第二十一話 激動の予感
◇◆
それは零たちが、連合国からの要請を受けて王国を発つ前のこと。
執務室に呼び出された零が、心悟からの頼みを聞き入れた後のことだった。
「その代わりと言っては何ですが、一つお願いしたいことがあるのですが」
「? 何だい?」
「お願い」という言葉を聞いて、心悟はその内容を零へと尋ねる。
「まず一つ確認なのですが。上条さんのことについて、もう誰かに報告していたりしますか?」
「いや。彼の存在を知っているのは、今のところ私たちだけだよ。それがどうかしたかい?」
心悟は現在、石壁家の問題や、ただでさえ零という存在を抱えてしまっている。
そこにさらに進という存在が加わってしまえば、胃が痛くなることは必至であるため、心悟はまだ進の存在を周りには伏せているところだった。
その確認が取れたところで、零はホッとしたように胸を撫で下ろす。
「いえ、それなら良かったです。ということはまだ、上条さんは王国の人間ではなかった。ということにすることもできるわけですね」
「……まぁ確かに、理屈の上では可能になるだろうねぇ」
何か含みのある言い方に、心悟の眉間に皺が寄る。
「何が狙いだい?」
心悟が問えば、零は何てことないように背もたれに寄り掛かる。
「別に大したことではありません。ただ上条さんには、この世界で納得のいく選択をさせてあげたいというだけです」
「……少し意外だね。何と言うか、君はもっと他人に興味がないと思っていたよ」
「まぁ確かに、俺は基本的に他人のことに興味はありませんよ。ただ今回は、あなたが友のため動くというのなら、俺もせめて同胞のために何かしてやろうと思っただけです」
零はそう言うと、背もたれから体を起こして姿勢を正す。
「ご存じの通り、俺たちは元々この世界の人間ではありません。望んでこの世界に来た訳でも、覚悟してこの世界に来た訳でもない。ただ気づけばもうこの世界にいたというのが俺たちの認識です」
だがそのことをいくら悲観しようとも、零たちの取り巻く環境が何か変わるわけではない。
「たけどこうなってしまった以上は、俺たちも現実を受け入れて生きていくしかない。ただ一つ問題があったとすれば、俺たちの世界が余りにも平和過ぎたということです」
そう、日本は平和の国だった。
少なくとも、零が生まれてこの世界に来るまではそうだった。
そんな世界から来た人間が、そう簡単にこの世界を受け入れられるはずがない。
「それに対して、この世界には戦いというもので溢れている。今までそれらとは無縁に生きてきたあの人にとっては、きっとこの世界は息が詰まることでしょうね。ただ強いというだけで、戦いを強要されれば猶のこと。あの人自身が、それほどの力を望んでいたわけではないというのに」
それは零が、実際に進と話してみてわかったことでもある。
強すぎる力を持ってしまったが故に、それが鎖となってしまうことを教えたのは、他でもない零なのだから。
「この世界では、戦いが避けることのできないものだということもわかっています。ですがだからと言って、強さがあるという理由だけで、あの人を戦力として扱き使いのは、同じ同郷の者として、見過ごすことはできません。避けることができないのなら、せめてあの人が納得のいく形で力を振るうべきです。それがきっと、あの人にとっては椿なんだと思います」
「……なるほどねぇ。つまり君は、上条くんを連合国側へ引き渡したいということだね」
一通り零の話を聞き終えた心悟は、彼が何を望んでいるのかを言い当てる。
零もまた、心悟の答えに同意するように頷く。
「あの人が望めば、ですが。それ以降については向こうの判断に任せます。俺もそこまでお人好しではないのでね。ただ一つ確かなのは、今の上条さんには椿が必要だということです。俺にとっての美咲が、そうであったように……それを無理やり取り上げさせるつもりはありません」
「…………なるほどねぇ……」
零の言葉に対して、心悟は少しの間を置いてから答える。
それは彼の言葉に、ある種の覚悟のようなものを感じたが故に。
もしもここで心悟が断れば、見えないところで零との関係に溝を作りかねないと、心悟に感じさせた。
「わかった。その話を飲もう」
「……ありがとうございます」
少しばかりの思考の後、心悟は零の提案を受け入れることにする。
その答えを聞けて、零は腰を折って心悟に頭を下げる。
「一先ず、今回の討伐に同行させてから、その答えを聞こうと思います」
「あぁ。それが良いだろうね」
それから零は、連合国にて心悟の意志を汲み取り、彼がそのまま連合国に留まれるように動いたのだった。
□■天眼美咲
領主の館で戦勝の宴が開かれた翌日、美咲たちは王国へと帰還するために、獅子王たちとの最後の別れの挨拶をしていた。
中々に責任重大な任務ではあったが、何とか最後までやり遂げることができて、今はホッとした気分である。
「――ではな。心悟にもよろしく伝えておいてくれ」
「うむ。白銀殿も、どうか息災で」
獅子王こと白銀と最後の握手を交わした美咲は、その後ろに控えている他の面々にも声を掛ける。
「お主らも元気でな」
「はい。美咲さんもお元気で」
「お世話になりました」
美咲が声を掛ければ、進と椿もそれぞれ別れの挨拶を返してくれる。
短い間ではあったが、共に戦った中でもあって、機会があればまた会いに行きたいものである。
「うむ。ではな」
別れの挨拶も済ませて、美咲は帰りの馬車へと乗り込む。
その後ろに零と速風も続いて、美咲たちはそのまま連合国を後にした。
△▼
(…………)
行きと違って帰りは急ぐ必要がないため、馬車の旅は非常に緩やかに進んでいく。
その間、美咲の視線は終始、零の膝の上に乗っているあるものへと集中していた。
(妾も触りたい)
そこにいるのは、零の妹が召喚したという分身体の黒猫だ。
こんな愛くるしい猫が、かの盗賊団を一掃したとはとても思えないが、現実がどうであれ、目の前にいる猫の可愛さが損なわれるわけではない。
「……撫でるか?」
「! 良いのか!」
願ってもない申し出に、思わず顔を上げて尋ねてしまう。
あまりの嬉しさに、今の自分がどんな顔をしているのかわかったものではない。
「あ!? あぁ。別に構わないと思うが……万衣」
零が声を掛ければ、膝の上に乗っていた黒猫は顔を上げ、向かいに座っている美咲の膝の上へと飛び乗って来る。
足踏みをしてちょうどいい場所を見つけたのか、黒猫はそこで膝を折ると、丸まってスヤスヤと目を閉じる。
「おぉー!」
今までの人生で、何度か猫を触ってきたことはあるが、ここまで無防備な姿をさらしてくれたことが今まであっただろうか?
