第十二話 通りすがりの剣士
□■神楽零
窓の外――夕日で照らされた空が見える。
全てを赤く染め上げるその源は、少しずつ地平線の彼方へと沈んでいく。
そんな光景を眺めながら、零は自分の部屋の窓を開け放った。
「さて」
零はもう一度、自分の部屋へと振り返る。
単純ではあるが、布団の中にものを詰めて、万が一の偽装はしておいた。
その偽装で誤魔化せるのであればそれで良し。
仮にバレたとしても、多少の御咎め程度で……多分済ましてくれるだろう。
「行こうか」
零は部屋の中にいる二人の存在へと声を掛ける。
「せやな! もう待ちきれへんで!」
「えぇ、お願いするわね」
その二人――天照と月詠はそう言うと、零の前から忽然と姿を消してしまう。
だがその後すぐに妙なむず痒さを感じてから、天照の声が零の頭の中に響いてくる。
『あぁ! やっぱりれいやんの中は落ち着くなー』
(…………)
天照の感想を聞き流しながら、零は開け放った窓の縁に立つ。
その目的は単純で、約束通り彼女たちを送り迎えするためだ。
その彼女たちが、今どこにいるのかというと、零の体の中。
正確に言えば、彼女たちが魂だけの霊体となって、零の体に同居していると言う方が正しいだろう。
体という器なき存在である彼女たちは、そういった芸当も可能であるらしい。
(行くぞ)
零は一言断りを入れから空へと飛び立つ。
《重力操作》で空を飛行し、目的の町へと向かった。
『おぉ! すごいなー! どんどん景色が変わっていくでー』
自分の体の中から、天照のはしゃぐ声が聞こえてくる。
楽しそうなその声に、零も悪い気はしないが、人の感覚を勝手に覗き見するのはいかがなものかと思う。
彼女たち精霊は、存在が魂そのものであり、魂の専門家だ。
それ故に彼女たちは、零の魂に接続して、零の感覚を覗き見ることができるというわけだ。
大変不本意ではあるのだが、零ではどうすることもできないため、最低限の節度は守ってほしいところである。
(……もう着くぞ)
零が視線を前に向けた先に、ポツンと人工物の集合体が見えて来る。
そこが目的の町であり、零に掛かれば、馬車で二日程度の距離など、どうということではない。
その後零は、町の中央に立つ城の屋根の上へと降り立った。
(じゃあ、俺はここで待っているから)
『えぇ、姉さんが満足したら戻って来るわね』
『なんや、釣れへんなー。つくよんも一緒に楽しむんやえ。でないと内がつまらんよー。本当なられいやんとも楽しみたかったのになー』
(無理に決まっているだろ)
『ほら、早くいくわよ』
『あぁ、ちょっ! ほな、れいやん。連れて来てくれてありがとうなー』
二人は零の体から抜け出すと、会場の前にある庭園に降りて実体化する。
最後に零に向かって手を振りながら、二人は会場の中へと消えていった。
「さて、どうしたものか」
無事に二人を送り届けるという目的を果たして、これからどうやって時間を潰そうかと思案する。
派手に何かすることも出来ない手前、出来ることはそれなりに限られる。
「まぁ、偶には何もしないのもいいだろう」
零はそう言うと、屋根の上で寝転がりながら目を伏せる。
《空間把握》で会場内の様子を眺めながら、のんびりと二人の帰りを待つことにする。
(早速楽しんでいるねぇ)
零は天照と月詠を見つけて、ただ何となくそう思う。
彼女たちと契約を結んだその日、零は彼女たちが持つ力の一端を垣間見た。
その力は確かに、英雄にまで至らせるには十分なものだったし、さらに言えば、その力自体も零にとってはかなり有用だった。
彼女たちの気まぐれがいつまで続くかはわからないが、それまでは良好な関係を築ければと思う。
(……これは?……)
そこでふと、零は地下へと意識を向けたところで思わず眉をひそめる。
城の最下層にある牢屋のような場所にいたのは、だいたい二、三十人ほどからなる集団だ。
それだけなら、まだ罪人とかなのだろうと納得はできる。
だがそんな彼らの頭上に、特徴的な耳がついているとなれば話は別だった。
(まさか、あれが獣人か? だとしたら何であそこに?)
