第十五話 炎の魔剣
□■豪鬼
それなりに短くない時が過ぎたように思う。
少女が黒猫を召喚しようとすれば、魔剣を振るって阻止し、また召喚しようとすればそれを阻止するのを繰り返す。
そんな戦いを続けている内に、いつしか周りからは他の戦闘音が聞こえなくなっていた。
「……後は、お前だけ」
「…………」
立ち止まって周りを見てみれば、もう立っているのは豪鬼と目の前の少女だけになっていた。
どうやら他の部下たちは全員、黒猫の餌食となったらしい。
今の豪鬼には取るに足らずとも、部下たちにとって黒猫は十分脅威だったのだろう。
騎士団にいた頃から、よくついて来てくれた部下たちだったが、その役目もこれでようやく終わったと言える。
これでようやく、豪鬼も遠慮なく戦うことができる。
「そうか。なら、これでしまいだ!」
「!」
豪鬼が魔剣を握りしめれば、これまでで一番の炎が刀身から吹き荒れる。
炎は洞窟を焼き焦がし、余波だけで生物に深手を負わせる。
そしてそのまま全方位に振りぬけば、部下たちの死体もろとも、周りにいた全ての黒猫たちを飲み込んだ。
△▼
『兄貴の魔法ってさー。群れ相手だと弱いくせに、こういう大物相手だと強いよなー』
それは戦争が始まる少し前、領内で確認された一角火蜥蜴を討伐した直後のことだった。
いつものように心臓を抜き取って仕留めたその亡骸を、一人の女性が眺めていた。
△▼
「そりゃな。つーか何度も聞いちまうが、なんでお前、ここに戻ってきてんだよ」
自分を兄貴だと言ったその女性――御剣京華に向かって、豪鬼は呆れを隠しもせずに呟く。
御剣とは同じ町の出身で、家同士も仲が良く、年もそれなりに近かったこともあって、幼い頃から妹分としての付き合いがあった。
お陰で成人してからも、御剣は豪鬼のことを「兄貴」と呼んでいたわけだが、本来なら彼女はもう町に戻ってくるはずはなかった。
なぜなら彼女の住まいは既に王都であり、彼女はそこで、国王直属の筆頭魔法鍛冶師としてその腕を振るっているのだから。
「そりゃあ。こんないい素材があるって聞いたら、飛んでくるに決まっているでしょ! それとも何? 兄貴はあたしに帰って来てほしくなかったって言いたいわけ」
御剣が町に戻ってきた理由が、まさに今目の前で鎮座している一角火蜥蜴にある。
一角火蜥蜴は山岳地帯に生息している二級魔獣であり、滅多に人の領域へ入って来ることはない。
だが今回の場合は、群れの勢力争いで敗れた一体が人里にまで降りてきてしまったらしい。
それを討伐し、これから王都へと輸送する手はずになっていた。
一角火蜥蜴は魔装具の素材としては一級品であり、特に額から出ている角は、炎の魔剣を制作するのに最適な素材だと言えるだろう。
だからこそ御剣は王都からわざわざ、一番に素材の状態を確かめるために舞い戻って来たわけである。
「そうは言っちゃいないが……」
昔から御剣はそういう突拍子のないことがたまにあった。
珍しい素材があれば、現地へ行って片っ端から掻き集め、それを使って新しい魔剣を作り上げる。
御剣の家は代々《魔剣創造》の魔法を継承しており、新しい魔装具を作り出すことは決して間違ってはいないのだが、王都での仕事をほっぽってまで戻ってくるその行動力は奇人変人と言っても過言ではない。
だがだからこそ、御剣は歴代の中でも指折りの実力を伸ばし、国王直属の筆頭魔法鍛冶師にまで上り詰めたのだろう。
そして今回も、彼女は遺憾なくその奇行ぶりを発揮することになった。
「よし! 早速打ってみよう!」
「おい、待て! まさかここで打つつもりか!?」
またとんでもないことを言い出した御剣に、豪鬼は思わず待ったをかける。
確かに目の前にある一角火蜥蜴は、王都にいる選び抜かれた職人たちによって加工されるために輸送する手はずになっていたし、角の部分は十中八九御剣が手掛けることになるだろうことは容易に想像がつく。
だが今すぐここでというのは明らかに可笑しい。
恐らく実家の工房で打つつもりなのだろうが、王都にある彼女の工房とは道具も設備も大きく違うはずである。
御剣はパッと豪鬼の方に振り返ると、さも当たり前とでも言うように言葉を紡ぐ。
「当たり前でしょ! 素材はいい内に打っておかないと勿体ないもん。大丈夫、そのために国王陛下からの許可と、道具は一式持って来ているから!」
「……行動力すげぇよお前」
国王陛下からの許可があるとまで言われてしまっては、最早豪鬼に言えることは何もない。
お陰で御剣は、一角火蜥蜴の角とその他の素材を少々手にすると、実家の工房へと引き籠っていった。
豪鬼は豪鬼の方で、残った素材を王都に輸送する手続きを済ませた後、特に彼女を手伝うようなこともなく通常の業務へと戻った。
それからしばらくの日にちが経ち、久々に顔を出して来た御剣の手には、一本の魔剣が握られていた。
「できたぞ!」
そう言って、御剣は満更でもない表情を浮かべながら、豪鬼にその魔剣を見せてきた。
元の角と同じ赤い刀身を持ったそれは、今まで豪鬼が見てきた中で一番の業物であることがすぐにわかった。
それほどの物を打った彼女は、まさに王国一の魔法鍛冶師と言われるだけはあるのだろう。
