第十九話 英雄の責任
□■神楽零
今回の盗賊団討伐は、前回の討伐作戦とは打って変わり、ただの一人も死傷者を出さずに完了した。
それだけ見れば、非常に喜ばしい成果であったと言えるだろう。
だがそれまでの過程で、多くの命が失われたことを考えれば、手放しに喜ぶことができないのもまた事実だ。
零が連れ帰った獣人たちは、確かに息はあるものの、天照と月詠に言わせてもらえば、魂の中身が空っぽになっているらしく、ほとんど人としては死んでいるのも等しい状態だったらしい。
そして盗賊団によって殺された獣人たちの遺体はアジトから丁重に運び出され、獅子王自らが彼らの死を弔った。
その一方で、やはりこれまで世を騒がせていた盗賊団が討伐されたということで、アジト近辺の町は現在お祭り騒ぎとなっている。
今まで彼らの恐怖に脅かされていたのだから、その気持ちはわからんでもない。
だが領主の屋敷からでも、その賑わいぶりが伝わってくるのだから、さぞすごいことになっているのだろう。
そしてそれを果たした二人――椿と万衣には勲章が送られることになった。
力を貸してくれた天眼家に対しては、別の形で謝礼が支払われるらしい。
一人の兄としては、可愛い妹がそのような形で認められるというのは、何よりも誇らしい限りだ。
だがそれは同時に、妹とのしばしの別れも意味している。
再会したばかりで、本人はまだその自覚はないだろうから、まずはそのことについて語ることにしよう。
「そっちも終わったのか?」
「……うん」
振り返って後ろを向けば、そこにはいつもと違った様相で着飾っている万衣の姿があった。
(何というか。贔屓なしに、本当に綺麗になっているよな)
普段は面倒くさがってあまり手の込んだおしゃれはしていない万衣だが、今日はこの町の領主の侍女たちが気合を入れておめかしをしたらしい。
元々の素材が良いせいで、普段から人目を引いてはいたが、今日はいつにも増してその数が多い。
当の本人は、その点に関しては気にしてはいないようだが、今の彼女はかなりゲンナリした表情をしている。
「……疲れた……」
「まぁ、そりゃあな。何せ盗賊団を倒した英雄なんだからな」
今零と万衣がいるのは、盗賊団討伐を労う宴の席。
獅子王自らが仕切っているこの宴には、天眼家と獅子王側の騎士たちや、この町の領主が招待した来賓たちが参加している。
当然一番の功労者である討伐隊の顔ぶれに、声を掛けてくる人も多いわけで、零もさっきまで多くの獣人たちによって囲まれていた。
万衣の場合はその目を引く容姿のせいで、さらに抜け出すのに手間取ってしまったらしいが、日本でも父に連れられて何かとパーティーに出ることが多かったため、独自の処世術で切り抜けたらしい。
「……浮かない顔だな」
疲れとはまた別に、どこかパッとしない表情を浮かべる万衣に声を掛ければ、彼女は一度零の方を一瞥してから口を開く。
「……すごく、もやもやするの……全部……終わったのに……!」
「…………」
きっと万衣の中では、今も様々な感情が渦巻いているのだろう。
その内容は、零にも推し量ることはできない。
兄だからと言って、妹の全てを理解できるというのは、あまりにも傲慢な考えだろう。
兄妹である前に、万衣は一人の人なのだから。
「……俺は何かに本気で怒った経験がないからな。正直、今のお前に言えることは、俺にはないけど。たがまぁ、一つだけ言えるとすれば……」
そう言って、零は万衣の頭に手を乗せる。
「お前はよく頑張った」
せめて零が言えるのはそれだけだ。
形はどうであれ、万衣は自分の心に従ってその行いをやり遂げたのだ。
それを肯定してあげることが、今の零にできる数少ないことだろう。
零がそのまま万衣の頭を撫でてあげれば、彼女の目元にほんのりと涙が浮かぶ。
「…………もう泣かないって……決めた、のに……」
拭っても拭っても溢れ出てくる涙に、化粧が大変なことになっているが、今はそのままそっとしておいた方が良いだろう。
「泣きたければ泣いておけ。一度しか泣いちゃいけないなんて決まりはないだろ」
零がそう言えば、万衣はその顔を零の胸元に埋めて、大きくない嗚咽を響かせた。
△▼
「…………」
しばらくして、万衣は胸元から顔を上げて零から少し離れる。
目元は真っ赤に腫れてしまっているが、顔は幾分スッキリした表情をしている。