零は自然と、あの夕食の時に心悟が言っていたことを思い出す。
(まさか、な……)
嫌な予感が頭を過るが、そんなことはないだろうと首を振って否定する。
仮にそうだったとしても、零がわざわざ首を突っ込む必要なんてないだろう。
「…………!」
その時、妙に焦げ臭い匂いが鼻について、零は閉じていた目を見開く。
すると目の前には、城のいたるところで火の手が上がっている光景が広がっていた。
「火事か!」
零はあまり馴染みのなかった光景に少しばかり動揺する。
だが動揺したのはほんの一瞬で、零はすぐ現状について思案する。
(……ただの火事にしては不自然だな。明らかに人為的なもの。となると……)
火の手は建物ではなく、植木などから上がっていることから、考えられる目的は、現場の攪乱と言ったところだろう。
今回の宴を狙った襲撃というのが、一番可能性としては高い。
(さて、俺はどう動くべきか?)
正直に言ってしまえば、現状で零ができることはない。
そもそも零がここにいること自体、自分の存在を知っている美咲にさえ秘密にしているのだ。
そんな状態で、自分からどうこうできるはずもない。
下手をすれば、零の方が襲撃者だと見なされかねないだろう。
(これはさっさと、あいつら拾って帰るべきかねぇ)
まだ遊び足りなかったかもしれないが、こうなってしまっては仕方がないだろう。
そう考えた時――
「!」
――零は城の中に入っていく二つの影に気づいた。
□■天眼美咲
「――まずいのぅ」
美咲は肩の上に乗せていた蒼鳥の報告を聞きながら、現状のマズさに思わず顔をしかめる。
(あの二人で全く歯が立たぬとは、何の冗談じゃ! 曲がりなりにも、上条殿に至っては一級なのじゃぞ。そんなの、同じ一級魔戦士でもなければ不可能じゃぞ!)
魔力量の階級が違えば、それだけ戦闘力の隔たりは大きくなる。
それは紛れもなく、この世界における法則の一つだ。
だが現在、その法則を覆す状況が起きている。
(まさか今までずっと隠し通していた? いや、妾が見ても、あ奴は間違いなく二級じゃ。それは間違いないはず。じゃがそうなると……やはりわからぬ。とにかく、今はこの状況をどうにかせねば! このままではあ奴らが殺されてしまうぞ)
進と椿が望んでしたこととはいえ、そのきっかけを与えたのは間違いなく自分なのだ。
ならば美咲には、二人を巻き込んでしまった責任がある。
(じゃがどうする。もうじき火事の混乱も収まるじゃろう。そうなれば他の騎士たちも駆けつけるはずじゃ。その前にあ奴らを迎えに行かせるべきじゃろうか……)
いくら頭を回してみても、有効的な手立ては思いつかない。
だがこのまま進と椿を死なせるわけにもいかない。
雷炎たちに命令を下そうとしたその時――
「ちょっとええかのぅ?」
――一人の女性が、美咲に声を掛けてきた。
「……何じゃ?」
その姿を見て、美咲は思わず目を細める。
美咲に声を掛けてきたのは、会場で見かけた精霊の姉妹だった。
「えっとな。なんや困ってそうな顔をしとったから。内らで良ければ協力しよう思うてな」
「……お主らは精霊じゃろ? なぜわざわざ妾に協力するのじゃ?」
「んー。そりゃあ、零やんが気にかけとる子やからなー。これくらいは当然やえ」
「……零じゃと? なぜあ奴がここで出て来るのじゃ?」
「私たちは彼と契約しているのよ。私たちの望みを聞く代わりに、彼に力を貸すというね」
「…………」
姉妹のもう一人の言葉を聞いて、美咲はどう答えたものか思う。
もともと規格外の存在だったというのに、“精霊の愛し子”に選ばれるなど、それは最早英雄と同義だろう。
