろ精霊である自分たちにとっては、好ましいとすら思える。
精霊というのは、基本的に人の気に敏感な存在だ。
生物は大なり小なり、その時の感情を乗せた魔力の波動を周囲に発している。
それが「気」と呼ばれるものであり、殺気や闘気と言ったものは、その気が派生したものと言える。
精霊は肉体を持たず、言わば魂が剥き出しで存在しているようなものであり、魔力の波動である気には人一倍敏感なのだ。
そのせいで他者の感情に影響されやすく、人で言えば四六時中他人が密かに抱いているような欲望やら何やらを聞かされるような状態になると言ってもいい。
だから精霊は、自分が好ましいと思える魂の周りに集まる傾向にある。
まだ自我も希薄な下級精霊は特にだ。
その点に関して言えば、零は可もなく不可もなくといった具合だ。
特別精霊に好かれるというわけではないけれど、嫌われるといったことはまずないだろう。
零の気は、言ってみれば透明なのだ。
他人に向ける感情がないからこそ、その気には濁りがなくて澄み切っている。
だから月詠にとっても、彼の傍は変に身構える必要もなくて落ち着くことができる。
それはきっと、天照にとっても同じなのだと思う。
だけれど、彼女が零のことを好きになった理由は、きっと他にもあるのだろう。
月詠がそのことを確信したのは、あの天眼領での騒動が終わった後に、零が自分の魔法を試している時だった。
その時も当然、月詠たちは霊体となって、彼の傍でずっと見ていた。
外野からすれば、もう十分使いこなせていると思えるのに、零は内心で「あーでもない、こーでもない」と呟きながら、ただ愚直に己を磨くことだけに精神を集中させていた。
その極めるという一点において、彼はどこまでも真っ直ぐで、その姿勢と魂は、月詠でも惚れ惚れするほどに綺麗なものだった。
そこで、天照はどうなのかと意識を向けてみて…………月詠は明らかに姉の様子がいつもと違っていることに気がついた。
いつもの姉であれば、ウキウキした気分で微笑みながら見ているはずなのに、その時の天照は真剣に、一時も目を離すことなく見入っていたのだ。
とても愛おしそうに、ずっと見ていたいとでも言うかのように、彼女は零の姿に見惚れていた。
その時に、月詠は確信したのだ。
『あぁ。姉さんは、神楽零に恋をしたのだ』と。
恐らく初めて目にした時から気になってはいたのだろう。
だから必死になって彼の傍に居ようとして、そしてこの瞬間に、その気持ちが確かなものになったのかもしれない。
本人はそれが恋なのだと最近になって自覚したようではあるのだけれど……
兎にも角にも、そうして天照は零への気持ちを募らせていって…………結果、あんな出会い方になってしまったというわけだ。
あの時は本当に肝を冷やされた。
まさか目の前でいきなり実体化して、しかも零の寝起きにそれをやるのだから、落ち着いていろという方が無理な話だと思う。
とは言え、結果としては何とか穏便に済ませることができて、お互いに合意の上で一緒に過ごすようになった。
全ては天照が望んだままに。
どこかの貴族の成人の宴に連れて行って欲しいというのも、言ってしまえばただの口実だった。
もちろん宴に行きたかったというのも嘘ではなかったのだろうけど、天照にとっては、零と関われる切っ掛けさえあれば何でも良かったのだ。
偶々その時に、宴の話題が出てきたというだけで。
それからの天照は、本当に幸せそうな日々を過ごしている。
何かが大きく変わったというわけではないけれど、有体に言えば「いつも周りに花が咲いているような感じ」とでも言えばいいのだろうか?
人は恋をすると、世界の見え方が大きく変わるとは言うけれど、それは精霊にとっても同じであるようだ。
…………だから余計に、そんな姉のことが羨ましく思えてしまう。
月詠だって、今天照がしているような恋をしてみたいのだ。
だけれど月詠だって、恋は焦ってするようなものではないことぐらいわかっている。
だから姉のことを羨むのも、今更恋を焦るのも筋違いだということもわかっている。
そのことを考えてみれば、姉は本当にいい男を見つけたと思う。
実際に月詠も零と関わるようになって、見ているだけではわからなかった彼の人柄が見えるようになった。
彼は基本的に他人に興味はないくせに、他人のことを本当によく見ている。
一見矛盾しているようだけど、興味がないことと見ないことは同一ではない。
意図的に見ようとしないのは、逆にそれは意識してしまっていると言えるのではないだろうか?
だから彼の在り方は、どこまでいっても自然なのだ。
ただ自然と相手を見て、自然と相手のことを考える。
今だってそうだ。
昨日の宴で散々飲み比べ対決をして、二日酔いになってしまった天照を、今もこうして自分の体の中で休ませている。
精霊は基本的に、精神が昏倒することはないはずなのだけれど……何事にも限度というものはあるらしい。
最近は記憶やら感覚やらを覗かれるのを嫌って、あまり自分の中には入れさせなかった零だけれど、帰りの馬車では大変だろうと今回は入れてくれたのだ。
月詠はその看病兼付き添いと言ったところだ。
今回零が入れてくれたのは、気遣いだけではなくて、最近月詠が教えている、覗かれ防止の訓練で自身がついたからなのかもしれない。
零は一度死んでいることもあって、魂を知覚したことがあるし、自分自身に向ける目を養っていることもあって、月詠が教える魂の魔力の扱い方を次々と習得している。
教えたことをすぐに実行して、身につけてくれるというのは、実に教えがいがあって、月詠自身も彼に教えるのが楽しく思えてくる。
(やっぱり落ち着くわね)
そして零の傍というのはやっぱり落ち着ける。
魂が宿った体の中に入っているのだから、必然的に月詠たちは零の魂に包まれるような形になるのだけれど、それだけじゃなくて、どこか彼には見守られているような気がするのだ。
特別に見ているわけではないけれど、自然と見ていてくれるような、そんな安心できるような気配。
それを感じてしまうと、やっぱり羨ましいと思ってしまう。
いつか来るであろう、天照が笑いかけて、零もそれに微笑むような姿を想像してしまうと、やっぱり二人の関係を羨ましく思ってしまう。
そう、羨ましいだけなのだ。
第四章も引き続き、毎週投稿していきたいと思います。




