第十二話 突入
◇◆
星々が彩る空の下。
静寂と暗闇が支配する夜の道を五つの影が疾走する。
常人にとっては認識し辛いであろう視界の中で、彼らは馬顔負けの速さで目的の場所へと向かう。
そんな中、一人の男が持ち前の魔法で目的の存在を見つけ出す。
「――いた!」
「! 見つけた!?」
「あぁ。予定通り、こっちは人質の救出に向かう」
その男――零は椿の言葉に答え、手短に他の面子にこれからの動きを確認する。
「了解した。くれぐれも頼むぞ」
「あぁ。椿、手を」
白銀の信頼を託されながら、零は椿の手を取って引き寄せる。
「行くぞ」
一言掛け声を出せば、零と椿はその場から忽然と姿を消す。
それを見送りながら残る三人――白銀、万衣、速風の三人は、そのまま盗賊団のアジトがある廃鉱山へと突っ走る。
「我々も突入する!」
白銀は自身の魔法を発動させて、その身を蒼炎の業火で包み込む。
万衣も数体の黒猫を呼び出し、速風は帯剣している刀に手を添える。
そうして各々の戦闘態勢に入りながら、三人は勢いを落とすことなく廃鉱山へと突入した。
「……いない」
だが入ってすぐのところには、盗賊どころか鼠の一匹すら居やしない。
本当にここなのかと万衣が白銀の方に振り返った時――
「ガハッ!」
「「!」」
――万衣の横腹が突然空虚に消えた。
力を失った万衣は地面に崩れ落ち、それをきっかけにこの戦いの幕が上がる。
万衣の姿を一瞥したのも束の間。
残った二人の前に、高速に回った四つの円盤が飛来する。
以前の討伐に際し、数々の獣人たちの命を奪った断頭の鎌を前にして、白銀の炎がより一層勢いを増す。
そしてその円盤を燃やし尽くそうと掴み取ろうとして――
「!」
――逆に白銀の手が上下に断ち切られた。
「チッ!」
想像以上の重さに思わず舌打ちが漏れるが、白銀自身の体には何の問題もない。
斬り飛ばされた手は自らの炎で燃え尽き、代わりに白銀の腕からは新たな手が生えてくる。
その驚くべき超速再生こそが彼を獅子王にまで上り詰ませた魔法――《蒼炎強癒》。
青白い炎に包まれている限り、白銀の体が傷つくことはない。
そしてその業火は、周りにあるもの全てを燃やし、極限まで彼の力を増大させる。
その力をもってすれば……
「フンッ!」
白銀が殴りつけた円盤は、壁に衝突して砕け散り、蒼炎が破片をことごとく燃やし尽くす。
「まずは一つ。だがどちらにしろ、本体を叩かねば埒が明かぬか」
円盤はあくまでも一つの武器でしかない。
武器には必ず、それを振るう者が存在する。
未だに姿は見えないが、その者がどこからか円盤を操っていることは間違いない。
ふと白銀が横を見れば、隣では速風が見事な剣さばきで円盤をいなし、斬りつけている。
二つに分かれた円盤はそのまま落ちるかと思いきや、息を吹き返すように動き出し、速風へと襲い掛かる。
だが速風も並の剣士ではない。
王国最速と謳われた剣聖は、二つで駄目ならとさらに細かく斬り分ける。
文字通り粉々になるまで細分された円盤は、再び動き出すことなく地へと落ちた。
二人でそれぞれ一枚ずつ落とし、残る円盤は二枚。
まずはそれらを叩き落とそうと二人が構え直したところで――
「「!」」
――二人の間を何の傷も服もない万衣が横切った。
円盤は進路を変え、走り去る万衣へと後ろから襲い掛かる。
白銀では間に合わず、速風はその持ち前の速さで一枚の円盤は斬り刻むが……もう一枚は万衣の首を斬り飛ばした。
その光景を、白銀は全て見ていた。
万衣の頭が宙を舞う様子も、その直前、万衣の足下に一匹の黒猫が現れたことも。
「!」
首が無くなった万衣の本体は光の粒子となって消え、それに呼応するように足下にいた黒猫が人の形を取り始め、やがてそこに何の変わりもない万衣の姿が現れる。
それこそが万衣の魔法の真髄。
名付けるのであれば、《無限分身》とでも呼べるのだろう。
万衣が生み出す黒猫は、万衣の分身体であり、万衣の体の一部そのもの。
彼女が地球で生まれ持った才能――《並列思考》の思考を分身体に割り振ることで、分身体を操ることができる。
そして本体である人型が死ねば、万衣の魂は近くの分身体へと移り、新しい体で復活する。
わかりやすく言えば、万衣は分身体の全てを殺されない限り、決して死ぬことはないのだ。
万衣はそのまま円盤に構うことなく洞窟の中を駆け抜ける。
白銀と速風もそれに追従し、残る円盤一枚をガラクタへと変える。
洞窟の先は分かれ道になっており、万衣は迷うことなく右側の通路へと進む。
まるでその先に、目的の何かがあるとでも言うのかのように。
「どうする?」
速風は並走する白銀に問いかける。
このまま万衣を追いかけるか? 別の道へと進むか?
