第十四話 強くなりたい
本日二話目&第二章最終話です。
□■椿
『……紅葉』
椿は目の前に立つ、大切な親友の名を呟く。
その名の由来である髪色をなびかせて、彼女は小さく微笑んでいる。
その姿にどこか安心しながら、椿は紅葉に語り掛ける。
『私、嫌な夢を見てたんだ。紅葉や村のみんなが死んじゃう嫌な夢』
本当に嫌な夢だった。
胸の奥が締め付けられて、それでも何もできない自分がいて、それが本当に嫌だった。
『私一人じゃ何もできなくて、どうすることもできなく、自分のことが……嫌いになりそうだった』
誰かを守るためには力が必要で、でも自分にはその力がなくて、何も守れなかった自分が許せなかった。
『でももう大丈夫』
椿はもう無力ではない。
戦うための力を、誰かを守るための力を手に入れた。
これで胸を張って、みんなのことを守ることができる。
『だから一緒に帰ろう』
椿はそう言って、紅葉に手を伸ばす。
その手を取ってくれるように笑いかけ、一緒に帰ろうと声を紡ぐ。
だけど紅葉は、その手を取ってはくれなかった。
静かに首を横に振って、彼女は何も言わず、ただ椿に背を向けて歩き出す。
『待って、待ってよ!』
椿は紅葉を追って走り出す。
紅葉は歩いているだけなのに、走っている椿が追い付けない。
どんどん距離が離れて行って、それでも彼女を掴もう手を伸ばして――
△▼
「紅葉!」
椿は寝台の上で飛び起きた。
そこにはもう彼女の姿はなく、ただ見慣れない部屋の光景だけが広がっていた。
「夢?…………ここは?」
呼び起された意識が現実を蘇らせ、自分がここにいる理由を思い出す。
(あぁ、そうか。みんな、助けられたのか)
城の中にあてがわれた部屋を眺めながら、椿はどこか惚けたように遠くを見る。
つい昨日のことだというのに、あまり実感が湧いてこない。
それだけ、昨日は椿にとって、目まぐるしい一日だったということなのだろう。
あの後、雷炎たちが着た後に、椿たちは目がちかちかするほどに豪華な城の中を通って、ひときわ大きな部屋に案内された。
そこには椿から見ても華やかな人間たちがいて、思わず身構えてしまったが、その中から美咲が現れたことで、ほんの少しだけ気が楽になった。
それから何やらいろいろなことが起きて、椿にはよくわからなかったけど、今まで食べたことのないような食事が振舞われた。
最後には椿たちや、他の村のみんなに、寝台の置かれた部屋を宛がわれて、そこで寝ることになった。
使用人の部屋だと美咲たちは言っていたけど、今まで感じたことのないような寝心地の良さに、昨日はすぐに寝入ってしまったような気がする。
「そういえば……」と、椿はある人間のことを思い出す。
それは昨日の戦いで、椿が殺されそうになった時に助けてくれた人間のことだ。
いつの間にかいなくなっていた彼らだが、その存在は確かに椿の中に刻まれていた。
霞みかけた視界の中でも、椿ははっきりと彼らの戦いを見ていた。
椿が全く歯の立たなかった鎧騎士を、あの人間はまるで、赤子の手をひねるかのように倒してしまった。
そのことがさらに、椿の未熟さを突き付けられて、両手の拳に力が入る。
だが同時に椿を満たすのは、あの人間に対する憧憬だ。
淀みもなく、濁りもなく、ただ強くあろうと突き進んだ先にある境地。
彼こそが、自分が目指す強さの到達点ではないかと、椿には思えた。
「強く、なりたい」
鎧騎士との戦いで、椿はまだ自分が弱いことを知った。
力を与えられたとしても、それではまだ、誰かを助けるには足りなかった。
だからこそ、椿はもっと強くなりたかった。
今度こそ、自分が守りたいものを守れるように。
椿は寝台から降りて、部屋の外へと出る。
顔を洗うために水汲み場を探すのだが、あまりに広すぎて、どこに何があるのか見当もつかない。
しばらく一人でさ迷っていると、後ろから人の気配がやってくる。
「椿さん?」
聞き知った柔らかな声音に、椿はゆっくりと後ろへと振り返る。
