第一話 黒猫の友情と殺意 壱
本日より第三章投稿開始です。
今回のヒロインは心の声が少し特殊になっています。
□■???
(……ここは、どこ?……)
最初に目に入って来たのは、見たことのない森の景色だった。
どこまでも続くように木々が生えていて、当然記憶にないのだから、ここがどこなのかはわかるはずもない。
(森の中?)
(木がいっぱい)
(なんでこんなところにいるの?)
(誰もいない)
(何が起きたの?)
一気にいろんな疑問が溢れ出てきて、それぞれの分割された思考回路が、それぞれの疑問について思考を巡らせる。
(わからない)
(どうすればいいの?)
(お兄様)
(寂しいよ)
(助けて……)
気づけば森の中にたった一人。
頼れる人は誰もおらず、どうしていいのかもわからない。
何もできないまま、ずっと木の下で蹲っていると、どこからか草木をかき分ける音が聞こえてくる。
「ねぇあなた。こんなところで何しているの?」
ここに来て初めて聞いた人の声。
万衣が顔を上げると、目の前には自分と同い年くらいの少女が一人いた。
(誰?)
(猫さん?)
(耳がある)
(尻尾がある)
(可愛い)
とりわけ目を引いたのは、少女の容姿そのものだ。
頭とお尻のそれぞれに、猫のような耳と尻尾が生えており、茶髪は後ろで一本にまとめられ、その桃色の瞳は彼女の愛らしさをさらに引き立てている。
「え!? えっと、ありがとう。でもあなたも十分可愛いと思うわよ」
何やら突然お礼を言われて、思わず首を傾げてしまう。
(あれ?)
(私まだ何も言ってない)
(心を読んだ?)
(すごい)
(魔法みたい)
「え? あ、うん。私って少しだけ人の心の声が聞こえるんだ。いつもはほん少しだけなんだけど。なぜかあなたは結構はっきり聞こえるのよね。なんて言うか、一度にたくさんの声を聞いてる感じというか……」
(うん)
(多分合ってる)
(私は特別)
(一度にたくさんのことを考えられちゃう)
(やっぱり人の心を読めるってすごい)
「ふーん。そうなんだ。ところで、あなたお名前は?」
「…………万衣」
「万衣ちゃんかー。私は桃。よろしくね。万衣ちゃんはどうしてこんなところにいたの?」
桃と名乗った少女の問い、万衣は静かに首を振る。
「……わからない」
「そっかー。その様子だと、帰るお家もわからないんだよね?」
「……うん」
改めて誰かに言われると、本当に自分が独りぼっちだってわかって悲しい気持ちになる。
目の下から何かが込み上げてきて、それが外に出ないように、万衣は必死になって目元に力を込める。
「そう…………なら私の家に来なよ」
「…………え?」
突然の申し出に、万衣の口から思わず変な声が漏れる。
「こんなにも可愛い子を一人になんてできないよー。それに万衣ちゃんがお店を手伝ってくれたら、きっとお父さんもお母さんも喜んでくれると思うんだよねー。どうかな?」
(いいのかな?)
(迷惑じゃないかな?)
(ちゃんとお手伝いできるかな?)
(断っちゃったらまた一人)
(一人ぼっちはヤダ)
様々な不安が頭の中を過り、上手く返事が出てこない。
だけどその不安が聞こえたのか、桃が優しく万衣にその手を差し出してくれる。
桃の手と顔を交互に見て、万衣はゆっくりと桃の暖かな手を握った。
△▼
桃の家は、村ではそれなりに賑わいを見せる食事処だった。
家族三人で経営していて、いつも笑いながら忙しそうにしている。
今日も今日とて、たくさんのお客さんが来店している。
「……いらっしゃい、ませ」
桃に着せてもらった給仕服を身に纏い、万衣はひらりと扉の方に振り返る。
「空いている席に、どうぞ……」
途切れ途切れではあるが、何とか最後まで言い切れた。
本当ならもっと滑らかに言うべきかもしれないけれど、こればかりはしょうがない。
(言えた……)
(また違う猫さんだ)
(もっと頑張らないと)
(今日も猫さんがいっぱい)
(次はもっとちゃんと言えるようにする)
というのも、万衣は生まれつき、一度にいろんなことを考えられる――考えられてしまうことが、口下手の原因だったりする。
言いたいことがたくさんあるのに、声に出せる口は一つだけ。
それがどこか息苦しくて、いつもくぐもったことしか言えないのだ。
だけど今は、そこまで息苦しさは感じない。
「うんうん。その意気だよ。焦らなくていいからねー。寧ろ万衣のお陰ですごく助かっているんだから。あっ、あそこの机のお皿下げてもらってもいい?」
桃の言葉に、万衣は軽く頷いて食器の片づけに行く。
桃は万衣が声を出さなくても、心の声を聞いてある程度意味を汲み取ってくれる。
万衣の思考全部がわかるわけではないようだけど、それでも自分の言葉にしたいことを聞いてくれていると思うと、少しだけ気が楽になる。
「ねぇ、あの子可愛くない?」
「あぁ、髪も尻尾の毛並みもきれいだよなぁ」
「最近働くようになった子だよな」
「村では全く見なかったから、他所から来たんじゃねぇか?」
「でも可愛いからいいだろ。たまに耳をピコピコさせるのがまたいい!」
「どうにかお近づきになれないかねぇ」
店の中にある一つの席から、ふとそんな会話が聞こえてくる。
店の中で働いているのは、主に桃と万衣の二人であり、桃の両親は厨房で料理を作っている。
最近という言葉から、きっと万衣のことを言っているのだろうとわかる。
(耳と尻尾)
(変じゃないかな)
(まだ慣れてないから)
(似合っているといいな)
(でもどうして猫さんになっちゃったんだろう?)