「左へ行こう。我々では恐らく、彼女との相性が悪い」
白銀であれば、万衣の分身体を焼き殺してしまうし、速風であれば、万衣が全力を出せば足の踏み場を失って真面に動けない。
どちらであっても、最低限の連携を取るには二人は万衣と相性が悪い。
「そうじゃな。それに……こちらにも、敵がいないわけではあるまい」
左の洞窟から感じる強者の気配に、速風は僅かに口の端を吊り上げる。
白銀も行く先に敵がいることに同意し、二人は万衣と別れて左の洞窟へと進んだ。
□■神楽零
零たちが転移した先は、一言で言えば牢屋と手術室を合わせたような場所だった。
四方の一面には檻が備え付けられ、部屋の中央には土を盛って固められた台がある。
檻の中には既に誰もおらず、代わりに部屋の反対側に綺麗に寝かせられた獣人たちと、その前に立つ三人ほどの人間の姿があった。
「動かないでもらおうか」
「! みんな!」
刀に手を掛けながら、零はいつでも動けるように身構える。
本来なら今すぐ斬りかかって戦闘不能にするつもりだったのだが、どうにもそうするわけにはいかなくなった。
(最悪だ)
口の上では大層なことを言っているが、内心ではそれどころではない。
実際に前にしてみてわかるが、相手の方が零よりも格としては上なのだ。
(この感じ、一級どころか下手すりゃ……)
真ん中にいる女は明らかに零よりも魔力量が多い上に、どこか異質な気配を漂わせている。
両端にいる奇妙な覆面と衣装をした人間も、それなりの魔法が使えるように感じる。
天照の魔法のお陰で、零と椿もそれほど劣ってはいないが、人質がいる上に相手の実力がわからない以上、むやみに攻め込むことはできない。
「おやおや。まさか転移使いが居ようとはなー。これは儂の誤算じゃな」
容姿に似合わず、どこか爺臭い喋り方をするその女は、零たちを気にした様子もなく言葉を返す。
「ただの盗賊……と言うわけではなさそうだな」
取り敢えず情報を聞き出すために会話から入ることにする。
あまりペラペラ話すとは思えないが、その間に相手の手札を探る。
「儂が盗賊じゃと? ヒッヒッヒッ。儂をあんな愚物と一緒にするでないわい。不愉快じゃ」
「……だったらお前は何なのかね?」
「儂か? そんなの決まっておろう」
女は一度言葉を切ると、大きく腕を広げて、まるで自分を称えるかのように宣言する。
「儂こそがこの世唯一無二の存在! この世に降臨せし神の、最初の使徒となる者じゃ!」
女はそれこそが全てだとでも言うように、高らかに言い放つ。
「神」や「使徒」など、正確に意味を理解するには難しい単語が並ぶが、魔法が存在するこの世界では、それらを世迷言と切り捨てるには少々危険なような気がする。
「そのために実験を繰り返しておったが、やはりこ奴ら同様、どうやらお主らも我が至高の一助になるには足らぬ……?」
女は後ろで寝かされたままの獣人たちに視線を向けてから、何故か零たちの方を見て一瞬だけ首を傾げたように見える。
そして言葉の内容から察するに、恐らくこの女が今回の誘拐騒動を裏で引いていたのかもしれない。
「……貴様!」
椿はこれでもかと殺気を振りまくが、女たちは一向に堪えた様子はない。
というか、覆面を被った者たちは、まず感情があるのかどうかすら怪しく思えてくる。
椿は心の底から怒りを露にしているが、決して飛び込むようなことはしない。
彼女自身、迂闊に攻められないと理性ではわかっているのだろう。
「……少々しゃべり過ぎた。では儂らはこれで失礼するぞい。またどこかでなー」
「! 待て!」
「どうやって」と考えるよりも先に、このままだと逃げられるという予感が頭の中を過る。
そして予感は的中し、目の前にいた三人は忽然と姿を消した。
(チッ! 俺と同じか!)
三人が逃げた手段は、零もよく知る《空間転移》だ。
恐らく三人の内誰かが零と同系の魔法が使えるのだろう。
咄嗟のことで転移を妨害することはできなかったが、逃げた先を特定することはできる。
「今なら恐らく追えるが……」
僅かではあるが、空間が歪んだ残滓は残っている。
今なら追うことはできるが、この作戦の零の目的は連れ去られた獣人たちの救出だ。
それがまだ果たされていない以上、勝手に動くわけにはいかない。
だが……
「行って」
すると今まで黙り込んでいた椿が、零の背中を押すように告げてくる。
「私も、あいつはここで逃がしちゃいけない気がする。だからここは私に任せて」
「……わかった」
椿の言葉に頷いて返し、零は逃げた三人を追って《空間転移》を発動する。
すると意外にあっさりと、零は逃げた三人を視界に収めた。




