第十一話 鎧騎士
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仄かに照らされた地下へと続く階段。
その段を一段ずつ、進と椿は慎重に気配を探りながら降りていく。
そして最後まで降り切った先で、二人は目の前に一体の人影があることに気づいた。
「来たか」
二人に声を掛けたのは、仁王立ちで佇む黒い鎧。
顔まで覆われたその鎧は、やって来た二人の侵入者を見定める。
「どうやら、私の感は当たったようだ」
男はそう言うと、腕を前に出し、まるで見えない剣でも構えるかのような体勢を取る。
するといきなり、その手の中に一本の剣が現れ、男はしっかりとそれを握りしめる。
「…………」
その姿を見て、進は雷炎からもらった資料の中から、該当する人物のことを脳内から引っ張り出す。
彼の名は、双騎重兵衛。
石壁家の騎士団長を務め、速風や結城と同じ強さを誇る、二級魔戦士の一人だ。
「君は連合国の戦士なのかな?」
「……どうだっていいでしょ。そんなの」
双騎の問いに対して、椿は素っ気ない態度で答える。
会話の最中であっても、決して油断するようなことはしない。
進の方も、雷炎から借り受けた刀を抜いて臨戦態勢に入る。
「まぁいい。どのみち私のすることに変わりはない」
お互いに挨拶は済み、両者ともに、後は剣を交えるのみ。
椿は重心を下げ、いつでも双騎の懐に飛び込めるように身構える。
だが椿はすぐには飛び込まない――
「…………」
――いや、飛び込めないと言う方が正しいだろう。
今まで対人戦の経験などない椿だが、生まれ持った獣人としての本能が、彼に攻撃することを躊躇わせていた。
「来ないのか?」
双騎の煽りに対して、椿の方は何もすることができない。
目の前の人間に舐められているのだと気づかされても、それでも前に踏み込むことができない。
仲間たちを助けるために、一刻も早く向かわなければならないというのに。
その焦りが、さらに椿の中にある余裕を失くしていく。
「ならこちらから行くぞ」
双騎はまるで鎧の重さなど感じさせない踏み込みで前へと踏み出し――
「フッ!」
――進に向かって剣を振り下ろした。
「クッ!」
進は何とか持っていた刀で応戦する。
今まで感じたことのない衝撃が両腕を襲うが、進はどうにか刀を落とすことはなく耐えぬいてみせる。
「ほぅ、私のこれを止めるか」
双騎は進の腕力に感心しながらも、自分の感覚が間違っていなかったことを確信する。
進から伝わってくる気は、二級魔戦士である自分をも上回っていることに、双騎は気づいていた。
だが同時に、彼の動きがどこか素人臭いことにもまた疑問を持っていた。
だからこそ、双騎はまず進に向かって斬りかかったのだ。
真っ先にこの戦いにおける不確定要素を潰すために。
その結果として、双騎は進が敵にはなりえないと結論付けた。
「この!」
椿は双騎の後ろから頭部目掛けて拳を振るう。
だが双騎は、剣を握っていた片手を上げて、彼女の拳を受け止めた。
「フッ!」
「!」
だが椿の攻撃はそこでは終わらない。
軸足をそのままにして、椿は双騎の頭部を蹴りつけたのだ。
咄嗟のことで防御が間に合うわけもなく、双騎は攻撃を諸に受けてしまう。
だが双騎に堪えた様子はなく、そのまま二人から距離を取るように後ろへと飛び退く。
「いい一撃だ」
「……くそっ」
椿は全くダメージが通っていない双騎の様子に悪態をつく。
「…………」
その隣で、進は今まで忘れていたかのように荒い息を吐き出す。
握ったり開いたりして、震える左手を見つめながら、進はまだ自分が生きているのだと実感する。
双騎に斬りかかれたあの瞬間に、進は自分が死ぬ姿を幻視した。
そして気づかされたのだ。
これが夢でも幻でもなく、現実の殺し合いだということを。
進は刀を持つ右手に左手を当てて震えを押さえようとするが、体に刻まれた恐怖が収まる気配はなかった。
「だがやはり、二人相手では決め手に欠けるか」
その直後、双騎の両側に同じ鎧が二体も姿を現す。
「「!」」
その鎧の出現に、進と椿の間で動揺が走る。
既に雷炎からもらった資料の中で二人は知っていたはずなのに、これ以上戦況が悪くなる可能性を失念してしまっていた。
《鎧召喚》
