第十三話 因縁の再会
□■神楽万衣
脇腹に変な痛みが伝わってきて、本体の体から徐々に力が抜けていく。
足が引っかかって転んで、そのまま地面を削るようにして倒れてしまう。
そしたらスッと痛みが消えて、意識の中心が本体を追っていた猫のものへと移り変わる。
目線が上がって、いつも通りの高さになると、そのまま二本の脚で走り出す。
「見つけた!」
目指すのは洞窟の右奥。
そこから抉り取られた自分の体の反応を感じる。
それはつまり、そこに万衣が取り逃がした盗賊がいるということに他ならない。
途中でよくわからない円盤みたいなのが飛んできたけど気にしない。
元より万衣の目標は一つしかないのだから。
右の洞窟に入って少し走ると、見覚えのある男と他数人の人間たちが立っていた。
「よぉ! 来たみてぇだなぁ。会いたかったぜ」
一度手前に止まった万衣に向かってそう言って、男は背中から一本の剣を抜いて構える。
どこか威圧的な気配を感じる剣だ。
だがそれが何であろうと、万衣のすることが変わるわけではない。
「……うん。私も」
男の言葉に万衣もまた本心からの言葉を返す。
これでようやく、友達を殺した報いを受けさせることができるのだから。
「…………」
軽い挨拶を済ませてから、敵の戦力をざっくりと眺める。
一番前に立つ男を筆頭に、武器を構えた人間が複数人いるのがわかる。
だが、あまり強そうには見えない。
比較対象が敬愛するお兄様だからいけないのかもしれないが、事実そう見えてしまうのだから仕方がない。
どんな相手がいるのかわかったら、後はもう戦って倒すだけ。
盗賊なんかに待ってやる時間はない。
「今度は逃がさない!」
最初から全力で行く。
魔法を発動させ、足元から黒い影を走らせる。
伸びた影は地面を黒く染め上げ、次々と黒猫の分身体を形作っていく。
そして生み出された分身体が、一斉に盗賊団へと襲い掛かろうとして――
「!」
――男の持っていた剣から、灼熱の炎が吹き荒れた。
その炎は万衣の眼前へと迫り、射線上にいた万衣と分身体の全てを飲み込んだ。
□■豪鬼
手にした魔剣の炎が、目の前にいた黒猫の全てを飲み込んだ。
四級魔獣であろうと燃やし尽くすその炎は、洞窟の穴を塞ぐように辺り一面を赤く染め上げる。
「さっすが団長!」
そんな光景を前にして、一人の部下が興奮したように声を上げる。
だがこれは、魔剣の力であって豪鬼自身の力ではない。
もっと言えば、この魔剣の力は、嘗ての友が戦いに赴く豪鬼のために託してくれたもの。
今みたいに「団長」と呼ばれていた頃に、見捨てたまま持ち帰ってしまった力だ。
「団長だ? 馬鹿言ってんじゃねぇ! 頭って呼べや! 俺はもう団長じゃねぇ!」
「す、すいやせん」
豪鬼が声を張り上げれば、その部下はわかりやすいように萎縮する。
これは豪鬼が自分に課した一つのけじめだ。
もう団長と名乗る資格も、呼ばれる資格も自分にはない。
今はもうただの盗賊団の頭。それ以外の何者でもない。
使命を放棄し、ならず者にまで落ちた今の自分にとっては、それが一番似合っている。
それに……
「それに、まだ終わっちゃいねぇ」
ずっと炎を出し続けることができるわけもなく、豪鬼は魔剣を一度下して構え直す。
炎の放出は止まり、次第に目の前の視界が開けていく。
そして視界が完全に開き切るよりも早く、黒猫の大群が盗賊団へと襲い掛かった。
(チッ! 彼奴、自分の召喚獣を盾にしやがったのか!)
自身の魔法の一つである《透視》で見えていた豪鬼は、心の中で舌打ちを打つ。
目の前の少女が魔剣の炎をどうやって防いだのかといえば、簡単な話だ。
召喚される黒猫単体では、その身を犠牲にしても炎を防ぐ力なんてたかが知れている。
だがその身が多く寄り集まれば、強力な炎を防ぎ切ることだってできる。
何が言いたいかといえば、少女は倒れていく端から黒猫を片っ端から召喚して、肉壁を作り続けることで魔剣の炎を防ぎ切ったのだ。
(今のが一番の好機だったんだが……!)