そこにいたのは、獣人である椿を同じ“人”として見てくれて、何の力もなかった椿をここまで導いてくれた人間だった。
「進……」
「おはようございます……? どうかしましたか?」
朝の挨拶をしてきた進は、どこか椿を気遣うように首を傾げる。
恐らく、彼を見てつい思ってしまったことが顔に出ていたのかもしれない。
「進はさ、これからどうするの?」
椿は不意に気になったことを進に尋ねる。
彼は顎に手を当てて、少し考える素振りを見せてから答える。
「そうですね……一先ず、美咲さんが紹介してくれるという方に会ってみようと思います。それからのことは……正直まだわかりませんね」
「……そうなんだ」
ある意味予想通りの答えに、椿は無意識に眉尻を下げてしまう。
だがこれは、最初からわかっていたことでもある。
進はもともと、この世界の人間ではない。
彼には元の世界というものがあって、ここではないどこかに帰る場所がある。
そこに帰ろうとするのは極自然なことだし、椿と別れることも自然なことだ。
「椿さんは、これからどうするのですか?」
進の問いかけに、椿は下げていた目線を上げて彼を見る。
そこには純粋な興味の色がありありと見て取れた。
あまり考えていなかったことを聞かれて、少しだけ戸惑ってしまう。
だがどうするのかではなく、何を目指すのかであれば、答えは既に決まっている。
「私は、強くなろうと思う。あなたから力をもらって、戦って、でもそれだけじゃ足りなかった」
力をくれた彼の前で、不躾かもしれないけど、力不足だったことは確かだ。
進が悪いわけではなく、ただ己の力を十全に引き出すことができなかっただけ。
ならばここから先は、きっと椿次第だ。
だからこそ、やることなんて最初から決まっている。
「だから強くなりたい。今度こそ、私の大切なものを守れるように」
それは自分に課した決意であり、宣言だ。
もう何も奪わせないし、奪われても必ず取り戻す。
その覚悟を宿して、椿は進の黄色く輝く瞳を見る。
「そうですか。では微力ながら、私も応援させていただきますね」
「……ありがとう」
優しい微笑みを絶やさない進に、椿は一拍の間を置いて、お礼の言葉を口にした。
◇◆
椿が仲間を救出し、新たな決意を固めてから少し、天眼家が治める町の中央に佇む城の一室で、天眼心悟は上がって来た報告に目を見開いていた。
普段はあまり、動揺を見せることが少ない彼にしては珍しく、たっぷり間を置いてから瞬きをして活動を再開する。
「……俄かには信じられないね」
心悟は内心の心情を隠すこともなく、ありのままの感想を吐露する。
それだけ今回の報せは、彼にとっては想定外だったということなのだろう。
心悟は顔を上げ、その報せをもたらした者を見る。
「本当に確かなのかい?」
心悟はもう一度、その真偽を問い正す。
だがその者は、ただそれが事実であると肯定するのみだった。
「まさかそんなことが……」
今回心悟に齎された報せは、石壁家領で美咲たちがやらかしたこと――ではない。
もちろんそちらの報告も、その日の内に蒼鳥の鳥で伝わっているし、彼は内心で密かに「よくやった!」とガッツポーズをしていたりする。
それだけ石壁家の存在は、彼にとっては目の上のたん瘤だったし、上条進の存在も、神楽零という存在がいるため今更ということもある。
だが今しがた心悟に齎させた報せは、それらとは比べられ物にならない程の衝撃を彼に与えた。
「……獅子王の討伐隊が全滅するなど」
それはここと接した隣国である連合国でのお話。
心悟に齎されたのは、盗賊団討伐のために派遣された討伐隊が、盗賊団の返り討ちによって全滅したという報せだった。
これにて第二章は完結です。
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次章第一話の投稿は、来週を予定しております。




