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【第五章完結】世界を渡りし者たち  作者: 北織田流火
第三章 盗賊団討伐編
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第七話 思わぬ再会

 □■神楽零


「やっと着いたか」


 零は乗っていた馬車から降りると、背筋を伸ばして凝り固まった筋肉をほぐす。


 ここまで馬車で二日。

 今零たちがいるのは、獣王連合国内の国境付近にある町の一つだ。

 本来なら数日かかるところをこれだけ早く到着できたのだから、ひとえに零のお陰と言っても過言ではないだろう。


(流石に、長時間の《時間加速》は疲れるな……)


 何をしたかと言えば簡単な話で、輸送隊全体に《時間加速》を発動させて、移動速度を何倍にも加速させたのだ。


 言葉にするのは簡単だし、実際にやることも零にとっては大したことがないのだが、如何せん、ずっと維持するのは流石に疲れるのだ。


(一度しっかり寝たいところだねぇ)


 零の《時間加速》は外界の時間を相対的に遅くさせることはできる。

 だが、時間を加速された内界の体感時間はそのままで、目的を達成させるまでにかかる時間もそのままなのだ。

 何が言いたいかと言えば、確かに暦の上では二日で来ることはできたが、零たちの体感時間では数日が過ぎていて、その間に一度しか寝ていないということだ。


(しかしまぁ、ここまでぶっ通しで行進できたのは流石と言うべきか)


 この世界では、魔力量が多い人ほど睡眠をあまり必要としなくなる。

 零もそうだが、今回獣人たちを護送して来た天眼家の騎士たちも、この二日間で仮眠以外は一夜しか寝ていない。

 それ以外は一睡もしておらず、数日間ぶっ通しで徹夜していたようなものだ。

 各々多少の疲れは目につくが、その程度の疲れだけで済んでいる。


 零も度々魔法の訓練のために時間を引き延ばしてぶっ通しでやっているため、ここまでの徹夜も慣れたものである。

 ちなみ、中には睡眠をまったく必要としないような存在もいたりするのだが……


「うーん! はっー! 内も流石に疲れたわー。お尻も痛くなるし散々やったえー」

「仕方ないでしょう。まったく……」


 噂をすれば、同乗していた天照と月詠も馬車から降りてくる。

 今回は盗賊団討伐ということもあって、普通に彼女たちも付いて来てもらった。

 こういう時にこそ頼るべき存在であるし、実際に天照に至っては行きの馬車では役に立ってもらった。

 彼女の魔法――《魔魂強化》によって零の魔法出力を上昇させ、零にかかる負担を軽減してもらったのである。


「ご苦労じゃったな、零」


 しばらくその場で留まっていると、先に降りていた美咲が声を掛けてくる。


 今回もまた、美咲は心悟の名代という立場でここに来ている。

 何かと公の場に駆り出されることが多い彼女であるが、今回は石壁家と、その取り巻きの貴族たちの問題を片づけるために動けない心悟の代わりということらしい。


「疲れているじゃろうが、このまま獅子王との謁見が控えておるからな、もうしばらく辛抱せい」

「了解」


 この町は連合国の中心都市というわけではないそうだが、今回は盗賊団討伐のために、連合国五大王の一角である獅子王自らがこの町に来ているらしい。

 王が直々に陣頭指揮を執るというのだから、事の大きさがよくわかるというものだ。


「お主らも一緒に来るのじゃぞ。こ奴らを助け出したのは、他でもないお主らなんじゃからな」


 美咲はそう言って、離れたところにいる椿と進にも声を掛ける。


「は、はい!」

「…………」


 椿は緊張のあまり声が若干上擦っている。

 進はただじっと椿の後ろについて来るが、その様子はどこか緊張しているようにも見える。


「お主は平気そうじゃな」


 「お前は緊張していなさそうだな」と言われて、零は少しだけ肩をすくめてみせる。


「まぁ正直、王と言われてもよくわかんないからな。俺が先頭に立ってどうこうするわけでもないし…………そういう美咲は割と緊張しているんだな」

「…………仕方なかろう。妾もこういうのは初めてなのじゃ」

「へぇー、少し意外だな。いつも気丈に振舞っているから、慣れているものかと思っていたが」

「あれは妾の素じゃ。狙ってやっているわけではない」

「なるほど。まぁ俺はほとんど控えているだけだろうから頑張れ」

「……他人事のように言ってくれるのぅ」

「実際他人事だからな。まぁ貸せるかどうかはわからないが、困った時は手を貸してやる」

「ぐぬぬ……」


 最後は恨みがましく睨んで来るが、ふと城の方に目をやると、ちょうどこちらに向かって白猫の青年が走って来ているところだった。


「皆さま、遠路はるばるご足労痛み入ります。獅子王がお待ちですので、どうぞこちらへ」


 青年に案内されて、零たちは城の中へと入る。

 今回同行しているのは、美咲、零、天照、月詠、進、椿、そして討伐の戦力として速風というものになっている。


 案内された部屋へと入ると中には既に何人もの獣人たちがいて、その奥には一体の獅子がいた。


 毛並みは白く、その二本の脚で支えられた体は、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられている。