「……まぁ、お前がいいならいいが…………こうしてやるのも、今日で最後になるかもしれないからな」
「……え?」
軽く爆弾を落としてみれば、万衣はわかりやすいように目を点にして驚いている。
恐らく万衣にしてみれば、本当に予想外のことだったのだろう。
だがここまで来て、万衣にこれからの話をしないという選択肢は零にはない。
「俺は明日にでも、この国を発つことになる。今の俺の居場所はここじゃないからな。そしてその時に、お前を一緒には連れていけない」
「……なんで?」
信じられないとでも言うように、万衣の声が怯えるように震えている。
「俺がお前に再会した時に言ったこと、覚えているか?」
「?」
零の質問に、万衣は首を傾げて返す。
彼女のことだから、零が言ったことの全てを覚えているのだろうが、今回はその中のどれのことを言っているのかがわからないのだろう。
「『やると決めたからには、その責任を必ず果たせ』……今がその時だってことだ」
零は一度そこで言葉を区切り、改めて万衣の方へと向き直る。
「お前はこの国で、多くの人々を救った。お前に自覚はないかもしれないが、この国から見ればお前は英雄になったんだ」
そう、英雄だ。
国の窮地を救い、そこにいる人々に光を与える、一種の象徴足る存在。
万衣自身はそれを望んでいなかったとしても、結果的に彼女はそういう存在になってしまった。
そしてその「英雄」という称号は、ただ名前を付けられて終わるものではない。
「それはお前を称える称号であり、お前に対する期待の証明でもある」
そう言って、零は今も賑わいを見せる会場の方へと視線を向ける。
それに引きずられて、万衣もまた会場の方に目を向けたことがわかる。
「お前はあそこにいる奴らに夢を見させた。お前さえいれば、この国の平和は守られるという夢を。ならお前は、その期待に応えなければならない」
今回の盗賊団討伐は、討ち取った数だけを見れば、実質彼女一人で討伐したようなものだ。
騎士団でも果たせなかったその偉業を成した万衣に対して、彼らが何も期待しないわけがない。
「……そんなの……」
「確かにそんなのは身勝手かもしれない。だけどそれを言うなら、お前には今回の討伐に参加しないっていう選択肢だってあったはずだ。お前自身は何もせずに、ただ俺らの帰りを待つことだってできたはずだ」
「! そんなの!――」
「できるわけがないか? だがもしそうしていれば、お前がここまで持て囃されることはなかった。偶々その場に居合わせて、偶々盗賊たちを追い払えただけの少女としていることだってできたはずだ」
「…………」
零がそう言えば、万衣はそれ以上何も言えなくなったようで黙り込む。
「だがそれを選ばなかったのはお前の選択だ。そしてその選択には、必ず責任が付いてくる」
それは人として避けられるものではない。
人として生まれてきた以上、自分がした選択には責任を持たなければならない。
「ならお前はここでその責任を……英雄の責任を果たせ」
英雄になってしまった者としての責任。
別にその身を犠牲にして国のために働けと言うつもりはない。
そんなことを万衣に強要してきたのであれば、遠慮なくこの国を滅ぼすつもりだ。
だがそれまでは、万衣にはこの国で頑張ってもらいたい。
「…………わかった……」
一応頷いてはくれたが、今にもまた泣き出してしまいそうな万衣を見ると、些か罪悪感が湧いてくる。
「だがまぁ、二度と会えなくなるわけじゃない。もちろん、元の世界に帰れるようになれば、必ず迎えに行く」
万衣の頭を撫でてあげれば、いくらかその泣き顔も綻んでいく。
当然万衣にも、今の零たちの現状については話してある。
まだ日本に帰る手段がないということも含めて。
だが万衣が、そのことについて悲観した様子がないというのは幸いだった。
「じゃあ……」
万衣はそう言って、自分の肩の上に一匹の黒猫を召喚する。
それがいったい何を意味しているのかは、すぐにわかった。
要するに、「連れてって」と――
「……ダメ?」
万衣はそう言いながら、懇願するように上目遣いで零のことを見てくる。
可愛い妹にここまでされて、冷たくあしらえるほど、零の心も冷え切ってはいない。
「……わかった。いいよ」
万衣が召喚した猫を受け入れて肩の上に乗せてやると、万衣は嬉しそうにも、悲しそうにも見える笑みを浮かべた。