あの日桃に連れられて、店先にある窓に映った自分の姿を初めて見て、万衣は自分が猫の姿になっているのだと気づいた。
お尻の少し上くらいから髪の毛と同じ黒色の尻尾が生えていて、頭の上にはピンっとした二つの耳が生えている。
(猫さんの国に来たから?)
(夢の中だったりして)
(でも猫さん可愛いから好き)
(いつまでこの格好なんだろう?)
(あっ、三番席に注文が入った)
少しいろいろ考えていると、分身体からお客さんの注文が入ってきたことを伝えてくる。
それを厨房近くにいる他の分身体を通して、桃の両親たちに伝える。
ちらりと注文のあった席を見ると、そこではお客さんが、万衣の分身体である黒猫を撫でて、可愛がってくれていた。
その感覚が万衣本体にも伝わってきて、少しだけ万衣はへにゃりと目を細めた。
△▼
万衣がそれに気づいたのは、桃の家に来てからすぐのことだった。
朝起きて目を覚ますと、目の前には一匹の黒猫と自分の姿が映っていた。
黒猫はじっと万衣のことを見つめ、視界に映る自分もまた、じっとこちらを見つめている。
しばらく互いに見つめ合ってから、万衣はもう一つの視界が、布団の上に乗っている黒猫のものだと気づいた。
それから万衣は、自分が何もないところから黒猫を呼び出せるということを知った。
一度に十数匹の黒猫を、まるで呼吸をするかのように自然と出すことができるのだ。
そのことを桃に相談してみれば、「それが万衣の魔法なんじゃないの」という答えが返ってきた。
桃が他人の心の声を聞くことができるように、自分にも魔法と呼べる力があることに、万衣は年甲斐もなく無我夢中で興奮してしまったほどである。
それからふとした経緯があり、今ではそれぞれの席に、感覚を共有した黒猫を一体ずつ置いて、注文を一手に引き受けるようになったのである。
△▼
(もうすぐで一番席の料理ができそう)
(あっ、六番席が食べ終わるから片付けないと)
(四番席の追加注文を伝えて……)
(八番席ってお水持っていった方がいいかな?)
(……何からやればいいの?)
ただ、店のあちこちに分身体を置いて、店の様子を常に見渡せるのは良いのだが、猫の体で人がやっている作業をするわけにはいかない。
そのため実際に作業をするのは万衣本体であり、動かせる体は一つだけ。
物事によって思考を分けることはできても、総合的な処理能力に欠ける万衣では、何からすればいいのかわからないのだ。
だがそこは、この世界で知り合った大切な友達が上手く手助けをしてくれる。
「食器は私が片しておくから、万衣ちゃんはお料理を運んでおいて」
「……うん」
桃の言葉に口元を緩ませながら頷いて、万衣は言われた通り、できた料理をお客さんの下へと運ぶ。
ここでも桃は、万衣が何を考えているのかを理解して、的確な指示を出してくれる。
日本にいた時も、ここまで万衣のことを理解してくれる人はあまりいなかった。
それができたのは、家族である両親と、たった一人の兄くらいなものだろう。
だから桃の存在は万衣にとっては大切だったし、桃のことが大好きだった。
独りぼっちだった万衣を見つけてくれて、兄とはまた違った意味で、お姉ちゃんのように振舞ってくれる。
それがどこか落ち着いて、幸せで。
願わくは、桃とはずっと大切なお友達でいたいと、そう思った。
第三章は毎週投稿していく予定です。