このアジトに攻め込んできた少女の様子を、《透視》を使って観察していた豪鬼は、彼女が不死身である秘密を凡そではあるが理解していた。
そして同時に彼女を殺しきるには、召喚された黒猫の全てをまとめて殺さなければならないということも、認めたくなくはないが理解させられた。
故にさっきの魔剣による攻撃が唯一と言っていい機会だったのだが、今更そんなことを言っても仕方がない。
豪鬼は襲い掛かって来る少女に、魔剣を振りぬいて応戦する。
(幸いなのは、こいつの周りでしか召喚獣が出ないことか)
もしもここで、召喚された黒猫全てから新たな黒猫を召喚できるというのなら、豪鬼たち盗賊団は既に詰んでいたかもしれない。
だが発生元が一つに定まっているのであれば、それだけに集中して多少なりとも増殖を抑え込むことができる。
豪鬼は魔剣を大きく振りかぶり、魔剣から噴き出す炎が影から出ようとした黒猫を一掃する。
何体かは既に後ろにいる部下たちに通してしまったが、そこは個別に応戦してもらうしかない。
豪鬼にも後ろから何体もの黒猫が襲い掛かって来るが、魔剣を装備している今の状態であれば、相手にする価値もない。
今豪鬼の右手に握る魔剣の名は【炎桜】。
嘗ての友が、豪鬼の仕留めた最高の素材で打った、ただ一本の名剣。
二級魔装具であり、魔獣由来の素材から作られたそれは、豪鬼の身体能力を飛躍的に向上させ、四級魔獣の攻撃であろうと、肉体の皮膚を通すことはない。
だからこそ、目の前にいる少女一人だけに集中することができる。
本当に今の豪鬼には心強い剣だった。
(やっぱりこいつ、近くの召喚獣からしか復活しねぇのか? それに復活するまで少しだけ間がある)
何回か少女を斬ったり燃やしたりしていて気づいたが、少女が復活する時は必ず近くの召喚獣から復活している。
離れて部下たちを相手にしている召喚獣からは復活する素振りが見られない。
仮にそれができたのなら、数を減らす意味でも、乱戦に持ち込む意味でも、後ろで戦っている部下たちの間で復活するはずだった。
そしてもう一つ。
少女が光の粒子となって消え、復活するまでの間には、いくらかの間がある。
その間では、恐らく少女は召喚獣を召喚することができないということがわかった。
それはつまり、復活されるよりも速い速度で、少女を殺し続けることができれば、黒猫を呼び出されることなく倒すことができるということに他ならない。
だがこの状況では些かそれは難しい。
今はもう黒猫とは乱戦状態であり、そんな手際よく復活する個体を特定して倒し続けることなど、出来るわけがない。
だが……
(こいつもいつまでもこんな湯水みてぇに召喚獣を出せるわけがねぇ。どこかで必ず限界が来るはずだ)
何度目かわからない黒猫の召喚を阻止しながら、豪鬼は現状で有り得る可能性を考える。
魔法というのはいつまでも使い続けられるものではない。
人が走れば体力を消耗するように、魔法を使い続ければ必ず精神的な疲労が蓄積していく。
当然限界が来れば、魔法はまともに使えなくなるし、魔戦士というのはそういう力の配分には注意しなければならないものだ。
だが目の前の少女には、そういった嫌いが全く見られない。
それどころか、これだけ派手に魔法を使っていれば限界が来るのも時間の問題になるだろう。
だがそれは豪鬼自身にも言えることでもある。
魔剣を使うにもしてもある程度気力がいるし、精神的な疲労は否が応でも蓄積していく。
最早この戦いは、互いの気力を削り合う消耗戦になりつつあった。
(いいぜ! 根競べと行こうじゃねぇか!)
嘗て敗れた敵を前にして、豪鬼は嘗ての友が残した魔剣を振るい被った。




