第十六話 残ったもの
□■豪鬼
周りにあるもの全てを燃やし尽くした炎は、次第にその勢いを弱め、徐々にではあるが目の前の視界を開けさせる。
そして見えた先には、未だに倒れていない黒猫少女の姿があった。
「チッ! まだ倒れてねぇのか」
あまりにもしぶとい強者に、豪鬼の口から思わず舌打ちが漏れる。
だが炎が消え、彼女の全貌が見えた時、豪鬼は自分でも口の端が吊り上がったのがわかった。
「は! もうボロボロみてぇだなー!」
「…………」
少女は片膝をつき、所々で皮膚が焼け焦げているのがわかる。
もう召喚獣も出せないのか、彼女の側から黒猫が出て来る素振りはない。
「おら、どうした! さっきまでの威勢はどこへ行ったんだー!」
「…………」
豪鬼の言葉に、少女は何も答えない。
それがもう打つ手がないのだということを教えてくれて、さらに気分が良くなってしまう。
もう腹の底から出てくる高笑いも、胸の高鳴りも、収まりそうにはなかった。
今の豪鬼を満たすのは、ただ「やってやった!」という高揚感だけだ。
一度無様に逃げ出させた相手に、今度はこちらが膝をつかせることができたのだ。
これを喜ばずして何を喜べというのか。
そう、豪鬼は弱くない。
無様に逃げ出す側の人間じゃない。
恐怖に怯える側の人間でもない。
あの時逃げ出したのは何かの間違いで、こうして己の強さが証明された。
もう怯える必要なんてない。
豪鬼は強くて、他者を蹂躙する側の人間なのだから。
「…………」
「あ?」
最後の足掻きでもしようというのか、黒猫少女は膝を上げて立ち上がる。
その表情は垂れた前髪で隠れて覗き見ることはできない。
だけどきっと、屈辱に塗れた表情をしているのだろう。
「あぁ、そうだな。ちゃんと止めは刺さねぇとなー!」
いつものように一体だけなら魔法で心臓をぶち抜いてもいいが、今は妙に剣を使ってぶった斬りたい気分でもある。
向かってきたところを魔剣で消し炭にすることにしよう。
「今の気分はどうだ?」
わかりきっていることだが、敢えて声に出して聞いてみる。
いったいどんな返事が返って来るのか?
「…………」
すると少女は顔を上げ、徐々にその顔が露になる。
果たしてどんな顔をしているのか? その顔を拝もうとして……
「あ?」
そのまだ諦めていない目を見て固まった。
「……なんだ、その目は!」
今まで奥に引っ込んでいたはずの恐怖が、再び豪鬼の中を支配する。
もう勝負は着いたはずなのに、まるでまだ終わっていないとでも言うかのように、少女の目には死の恐怖が微塵も感じられなかった。
それどころか、この絶望的な状況で、まだ豪鬼に抗おうとしていた。
「……行く」
豪鬼の心情など知ったことではないかのように、少女は豪鬼へと迫って来る。
だが例え少女がまだ諦めていなかったとしても、豪鬼が有利であることには変わらない。
少女はもう満身創痍であり、身代わりの召喚獣を出す余力すら残していない。
剣を振りぬけばそれで終わる――
――はずだった……
「!」
少女の攻撃に合わせて、豪鬼の剣は、確かに少女の体を斬り裂いた。
だが斬り飛ばされた少女の体は、直後に光の粒子となって虚空へと消える。
「あ?」
思わず間抜けな声が出てしまっても仕方がないだろう。
彼女の体が光の粒子となって消えるということは、まだ彼女が生きているということに他ならない。
いったいどこへ行ったのか後ろに振り返ろうとして――
「グハッ!」
――豪鬼の胸元から、赤い何かが握られた、一本の腕が伸びていることに気づいた。
そして今度こそ後ろに振り返ってみれば、そこには何も変わらない黒猫少女の姿があった。
「な、ぜ……」
意味がわからない。
確かに他にいた分身体は全て焼き殺したはずだ。
ちゃんと確かめたわけではないが、あの炎の中で四級魔獣程度が無事でいられるはずがない。
だが現実として、背後に回られた挙句に、こうして胸を貫かれて心臓を奪われてしまっている。
(ははっ……笑えねぇな……)
“心臓潰し”とまで言われた男が、最後に心臓を奪われて死ぬ。
我ながら面白い因果だと思えてくる。
そして豪鬼は、視線を胸元の腕から手にしている魔剣へと落とす。
(負けちまったよ……)
これから死ぬからだろうか?