「おぅ……これまた凄いな」
豪鬼もまた素直な感想を彼女に返す。
これで魔剣も完成し、もう彼女は王都へと帰るんだろうと、どこか昔と今を懐かしく思っていると、またしても御剣は豪鬼に特大の爆炎火球を落としてくる。
「早速試してみろ!」
その言葉に、周りの空気が一瞬だけ氷づいたように思う。
御剣としては昔と同じようなノリで行ったのだろうが、昔と今とでは状況や立場があまりにも違い過ぎる。
「いや、ちょっと待て。それは国王陛下に献上する品だろ。俺ごときが触れていいものじゃない」
昔と今とでは、彼女が作っている物の価値が大きく違う。
確かに昔はよく御剣が作った物の試しは豪鬼の役目みたいなことになっていたが、今回は物が物だけにすぐには承諾しかねた。
「なんだよ。あたしが打った者じゃ、もうご不満だって言いたいわけ?」
「そうじゃねぇ! 寧ろ恐れ多いんだよ! こんなすげぇもん、俺には釣り合わねぇって話だ!」
明らかに見当違いな誤解を正せば、御剣は少しだけ不服そうに頬を膨らませる。
「別にあたしは、こいつの格がどうとか知ったこっちゃねぇよ。ただあたしは、今のあたしがどこまでやれたのか見たいだけだ。兄貴が嫌って言うなら、また別の奴を当たるしかねぇが!」
御剣はそう言うと、真っ直ぐと豪鬼の目を見てくる。
確かに豪鬼は騎士団長で、騎士団の中では一番強い人間ということになるのだろうが、それでもその魔剣に相応しいかと聞かれれば頷くことはできない。
だが自分以上に力量として釣り合う者がいるかと聞かれれば、それもまた違う。
何より、自分以外にその役目を彼女が頼むのは、少しだけ不愉快だった。
「はぁ……わーたよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
「素直にそう言え、馬鹿もんが」
それから豪鬼は魔剣を受け取り、場所を変えて御剣の前で振るってみせた。
昔から彼女の魔装具を試してきたお陰で、その魔剣――【炎桜】はすぐに豪鬼の手に馴染んだ。
一振りするだけで辺り一面が火の海へと変わるその剣は、まさに魔剣と言うに相応しい業物だった。
「兄貴がそれを持ったら無敵になるな」
御剣は自分の作品を満足そうに眺めながら、そんなことを呟く。
確かに豪鬼が【炎桜】を握れば、今までの弱点だった数のある相手に対して有利に立つことができる。
言われてみればそうかもしれないと、豪鬼は笑いながら【炎桜】を御剣へと返す。
「でもやっぱり、今のあたしじゃ神剣には届かないや」
最後にそんなことを呟く彼女の顔は、どこか複雑な表情をしていた。
思わず昔のように頭でも撫でやろうかと思った丁度その時――
――豪鬼の下に、帝国が侵攻して来たという報せが届いた。
事が事だけにすぐに飲み込むことはできなかったが、理解できれば動き出せるのは割と早かった。
そして動き出そうとした時――
「待って!」
「!」
御剣に呼び止められて、豪鬼は後ろへと振り返る。
すると彼女は、何故か手に持っていた【炎桜】を豪鬼の前に差し出して来る。
「持って行って」
一瞬何を言っているのかわからず惚けていると、続けて御剣の口が開く。
「戦いに行くんでしょ。ならあたしのこの剣が必要だろ」
「いや、だが……」
言っている内容は理解したが、今御剣が持っている魔剣は、神剣を除けば間違いなく最高の武器の一つだ。
そう簡単に頷いて受け取れるようなものじゃない。
「このあたしが持って行けって言ってるんだ。これはあたしが打った剣だ。あたしが誰に使わせようと誰にも文句は言わせねぇ。だから持って行け。そして生きて帰れ!」
「…………」
ここまで言われてしまっては、もう豪鬼に受け取らないなんて選択肢があるわけがない。
これで受け取らずに帰らなかったら、地獄の底まで呪いに来るかもしれない。
「はぁ……わーたよ。遠慮なく借りていくぜ」
「あぁ、好きに使ってくれ」
豪鬼は御剣から魔剣を受け取ると、そのまま戦場となる地へと向かった。
そしてこれが、御剣と交わした最後の言葉だった。
◇◆
戦場へと向かった豪鬼は、結果的に生き残り、逃げ出し、御剣の下へ帰ることはなかった。
盗賊にまでその身を落とし、豪鬼と名乗る前にあった騎士としての姿はもうそこにはない。
今まで自分を慕ってくれた妹分に合わせる顔も、彼にはもうないだろう。
だからこそ、豪鬼は盗賊に落ちてから、【炎桜】を抜くようなことはしなかった。
どこか魔剣を通して、彼女に今の姿を見られるような気がしたから――
何より豪鬼自身が、御剣の剣を抜くことを許せなかったから――
盗賊にまで落ちたのは豪鬼であって、御剣ではない。
豪鬼が【炎桜】を抜くことで、それを作った御剣まで同列になってしまうことが何よりも我慢ならなかった。
だが今回の万衣との戦いで、豪鬼は【炎桜】を抜き放った。
嘗て御剣が口にしたように、数ある相手にも無敵になるために。
それだけ豪鬼には余裕がなかった。
二度も絶対強者の恐怖を刷り込まれた彼には、他に選択肢などなかった。
だからこそ彼は今、【炎桜】を握って万衣の前に立っている。
御剣への配慮も全て忘れて、ただ己の心を守るために、豪鬼は彼女の魔剣を振るった。