しかも零がこの世界に来てから、ほんの数日しか経っていないというのに、いったい彼はどこに至るつもりなのかと頭を抱えたくなる。
「せや。ほんで零やんにここまで連れて来てもうたんよー……せやけどもう終わってしまうんは寂しいなー。まだ楽しみたかったえ」
「!? あ奴も着ておるのか!?」
「…………あ」
女性の言葉に美咲は思わず聞き返してしまう。
すると女性は、まるで「しまった!」とでも言うように頬を引きつらせる。
「…………姉さん」
「いや……そのやな――」
どこか誤魔化そうと言い淀んでいる女性だが、美咲にとってはそんなことよりも、確認しなければならないことがある。
「あ奴が着ておるのか!」
二度目の美咲の問いかけに、女性は観念したように口を開く。
「来とるよ。今は屋上で内らを待っとるはずやえ」
それは美咲にとっては朗報だった。
零がこの場にいることについては、いろいろと物申したいことはあるが、今はすぐにでも彼の力が必要だった。
「ならばすぐに、あ奴を妾の下に連れてきてはくれぬか。今は一刻を争う事態なのじゃ」
「なら私が連れて来るわね。ちょっと待ってなさい」
妹の女性はそう言うと、光の粒となって実体が消え、霊体のまま天井へと昇って行った。
□■神楽零
「……で、俺は何をすればいいんだ?」
城の壁に背中を合わせて浮きながら、零は壁の反対側にいる美咲に向かって問いかける。
「お主がこの場にいることにはいろいろ言いたいことはあるのじゃが……まぁ良い」
「…………」
「お主はこの状況をどこまで理解しておる?」
「城全体で火の手が上がって、その混乱に乗じて二人の侵入者が入ったってところぐらいか? 後この城の地下に獣人が何人かいるみたいだな」
「! 確かめたのか!?」
「いや、実際に目で見たわけじゃない。だが俺の感覚で見た限りは、どうも地下牢に入れられているみたいだな」
「そうか……確かお主は壁を無視して移動することもできんじゃったな」
「あぁ。できないことはないが」
「ならお主には、今すぐあの二人の救援に向かってほしいのじゃ」
「あの二人?」
「うむ。お主がさっき言っておった侵入者の二人じゃ。実を言うとな、あ奴らを引き入れたのは妾なのじゃ。囚われた獣人たちを救うためにな」
「……なるほど。確かに旗色は良くなさそうだな」
「……今も見えておるのか?」
「あぁ」
「ならば頼む。あ奴らに手を貸してはもらえぬか」
「了解した。ところで、その獣人たちを助けることは確定なのか」
「? もちろんそうじゃが?」
「ならそっちにも先に手を回しておくことにしよう」
「内らの出番というわけやな!」
天照の声に、零は一つ頷く。
「先に天照と月詠を向かわせる。見た感じそれで戦力は十分足りそうだからな」
「……精霊をそんな顎で使ってしまってよいのかのぅ?」
「まぁ、それが契約だからな。問題はないだろ?」
「そうね。もう既に私たちのお願いは聞いてもらっているわけだしね。その程度ならお安い御用よ」
零の言葉に月詠が了承の意をもって答える。
「お主がそう言うのなら妾は何も言わぬ。じゃが、くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
「あぁ」
零はそう言い残すと、《空間転移》を使って一瞬で鎧騎士の前に立つ。
刀を抜き放って、振り下ろされてきた剣を受け止める。
「!」
「間一髪、か」
零はそのまま力と重力に任せて鎧の男を後ろへと追いやる。
「……何者だ」
後ろに下がった男の問いに、零は刀を構え直しながら言う。
「通りすがりの剣士、と言ったところかな」
十万文字突破しました!
第二章完結まであと二話です。