興奮して力を入れ過ぎないように注意しながら、美咲はそっと黒猫の毛並みに手を添える。
(はぁぁ。やはり可愛いのぅ)
やはり可愛さこそが正義。
何人であろうとも、この絶対の正義からは抗うことができないのだ。
そう自分に言い聞かせながら、美咲は優しく膝の上で寝ている黒猫を撫で回す。
だが興奮というものはいつしか覚めるものであり、いくらか落ち着いたところで、美咲は宴で白銀と話したことを思い出す。
(渡り人……か)
それは連合国に残されていた、零たち――世界を渡りし者たちを指す言葉。
彼らは零や一色頼子だけでなく、それよりも遥か昔から、おおよそ三百年の周期を経てこの世界にやって来ているのだということがわかった。
どうやら白銀自身も、美咲が見たものと同じ白い光の柱と、万衣のことを結び付けて調べていたらしい。
獣王連合国の歴史は比較的浅いが、獣人たちの歴史はそれなりに長い。
お陰で頼子の日記よりもいくらか詳しいことを聞くことができた。
当然、それらの内容は既に零とも共有済みである。
ただ渡り人本人である頼子の日記よりも、獣人たちの古い文献の方が詳しかったのは、恐らく頼子が降り立った時代の影響だろう。
“孤立の三百年”
それが頼子の降り立った時代の、今での呼び名だ。
当時は今ほど魔法の使い手も多くなく、地上はほとんど魔獣によって支配されていたのだそうだ。
そのせいで人類は、小規模の集団ごとに生きていくことを余儀なくされ、互いに交流を持つことも叶わなかったと言われている。
だがある時を境にして、各地で強力な魔法使いたちが現れ始め、魔獣を一掃し、“孤立の三百年”に終わりを告げたとされている。
一色頼子もまたその内の一人であり、彼らの尽力によって、人類は再び地上の覇権を取り戻す“夜明けの時代”を迎えることができたのだという。
だが、今になってそれを思い返してみると……
(もしやその魔法使いというのは、当時の渡り人のことだったのではないか?)
だがそう考えれば、全てのことに辻褄が合う。
どうして、時期を同じくして、各地で彼らが現れ始めたのか?
どうして、彼らは皆、強力な魔法を使うことができたのか?
全てのことに説明がついてしまう。
そして“孤立の三百年”と、渡り人がやって来る三百年という周期。
偶然にしては余りにも出来過ぎている。
嘗て“孤立の三百年”が始まる切っ掛けとなったのは、世界を巻き込んだ大戦だったと言われている。
もしもそれが、渡り人の存在によって始まったものだとしたら……
三百年前は多くの人々が救われ、六百年前は多くの命が失われた。
では、再び彼らが現れたこの時代はどうなるというのか?
美咲は改めて、膝の上に乗っている黒猫と、向かいの席に座っている零のことを見る。
美咲の目から見れば、確かに零たちは強力な魔法を持っていて、軽く町を滅ぼすことができるほどの絶対的な存在だ。
だがそれとは別に、彼らもまた一人の人であることには変わらない。
そんな彼らが、この世界にどんな影響を及ぼしていくのか。
今の美咲には、それがわからなかった……
「? どうかしたか?」
「!? いや! 何でもないのじゃ!」
じっと見ていたことを気づかれて、美咲は慌てて零から視線を外して窓の外を見やる。
「……そうか?」
どうやら一応は納得してくれたようで、美咲は零に気づかれないようにそっと胸を撫で下ろす。
確かに今はまだ、零たちがどんな風に影響を及ぼしていくかどうかはわからない。
ただ一つ言えるのは、もし美咲の考えた歴史が正しかったとすれば、これから先、この時代は大きく動き出すだろうということだった。
これにて第三章&第一部完結です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
多分ここまでが、この物語における大きな一区切りになると思います。
いかがだったでしょうか?
もしよろしければ、ブックマークや感想などで評価して頂ければと思います。
特にポイントは、この機会に是非是非入れていただければ、なお嬉しく思います。
また、第三章完結記念として、神楽兄妹それぞれの転移前の一時を書きましたので、そちらも合わせて楽しんで頂ければと思います。
『暴走族少女が恋に落ちるまで』
https://ncode.syosetu.com/n0381ik/
『黒猫様と猫耳喫茶の文化祭』
https://ncode.syosetu.com/n0406ik/
さて、次章はお待ちかね? かどうかはわかりませんが、とある乙女の恋愛物語です。
ただこちらの都合で、来週はお休みにして、再来週から第四章の投稿を開始しようと思います。
今後とも、『世界を渡りし者たち』を楽しく読んで頂ければ幸いです。