 一目見ただけで、零はすぐに確信する。


(強いな……)


 恐らく今まで見てきた中で一番強いだろう。

 体もそうだが、何よりそこから発する強者の気が尋常ではない。

 速風など優に超えて、下手をすれば零にすら届いているかもしれない。


 そんなことを考えながら見つめていると、向こうも零の存在に気づいたのか、ぱったりと目が合う。

 互いに少しの間視線を交わしてから、男はその他の面々にも視線を向け、最後に美咲の方を見る。


「まずは遠路はるばるよく来てくれた、心悟の娘よ。幼い頃に顔を見て以来だったが、随分と逞しくなったようだ」

「こちらこそお久しゅうございます、獅子王白銀(しろがね)殿。本日は辺境伯家当主、天眼心悟の名代としてこちらに参りました」


 互いに軽い挨拶を済ませた後、美咲は不意に白銀と呼んだ獣人に頭を下げる。


「まずは今回の一件、私共の傘下から咎人を出し、貴国の民に危害が及んだこと、心よりお詫び申し上げます」


 美咲に続いて、速風もまた頭を下げる。

 確かに今回の一件は、盗賊団とは別に石壁家が関わっていた。

 天眼家は立場上、石壁家の上に当たり、下の貴族が起こした不祥事に対して、天眼家はその責任を負わなければならないのだろう。


「謝罪を受け入れよう。だが、貴公らの働きよって、我が同胞が救われたこともまた事実。そのことを履き違えるつもりはない。同胞を救い出してくれて、ありがとう」


 一国の王の一人として、頭を下げはしなかったが、彼が心の底から感謝していることはよくわかった。


「お礼でしたらどうか彼らに。私共はただ少しばかり手を貸したにすぎません」


 美咲は後ろに控えている進と椿の方を見る。

 白銀も彼らを一瞥すると、再び美咲の方へと視線を戻す。


「それでも貴公らの働きがあって、同胞は救われたのであろう。それに此度の作戦において、そちらは我らの要請に応え、最高の戦力を用意してくれたように見える」


 白銀はそう言うと、速風の方を見てから続いて零の方にも視線を向けてくる。

 零もまたそれに応えるように、軽く目を伏せて目礼する。


「故にそれ以上の謝罪は不要。共に力を合わせ、悪の根源を撃ち滅ぼそうではないか」


 最後に力強い言葉で締めくくった白銀は、美咲にその大きな手を差し出す。

 美咲もまた自分の手を伸ばして掴み、互いに握手を交わしたところで、この度の謁見は終了した。


「さて、今日は長旅で疲れたであろうから、ゆっくり休むと良い。だがその前に、一人紹介しておきたい奴がいる」

「紹介?」

「あぁ、此度の作戦は少数精鋭で挑むつもりだが、これから紹介する奴はその中核を担う戦力だ。たがどうにも人見知りなようでな。先に顔合わせを済ませてしまおうというわけだ」


 するとちょうどいいところで扉が叩かれて、その紹介したい人物の来訪を伝えてくる。


「入れ」


 白銀が許可を出すと扉が開かれ、その奥にいた人物が姿を現す。

 零もまた後ろに振り返って、その人物を視界に収めて――


「!?」


 ――思わず()()()()()()()()()()()()


(……なんで?……)


 零の中を満たしたのは、純粋な困惑だ。

 この場にいるはずがない、いてはならない人物がそこにいたから。


 黒髪を靡かせたその少女もまた、零のことを見つけて同じように目を見開いたまま固まっている。

 その瞳は紅玉のように赤く染まり、頭からは耳が、後ろからは尻尾が生え、記憶の中にある彼女の容姿とはいくつかかけ離れている所がある。


 だがそれでも零にはわかる。

 彼女が何者で、零にとってどういう存在であるのかを。


「……()()

()()()?……」


 気づけば零は、ある一人の少女の名を呟いていた。

 その呟きに対して、少女はただ呆然と立ち尽くしたまま涙を流し、彼女にとっての零の呼び名を呟く。


 こうなってしまえば、もう認めざるを得ないだろう。

 そう、彼女こそが――


「お兄様!」

「!」


 少女は何の躊躇いもなく、零に飛びついて抱き締める。

 まるで愛しい誰かを見つけたかのように。

 もう絶対に離さないとでも言うかのように。


 だが零も悪い気はせず、彼女の背中に手を回して、髪筋に沿うようにして優しく頭を撫でる。

 まるであやすような手つきになってしまうのは、寧ろ仕方がないだろう。

 そう、彼女こそが、零のたった一人の妹――神楽(かぐら)万衣(まい)その人なのだから。


「お兄様! お兄様!」


 万衣はただ、零の存在を確かめるように何度も声を上げて、抱き締める腕に力を入れる。


 それだけで、彼女がこの世界でどう過ごして来たのかがよくわかる。

 そんな彼女にかける言葉など、今は一つしかないだろう。


「今までよく頑張った」


 そう囁いてしまえば、もう万衣の涙は止まらなかった。

 これまで密かに抱いていた悲しみを吐き出すかのように、彼女の嗚咽は、静かな部屋の中によく響いた。


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