妙に心が落ち着いている。
【炎桜】を持てば無敵だと御剣は言ってくれたけど、結局一回も勝つことはできなかった。
(……ごめんな)
最後に一言心の中で呟いてから、豪鬼はゆっくりとその目を閉じた。
□■神楽万衣
腕を抜き出せば、男は力なく崩れ落ちる。
もう立っているのは万衣一人だけであり、さっきまでの戦いが嘘だったように辺りは静かになっていた。
最後の攻防。
確かにその直前で、万衣の分身体のほとんどが焼き殺されてしまったし、黒猫の壁で本体を守るために力のほとんどを使い切ってしまっていた。
だが一体だけ、僅かにできていた岩陰に分身体を隠れさせることで、炎の攻撃を凌がせていた。
その後にやったことは単純だ。
本体と分身体で同時に襲い掛かって、本体がやられたことで、背後から襲い掛かっていた分身体が本体となり心臓を打ち抜いたのだ。
もっとも、自分に注意が向くのを待って、それでも分身体の存在に男が気付かないかどうかは、一種の賭けだったのだが。
「……終わった?」
最後の一人を殺し終えて、何か達成感でも湧いてくるかと思ったけど、代わりに湧き上がって来たのは、ただ虚しいということだけだった。
(終わったの?)
(終わった)
(仇を取った)
(でもそれだけ)
(桃ちゃんが戻ってくるわけじゃない)
そう、例え桃を殺した盗賊たちを皆殺しにしたとしても、桃自身が帰って来てくれるわけじゃない。
だからこれは万衣の自己満足。
激情に走り、復讐心を以ってやったことでしかないはずだった。
だというのに、何故か全てを終えても、万衣の気分は一向に晴れない。
残ったのはただ、万衣が殺した盗賊たちの死体と、万衣が殺しという結果だけ。
それだけしか残らなかったのに、果たしてこの行いに意味があったのかどうかわからなくなる。
だけどもし、これから過去の自分に会えるようなことが出来たとしても、万衣はこの復讐を止めるようなことは絶対しないだろう。
たがこうして終わってみれば、どうしても思ってしまう。
桃が帰って来るわけでも、達成感があるわけでもないのに、万衣はいったい何のために戦っていたのか?
今の万衣には、それがわからなかった。
◇◆
万衣が盗賊たちとの死闘を繰り広げ、決着をつけたその頃、途中で別れた白銀と速風の戦いもまた、もう時期決着を迎えようとしていた。
「フンッ!」
白銀は宙に浮いている岩石の弾幕を、回復力にものを言わせて特攻し、覆面を被った敵に迫るや否や、その蒼炎の拳で焼き飛ばす。
「ッ!」
それとほぼ同時に、速風もまた速さにものを言わせて同じく岩石の弾幕をかいくぐり、敵の首に一閃を入れてその頭を斬り飛ばした。
軽く振って血を落とし、速風は刀を腰の鞘へと納める。
「やれやれ、なかなか手ごわい相手じゃったわい」
速風はたった今倒した敵の亡骸を眺めながら、ポツリと呟く。
実際、白銀と速風の二人を相手にしても、敵の覆面二人は間違いなく強かった。
今彼らがいる空間にたどり着く前にも、天井を落として生き埋めにしようとしたり、砕かれた石を散弾のように飛ばしたりと、並の魔戦士なら即死しても可笑しくない攻撃を繰り出していた。
そして何とか敵を視界に収めても、二人はその場から一歩も動かずに、そこら中にある岩を操ってまるで要塞であるかのような戦いを見せていたのだ。
寧ろ白銀と速風が相手でなければ、一部例外を除いて、倒すことは難しかったかもしれない。
「まだいけるか」
敵の二人が倒れたのを確認してから、白銀はまだ戦えるのか速風に尋ねる。
「無論じゃわい。お主こそ、まだ平気なのか? その魔法、そう長く持つものではあるまい」
速風の読みは正しく、白銀の魔法――《蒼炎強癒》は強力な効果を引き出す代わりに、持続時間が比較的短い短期決戦型の代物だ。
時間が経てば自ずと限界が来て効果を失うのだが、当の白銀は表情一つ変えずに言葉を返す。
「問題ない。まだ余力は残してある。それにこれほどの敵がまだ残っているとは思えん」
「それもそうじゃな。これほどの戦力。本来なら町一つを落としていても不思議じゃないわい」
今回彼らが倒した覆面の敵は、間違いなく一級魔戦士に分類される。
それが二人もいれば、町一つが落ちていても不思議ではない。
そのことを考えれば、これ以上同等の戦力がいるとは考えづらかった。
「なら、先を急ぐとしよう」
まだ洞窟の先が終わっていない以上、奥に何があるのか調べなければならない。
二人は軽く頷き合うと、洞窟のさらに奥へと進んで行く。
そして辿り着いた先で、彼らが見たものは……