それこそが、双騎重兵衛が持つ魔法だ。
自身の等身大の鎧を召喚して、自分の体と同じように操ることができるのだ。
「では行くぞ」
宣言通り、双騎は二体の鎧騎士を伴って進と椿に向かって襲い掛かる。
本体である双騎自身は、そのまま椿に向かって斬りかかった。
「フンッ」
「シッ!」
椿は何とか双騎の斬撃を避けるが、そのせいで進から距離を離されてしまう。
「クッ……」
進の方にも二体の鎧騎士が襲い掛かり、何とか持っていた刀で応戦する。
その様子を目の端で確認しながら、椿は目の前の双騎に向かって殴りかかる。
「……軽いな」
「クッ」
鎧で拳を受けながら、双騎はまるで嘲笑うかのように呟く。
だが今しがた放った椿の拳は、決してそこらにある軟弱なものではない。
これまでの戦闘において、椿は少しずつ自分の魔法に慣れてきていた。
自分の体のどこを強化すれば、一番力を発揮できるのかということも掴めて来ている。
その上で椿は《部分強化》を使い、渾身の力で拳を振るっているのだ。
その打撃が、決して軽いものであるはずがない。
だがそれでも、椿の拳は双騎には届かない。
全身が鎧で覆われ、有効な打撃が通る隙間もない。
まさに難攻不落の壁そのもの。
もう椿に、その壁を攻め落とす手段はなかった。
椿の前に真っ暗な絶望が降り立ち、仲間を助けられない現実が、少しずつ彼女の心を蝕んでいく。
「アアァァァァ!」
椿は技も何もなく、ただひたすら拳を振るい続ける。
剣ではじかれ、鎧で防がれ、決して有効な打撃が通ることはない。
両手にじんわりとした痛みが走っても、それでも椿の拳が止まることはない。
もしも止まってしまったら、その瞬間に心が折れてしまうから。
「…………」
一見すれば椿の攻撃は、傍から見ればただの悪足掻きのようにしか見えないだろう。
だが一つ言えるのは、その椿の攻撃が、双騎にとっても想定外だったということだ。
双騎は椿の攻撃を軽くあしらっているが、彼の攻撃もまた、椿には届いていなかった。
狂乱しているように見えて、その実、椿は双騎の攻撃を的確に躱すことができていたのだ。
もちろん双騎はそれでも構わない。
流れる時間は双騎の味方だ。
ここで時間稼ぎをしていれば、いずれ騎士団の増援が到着することだろう。
だから双騎が無理に攻め込む必要はない。
「…………」
だがここで、双騎は進を相手にしている二体の鎧騎士へと意識を向ける。
進は二体を相手にしていてもなお、未だに鎧騎士と戦うことができていた。
それは一級魔戦士としての魔力量と、椿の魔法による身体強化によるものだ。
だが逆に言えば、進が出来ているのはそこまでだ。
双騎の最初の見立て通り、進では彼の相手にはなりえない。
故に……その内の一体を外したところで、問題はなかった。
「!」
突如進の前から、一体の鎧騎士が姿を消す。
その後一拍の間を置いて、消えた鎧騎士は椿の真後ろへと出現する。
「!」
ほとんど無機物であり、気配などない鎧騎士だが、椿は音や匂いなどでその存在に気づくことはできた。
だが後ろに振り返ろうとしてももう遅い。
椿が目の端で鎧騎士の姿を捉えた瞬間、その剣は椿の背中を切り裂いた。
「ガハッ!」
「! 椿さん!」
進の声が地下通路に反響し、椿は力なく地面に倒れ込む。
「……傷が浅い。何らかの方法で防いだか」
双騎の見立ては正しい。
椿は咄嗟に《部分強化》を背中に集中させ、硬度を増した皮膚で凌いだのだ。
だが決して間に合ったとは言えず、最早自分だけで起き上がれるほどの力は残されていなかった。
「だが、これで終わりだ」
双騎は椿の前で、高く剣を振り上げる。
その剣が振り下ろされた時、彼女の命はそこで尽きるのだろう。
その場にいる誰もがそう思っていた。
どれだけ椿が双騎を睨もうとも、彼女には最早結果を覆すだけ力はない。
だからこそその結果は――その場にいなかった者によって覆された。
カンッ!
「!」
双騎の振り下ろした剣が、一本の刀によって止められる。
今まで影も形もなかったそれが、突如何も無い空間から現れたのだ。
そして刀があれば必然、それを振るう者もまた存在する。
「間一髪、か」
刀を持って現れたその男――神楽零は、まるでお使いの次いでとでも言うような軽い乗りでそう言った。




